幕間 始まりのはじまり
それは、俺たちが『こちら』に来た時の話。
俺たちが、『こちら』で、
魔王は『鈴木 亜蘭』として。
勇者は『伊藤 犀』として。
そんな風に。
二人の、唯の人間として暮らしていく。
そんなお話の、最初の一ページ。
その始まりの、少し前のお話。
はじまり、はじまり。
≫≫≫
魔王城、玉座の間。
混濁する意識の中、魔王アラングリッドは、自らへ迫る白刃を、どこか達観したような気持ちで見ていた。
(俺の夢も、理想も、覇道も、今この瞬間、露と消えようとしているのか)
静かに、己の死期を悟りつつ。
(正義を語り、神を騙る、こんな勇者に)
最期の時特有の、緩やかな時の流れの中で。
自らの悲運を嘆くように。
(俺は斃されるのか-)
魔王は、ゆっくりと眼を閉ざす。
その瞬間、
胸元から、真っ白い輝きが溢れ出した。
「な、なんだ、これは!?何をした、魔王!」
勇者もまた混乱しているようだったが、何をしたと問われても、自分も身に覚えが無いのだから、答えようがない。
そうこうしているうちに、光はどんどんあふれでて、玉座の間を満たしていく。
そして、完全に視界が白く塗りつぶされたと思った瞬間、
「う、うおぉ!!」
床が消失したかのような感覚と共に、間違いなく、落ちていく感じがする。
「こ、これは…高所から、落下してる、のか?」
と、独白してまもなく、その答えは提示された。
先程まで、光に包まれたままだと思っていたのが、不意に視界がもとに戻る。
どうやら雲の中にいたらしいということは、すぐにも理解した。
そして、眼下の景色を見下ろして- 魔王は、呆気にとられた。
「な、なんだこれはっ!!?」
魔王の下には、
巨大な金属製の建造物や、緑に染まる畑の間を、黒ずんだ道が張り巡らされた町が存在していた。
「…これは、明らかに俺の世界のものじゃない…!?まさか、この目で『異世界』なんてものをまのあたりにする日が来るとはな」
少し興奮気味の魔王は、ふと、自分がものすごい速度で落下していることに気づいた。
「む、このままでは探索の前に墜落死してしまうな。どれ…《フライ》!」
魔王が魔法を唱えると、ふわりと魔王の体が中空に浮き上がる。
魔王は、満足げに笑みを浮かべた。
「よしよし、異世界に来ても魔法は有効のようだな。これは幸先が良い。それにしても- 」
と、魔王は首をかしげた。
「なんだろう、体が軽い…?それに、なにやら声も高く聞こえるな。落下中に耳をやられたか?」
しかし、魔王は首を振り、その一抹の不安を払拭する。
「いや、別に構わん。下に降りてから治せばすむ話- 」
「とらえたぞ、魔王っ!」
「ぐあっ!」
突如、背中側からなにかがのし掛かる。
その衝撃に耐えきれず、ぐらりとかしいだかと思うと、魔王と襲撃者はまとめてゆっくり落下を始めた。
「くっ…勇者、なのか!?」
「おうとも!さっきは妙な魔法を使って逃げ延びようとしたようだが、もう離さないからな!」
「ま、待て、勇者!このままでは、おち、落ちるぅぅぅ!」
「な、何!?う、うわぁぁぁぁあ!!」
遂に、二人は、町の一角に墜落したのだった。
◇
ガラガラ、ガシャン!
けたたましい音をたてて、魔王は金属とも石ともわからぬもので作られた箱を押し退け、立ち上がる。
と同時に、少し離れたところから、一つの人影が立ち上がった。
「ぐっ…もう、逃がさんぞ!」
「チィッ!」
「行くぞっ!ここが貴様の墓場だっ!」
そう叫んで飛び出してきた人影に対抗するように、魔王もまとわりついていたマントを振り払う。
「望むところだ!勇、者…」
そして、今にもぶつかる、といった距離で、二人とも立ち止まった。
何故ならば- 目前の相手が、明らかに齢十四、五の少年だったからだ。
「…あれ?」
「えーっ、と…?」
お互いに剣と手を下ろし、歩み寄る。
「お前、魔王、で良いんだよな?」
「そっちこそ、本当に勇者か?若々しいどころではない、それではまるで…」
…永遠とも思える、数秒の静寂の後。
勇者は、おもむろに剣を振り上げた。
「もう知らん。斬る」
「ちょ、待て待て待て!何をどう考えたら、そんな浅慮な結論に至るんだ!?」
「うるさい!元々お前が悪あがきをしたのが悪いんだ、黙っておとなしく斬られろ!」
「そ、それが勇者の言うことか!?クソッ、だ、誰か- 」
「おい、そこの二人。そこで、何してる」
二人は動きを止め、声のした方に揃って顔を向けた。
そこには-
青い制服らしきものに身を包んだ男- 轟が立っていた。
≫≫≫
こうして、俺たちは轟と出会った。
このあと、またもうひと悶着あってから、南郷のいるサウスパーク・ホームへと滞在することになるのだが。
-それは、また別の機会に。




