第十九話
-病院にて。
「ご、ごめんなさい!」
怪史郎と瑞希は、南郷に向かって深々と頭を下げた。
南郷もまた、本気で怒るつもりは無いようで、二人の頭を軽く小突いた後、
「まったく、今度からはちゃんと体調管理をするんだよ?もう夏なんだから、外で遊ぶなら帽子くらいかぶりなさい!」
と叱りつけた。次いで、二人の返事が病室に響く。
「「はい!」」
…事の顛末はこうだった。
まず、朝に亜蘭と犀と別れたあと、二人は南郷に頼んで無事サッカーボールを発見し、そのあと四時間ほど、外で延々と遊んでいたらしい。
亜蘭としては、あの炎天下で、帽子もかぶらずに四時間もぶっ続けで遊んでいられる瑞希(怪史郎はそもそも妃人間ではないため論外)の頑丈さに耳を疑ったが、とにもかくにも、夕方までは瑞希も何ともなかったらしい。
「しかし、夕方ごろから、瑞希は急に頭痛や吐き気を訴えだし、最後には昏倒してしまったそうだ。一応、今日は大事をとって入院して、明日には退院できるだろうってさ」
「そうか…まあ、大事は無さそうで良かったよ」
亜蘭と犀の二人は、南郷が念のため呼んだ救急車に南郷と怪史郎と共に乗り込み、町内にある病院へとやって来たのだった。
病室の外で医師の南郷への説明を聞きながら、二人は話を続ける。
「にしても、怪史郎と一緒にいたっていうのが、ラッキーというか、アンラッキーというか…」
「まあな。怪史郎はスライムだからな。熱中症どころか、ろくに暑いとすら思わなかっただろうし。二人とも倒れるなんて、ぞっとしない」
と、病室の扉が開き、南郷と怪史郎が廊下に出てきた。
顔色が随分と良くなった南郷は、廊下に立っていた二人に顔を向ける。
「今日はもう帰ろう。瑞希はちょっと寝かせてあげたいからね」
「うっす」
「はい」
そうして、病室の出口まで行こうと一行がエレベーターに向かった瞬間、唐突に亜蘭が口を開く。
「あっ」
「ん?どうしたんだい、亜蘭?」
「え?あ、いや、えーっと」
亜蘭はもごもごと何事かを呟いたかと思うと、勢いよく顔を上げる。
「実は、俺と犀のクラスメイトがここに入院してるんです。それで、その子のお見舞いに行きたいなって」
「おや、そうなのかい?」
「え?うちのクラスに入院してる人なんて- 」
言いかけた犀は、亜蘭の「余計なことを言うな」と言わんばかりの視線を受け、黙る。
そして、亜蘭は何食わぬ顔で続けた。
「なんで、俺と犀は後から帰ります。先に帰っててください」
「ああ、分かったよ。それじゃ、私たちは先に帰ろう、怪史郎」
「はーい」
そう言って南郷について歩き出した怪史郎は、誰にも気づかれぬよう、迅速に小指を千切って亜蘭に投げて寄越した。
亜蘭が飛んできた小指を受け取った時には、既に怪史郎の指は元通りになっていた。
「…!なるほど、通信機か」
『はい。こうすれば、本体と情報が共有できますからね』
と、オブスキュラスの声と共に、小指は缶バッジへと変形した。
『これで怪しまれることもないでしょう』
「ああ、そうだな。あとは…」
「なあ、なんでわざわざあんな嘘をついたんだ?俺たちのクラスに、入院してる人なんていないだろう」
という質問をしてきた犀に、亜蘭はにやりと笑いかける。
「どうやら、ここがアタリみたいだぞ」
「…なに?」
怪訝な顔をした犀を差し置いて、亜蘭は周囲を見回す。
「どうやら、この病室の中に例のノアとかいう娘がいるみたいだ」
「 -っ!?いったい、どういうっ!」
「『あちら』で感じた事のある魔力を感じるんだよ、この感じは間違いなくあの魔女っこだ」
「いや、別に魔女ではないんだが- って、そんなことはどうでもいい!とにかく、この病院の中に、彼女がいるんだな?」
「ああ、それは確かだ。しかもこの感じからして、たぶん同じ階だぞ」
「…!それじゃ、手分けして探そう!」
『そういうことならば、わたしが連絡役となります』
そう言うと、オブスキュラスは缶バッジの状態から更に二つに別れ、二人の耳の中に収まる。
そうして、二人は探索を開始した。
◇
魔法使いの少女、ノアを探し始めて十分ほどたった頃。
『犀さん。どうやら、亜蘭さまが見つけたようです』
「…!ありがとう、オブスキュラス。どのあたりだ?」
『わたしが案内しましょう』
「わかった、頼む」
そうして、犀は亜蘭の待つ病室の前にたどり着いた。
「…ここか?」
「ああ、ここだ」
犀が扉にかけてある札を確認すると、そこには「入院中」の札はあるものの、患者の氏名が記載されていない。
亜蘭は、おそるおそる扉を開いた。
すると、そこには、-
「…これが、ノア、なのか?」
ベッドに横たわる、痩せ細った少女の姿があった。
犀は、少女の姿を見るなり、ベッドに駆け寄り、体を揺さぶる。
「おい、ノア!頼む、起きてくれ…!」
…しかし、どれだけ強く体を揺さぶろうとも、少女が起きる気配は無かった。
「嘘、だろ?まさか、死ん- 」
「いや、それはない。安心しろ」
絶望に暮れそうになった犀を、遅れて横に立った亜蘭がなだめる。
犀は問いただそうとするも、ろくに声すら出なかった。辛うじて、言葉を絞り出す。
「ど、ういう、ことだ?」
「これを見てみろ」
亜蘭は、そばにある機械を指差した。
「これは『ベットサイドモニター』っつって、患者の心拍数とか、体調が表示されるんだよ。見てみろ、心臓はしっかり動いてるだろ?まだ生きてるってことだよ」
「あ、ああ…」
「まあ、だいぶ弱ってるみたいだけどな。意識もないみたいだし、何らかの問題が発生してることは確かだ」
「じ、じゃあ…」
「だから- 」
そこで言葉を切ると、亜蘭は犀に、安心させようとするかのように笑いかけた。
「ここはやっぱり、専門家の手を借りるべきだよな」
◇
「なるほどね、それで私が呼ばれたわけか」
「ああ、『大賢者』とまで呼ばれたお前なら、なにか分かるかと思ってな」
その週の土曜日に、亜蘭と犀は、世良を連れてふたたびその病院へと来ていた。
「私にもわからないことくらいはあるのだが…まあ、その事は今はいい。とりあえず、診てみるとしよう」
「頼んだ、セラス」
「まかせてくれたまえよ」
言って、世良はベッドに横たわるノアの側へと立つ。
そして、ノアの細い手を取ると、ポツリと呟いた。
「すまなかった。もう大丈夫だ」
そして、ノアの体に手を当て始めた。
世良がノアの診断を始めてからしばらくは、亜蘭も犀も、一言もしゃべらなかった。
しかし、沈黙が辛くなったのか、犀が口を開く。
「ノアはさ。元々は俺たちがいた国の大神官の一人娘だったんだよ。蝶よ花よと育てられた、いわゆる箱入り娘ってやつだ。でも、王国が魔族と戦争になって、多くの人々が傷ついたときにさ。彼女、親元を離れて俺たちのところに来たんだ。18の女の子が、だぞ?…あの子は、誰にでも優しい子だった。『誰かが悲しむのは、自分の身が刻まれるよりも忌むべきことです』、なんて、よく言ってたっけ」
「……」
「でも、どれだけ優しくとも、それで旅が楽になるわけではない。俺たちの旅は過酷なもので、何度も心が折れそうになっていた。けれど、あの子は気丈に堪え忍んでくれた。そして何度も俺たちの窮地を救ってくれたんだ」
「……」
「…なあ、犀」
「なんで、あんな良い子が、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだろうな…なんで…クソッ」
「おーい、犀」
「…なんだよ、世良」
世良は、ピシッと亜蘭を指差す。
「寝てるぞ、こいつ」
「…ぐう」
「……」
犀は、無言で亜蘭に近づくと、壁に寄りかかったまま器用に寝ている亜蘭の胸ぐらを掴み、扉を開けて廊下へ放り投げた。
「げふっ!?」
「起きろ、コラ!」
「げふっごふ、おい、何すんだよ」
「お前こそなにしてんだよ、俺ずっと喋ってたろ!?なにをいつのまにか寝てんだよ、おまえは!」
「え?寝てた?…あー、ごめんな?」
「お前、ホンットマジ…!」
「お怒りのところ悪いんだがね、犀」
「今度はなんだよ!?」
「終わったぞ、診断」
「なにっ!」
世良の言葉を聞いて、犀は息をのむ。
「そ、それで…?」
「いやはや、実に馬鹿馬鹿しい」
世良は、なんとも呆れたという風に首を振った。
「ただの魔力切れによるガス欠だ。魔力が補給できれば、すぐにでも目を覚ますさ」
「ほ、本当か!」
「ただ、『こちら』の大気は、『あちら』のものと比べてあまりにも含んでいる魔力が薄すぎる。これでは、普通の魔法使いならろくに魔力回復も出来ん。今まで昏睡状態にあったのは、これが原因だな」
「と、ということは…」
「外部から魔力を供給せねばならん。ということで、頼んだぞ、亜蘭」
と、いきなり振られた亜蘭は、
「え?俺?」
と、困惑する。
「ああ、そうだ。君だけだろう?今この場にいる中で、彼女の回復に足る魔力を譲渡して、かつまだ魔力を残したままでいられるのは」
「なるほどね」
合点のいった亜蘭は、ノアの側に歩み寄る。そして、-
「…魔力の供給ってどうやんの?」
「『こちら』のおとぎ話みたく、眠り姫にキスでもしてみるか?」
「おい」
「冗談だよ、犀。さて、亜蘭。ノアの額に手を当てて」
「分かった。…こうか?」
「そうだ。そうしたら、手の今額に当たっている部分に意識を集中させろ。…そうだ、そのまま、私が良いと言うまで続けてくれ」
そうしているうちに、亜蘭が触れている辺りが、金色に光り始める。
「っ!これは…」
「まだだ。まだ、続けて」
そして-
「…ここ、は…?」
「っ!」
「ノアっ!」
手を離した亜蘭を押し退けるようにして、犀と世良がノアに駆け寄る。
「ノア、わたしだ!わかるか!?」
「う、あ…」
「おい、無理させるな、世良。ノア、お前はまだゆっくり休んでてくれ」
「え、と…」
「良かった…良かった…!」
そのときだった。
「な、何してるんですか!」
三人の後ろから、医師が叫び声を上げる。
「その患者は絶対安静なんですよ?原因不明の意識不明なんですから、とにかく離れて- ああっ!」
近づいたことでノアが意識を回復していることに気づいた医師は、またもや大声を上げた。そして、
「と、とにかく面会謝絶!」
と、言うが早いか、三人を病室から叩きだし、扉を締め切ってしまった。
「…チッ」
「落ち着けよ、世良。また来りゃ良いだろ?な、犀」
「あ、ああ。とにかく、これでもう- 」
「安心、だな」
「ああ」
そう言って、亜蘭と犀は顔を見合わせ、笑いあったのだった。




