第十八話
次の日の朝。
「おーい、さいー」
「うーん…」
「起きろー、朝だぞー」
「うう…はっ!」
亜蘭の声で、犀はベッドから飛び起きる。
「い、今何時だ!?」
「七時五分。大して寝坊でもないと思うぞ」
「そ、そうか」
胸を撫で下ろした犀は、次に亜蘭に驚いたような顔を向ける。
「それにしても、お前が俺より早く起きるなんてな」
「あー、昨日コーヒー飲みすぎたかもだ」
「そうなのか?飲みすぎは体に悪いぞ」
「飲みすぎっつーか、飲まされ過ぎ?」
「ああ、なるほど」
合点がいったとばかりに、犀はうなずくと、ベッドから降りる。
きのうの勉強会で、三鍋と美和子、そして亜蘭は『眠そうだから、眠気覚ましに』と輝の淹れたコーヒーを(半ば強制的に)飲んでいたのだ。三人が飲んだコーヒーの合計は、二桁はゆうにいくだろう。
もちろん、それが親切心からの行動ではなく、ほとんど八つ当たりのようなものだったことは想像に難くない。
「…目、笑ってなかったしな」
「おう。バアルエルの時のといい、側近の今まで知らなかった側面を知れるのは、まあ嬉しいっちゃ嬉しいんだがなぁ…」
軽くため息をついてから、亜蘭はドアへと歩み寄る。
そして、ドアノブに手をかけ、扉を開けた瞬間-
「亜蘭さーん」
「…?亜蘭さん?- あぁ、怪史郎くんか!なにか用事か?」
亜蘭は、怪史郎が瑞希と一緒にいることに気付き、すぐさま他人行儀な態度になる。
怪史郎もまた、態度を偽るのは慣れたもののようだった。
「はい!瑞希と遊ぶので、サッカーボールを探してるんですけど…」
「サッカーボール?犀、この部屋で見た?」
「うーん…いや、見覚えはないな」
「そうですか、じゃあ南郷さんに聞いてみます」
「おう。今日は暑いから、きをつけろよー」
「はーい。行こう、瑞希」
「うん」
そうして、怪史郎と瑞希は南郷の書斎の方へと歩いていった。
それを、亜蘭は後ろから少しだけ嬉しそうな顔で見送る。
「…なんか、怪史郎は瑞希とずいぶん仲良くなったな」
「だな。すっかり明るくなって良かった。…まあ、過去に殺しあいをした奴の言うことじゃないかもしれないが」
「まあなー」
ふと、亜蘭は壁にかけてあった時計に目をやる。
「さて。こうやって話をしているうちに、もう七時十五分な訳ですが」
「え?…げっ!?し、しまった!亜蘭、お前の準備は?」
「とっくに終わってる。朝飯も食べた」
「うっわー、てことは南郷さんか桃ちゃん辺りに作らせちゃったかな。と、とにかく急がなきゃ!」
そう言いつつ、ドタバタと騒がしく着替えを終えた犀は、
「飯食ってくる!ちょっと待ってて!」
と言って、食堂の方へと駆けていった。
「おー、急げ急げ。七時半までは待ってやる」
聞こえることは期待せず、亜蘭は走っていく犀の背中に声をかけた。
◇
そうこうして、通学路。
「あ…暑い…」
ジリジリと夏の太陽に灼かれつつ、二人は学校への道のりを進んでいた。
「そうだな暑いな。わかったからもう暑いとか言うなよ、余計辛くなる」
ほとんど八つ当たりと言ってもいい犀の言葉に、暑さに気が滅入っている亜蘭はつい謝ってしまう。
「うう、すまん…」
が、犀はろくに聞こえてすらいないのか、一人でぶつぶつと愚痴を垂れる。
「あー、『こっち』の夏はこんな暑いんだな。てかもう『暑い』っていうより『熱い』だよな。夜もジメジメするし。『あっち』はもうちょっと涼しかった気がするな」
「そうか…?っていうか、暑い暑い言うくせに、随分と舌が回るな…」
「こうやってしゃべってないと、気が触れそうなんだよ!あーもう、冷蔵庫の中の氷でも持ってくればよかっ- 」
ガガガガガガガガガガ!!!
「「!!」」
聞き慣れぬ轟音に、だれていた二人は瞬時に身構え、音のした方へ注意を向ける。と、
「…なにしてんだ、あれ」
騒音の主は、コンクリートで舗装された道を掘り返す子供ほどの大きさの機械だった。
「なんでわざわざ道なんか掘ってるんだ?」
「あー、あれは、たぶん『道路工事』ってやつだろ」
「こうじ?」
「そ、工事。舗装してあっても、粗い道はあるわけでさ。そーいうのを、定期的に直すんだよ」
「ふーん…」
言葉を切ると、犀は空を仰ぐ。
「…こんな暑い日にか?」
「あー…仕事だし?」
「仕事、ねぇ…」
犀は、その工事を行っている人々に目をやる。
少し髪の薄くなった中年の男性が、黒髪と金髪の若い男二人に指示を出している。
「ここの道、あとどれくらいで掘り返せそうだ?」
「あと一時間くらいです!」
「こっちもそんくらいっス!」
「そうか!なら、それが終わったら一旦休憩だ!気張れよ!」
「はい!」「うっす!」
「…すげえな、あれ」
「ほんとな…」
と、犀は、不意にその工事現場の方へ近寄っていく。
「お、おい、どうしたんだよ」
「いや、ちょっとさ」
そして、口に手をそえると、
「おつかれさまでーす!!」
-工事をしている三人に大声で呼び掛ける。
声を掛けられた三人は、最初はポカンとした顔をしていたが、
「ありがとよ、ぼうず!」
一番歳上らしい中年の男が、犀に手を振り返す。
他の二人も、それぞれ手を挙げたり、ヘルメットの縁を傾けるなどしてこたえた。
それを見届けた犀は、亜蘭の元へ走って戻ってきた。
「…満足したか?」
「ああ」
「そんじゃ、さっさと行くか。はぁ、かったる- 」
その瞬間、一迅の風が道を吹き抜けた。
とたんに、二人の顔が明るくなる。
「おお…!」
「す、涼しい!」
「よーし、元気でた!走るぞ、亜蘭!」
「ちょ、おま、調子に乗って無理すんなって!」
「大丈夫だって!ほら、行くぞ!」
「ああ、もう!どうなっても知らないからな、バカ!」
そうして、二人は残った学校への道を駆けていった。
◇
「…で、そのバカ二人の末路がこれか」
「…俺に言うなよ」ぜー、はー
「…いや、いけると思ったんだけど…」ぜー、はー
「あなたたち、喋るか呼吸するかどっちかにしたら?」
「…そう、いわれましても…」ぜー、はー
学校にて。
教室にたどり着いた瞬間、二人はものの見事にまとめて撃沈したのだった。
「この炎天下の中で走ってくるのがどれだけ愚かな行為か、くらい考えたまえよ」
世良の辛辣な言葉に反論しようと亜蘭は顔を上げたが、
「……」
特に間違ったことも言っていないので反論出来ず、そのまま顔を伏せる。
「とにかく、息を整えて、それから水分補給すること。立てる?」
「…いや、もうそろそろいける」
富士実の助けを断り、何とか自力で立ち上がった亜蘭は、犀を引きずって無理やり立たせた。
「うう…わるいな…」
「いいから、さっさと席つくぞ…っと」
そこで亜蘭は、自分達の席の横に佇む不審者に気づいて、周りには聞こえぬよう小声で話しかける。
「なんでこんな朝っぱらから、しかも学校に居るんだよ!暇か?暇なのか!?」
そう言われて傷ついたのか、バアルエルは、霊体化して声が聞こえないのを幸いと大声で言い返す。
『ひ、ひどいです兄さま!まるで私を「なんか特に用事もないのに喋りかけてくるウザイやつ」みたいに扱うなんて!』
「みたいっつーかほぼ正解だよ!まったく…んで、なんなんだ?」
『…へ?』
「へ?じゃねーよ!なにか俺に用事があったから、こんな時間からわざわざここで待ってたんだろ?早く話してくれ」
『そ、そこに気づくとは!さすが兄さま!』
「いや、そういうのいいから」
『もう、兄さまったら。そんなにせっかちだと、女性に嫌われますよ?』
「余計なお世話だ!」
『もっと心に余裕をお持ちください。くれぐれも、あの賢者みたいな狭量な者にはならぬよう』
「 -呼んだかね?」
「うわあっ!?」
『ひぎゃっ!?』
いきなり至近距離から気配もなく話しかけてきた世良に驚き、亜蘭とバアルエルは一緒に飛び上がる。
世良はぽりぽりと頭をかくと、呆れたように話しかける。
「…そんなに驚くことかね?」
「い、いや、悪かった」
「別に謝罪は要求してないさ。それより」
と、世良がバアルエルに向き直る。
「私にも話してくれたまえよ。なにか伝えることがあって来たのだろう?」
「あ、そうだった。すっかり忘れてた」
『むう…貴女に聞かせるのは本意ではないのですが』
バアルエルは少し不満そうだったが、それでも不承不承話し出す。
『まあ仕方ありませんね。実は- 』
◇
「ノアが見つかった!?ほ、ほんとなのか!!」
「お、落ち着けって犀!声がでかい」
「う、す、すまない」
学校からの帰り道、報告を聞いて大声を上げた犀をたしなめると、亜蘭はまた話し始める。
「とにかく、バアルエルのお陰でより精度の上がった探査を行った結果、どうやらお前んとこの女魔法使いがこの町のどこかにいるのは間違いないらしい。怪史郎だけじゃ、人手も時間も足りなかったからな。バアルエルさまさまってとこか」
「そうか…!そう、か」
犀は少し押し黙ると、ホッとしたかのように息を吐いた。
亜蘭は犀の顔を覗きこむと、クスリと笑う。
「…にやけてるぞ」
「えっ!?」
「ま、別に良いけどさ。…良かったな、見つかって」
「…いや、まだ実際にこの目で見た訳じゃない。それに、ハインケルもまだ見つかってないし」
「ハインケル?…ああ、『砦騎士』殿か」
「本人は、あまりそのあだ名は気に入ってなかったみたいだけどな。…ん?救急車?」
二人の横を、一台の救急車が通りすぎていく。
本来なら気にも留めないはずのそれが、亜蘭は何故か、ひどく気になった。
「…急ぐぞ、犀」
「え?なんだよ、ただの救急車じゃないか」
「嫌な予感がするんだよ!くそ、やっぱりこの救急車、ホームに向かってやがる…!」
焦る亜蘭は、軽く舌打ちをしてから亜蘭を急かす。
「とにかく早くホームへ…いや、こっちの方が速い!」
亜蘭は周りに人影がないことを確認すると、犀の腕を掴み、呟く。
「《テレポーテーション》…!」
すぐさま青い光が二人を包み込んだかと思うと、フッと消え失せた-




