第十七話
「 -というわけで」
二人がバアルエルと再会した、その数日後。
「今度の期末テストが終われば、晴れてお前たちは夏休みに入るからな。それまでは、しっかりとメリハリをつけて勉強するように」
「「「はーい!」」」
元気な声が、教室にこだまする。
「それじゃ、今日はこれまで」
「「「ありがとうございましたー!!」」」
授業が終わり、下校時間となった。
生徒たちの騒がしい声で教室が満たされる。
それに伴って亜蘭と犀も帰る準備をしていると、
「おーい、おふたりさん」
と、霧島が話しかけてきた。
「おー、霧島。悪いけど、テスト近いからゲーセンには付き合えないぞ」
「違う違う!俺だってこんなときに誘ったりしないよ。そうじゃなくって…」
そう言うと、霧島は少し申し訳なさそうな顔になり、二人に向けて両手を合わせた。
「たのむ!俺も、二人の勉強に付き合わせてもらえないか!?」
「…へ?」
「勉強って、テスト勉強か?」
亜蘭と犀は、何を言っているのかわからないと言った風に顔を見合わせた。
そして、亜蘭が犀の分も代弁するつもりで、霧島に問う。
「お前、前のテストそんなに悪かったのか?そんな風には見えなかったけど」
亜蘭の隣にいる犀も、うんうんと首肯する。
しかし、霧島の顔は晴れない。
「誠に残念なことに、ね。いや、俺はそんなつもりはなかったんだけどさ?親に見せたら、怒られちゃって」
そう言って肩を落とす霧島に、今度は犀が質問する。
「霧島くんって、富士実さんと仲良かっただろ?彼女に勉強とか教えてもらってないのかい?見るからに勉強できそうだけど」
「うーん…確かにあいつは頭良いけど、教えるのが下手って言うか、教わる側の事を考えないと言うか…とにかく、あいつに勉強を教えてもらうのは、中一で懲りたよ」
と、苦笑いをする霧島を見て、亜蘭はすっと目を細めた。
「ふーん、そっか、なるほどねぇ…」
そして、亜蘭はおもむろに霧島の後ろに呼び掛けた。
「だそうだけど、富士実さんはなんかコメントある?」
「げっ!?ふ、富士実、いつのまに…?」
「もちろん、遥くんが二人に手を合わせてたあたりからよ。そして、そうね…」
そこで富士実は言葉を止めると、小首をかしげ、
「あえて言うなら、『勉強を教えてもらった分際で何様のつもり?』、かしら?あ、あと、『せっかくだから久しぶりに勉強見てあげるわ』も追加で」
「え、えーっと、それはちょっと、遠慮したいと言うか…」
「あら、意外だわ。拒否権があると思ってるのね」
「…無い?」
「当たり前でしょ。さ、善は急げよ。早く帰りましょ」
「ちょ、待って痛い痛い!髪掴むなよ、禿げたらどうしてくれる!?」
「ストレスで禿げる前に予め抜いておいてあげようという私の温情よ、ありがたく受け取ってちょうだい。というか、引っ張られたくないならもっとチャキチャキ歩いたらどうなの?」
「うう、今日は厄日だ…」
そうして、富士実が霧島を引きずって教室を出ていくと、いつのまにか教室には亜蘭と犀の二人だけとなっていた。
二人はふたたび顔を見合わせると、立ち上がった。
「…帰ろう」
「おう」
「…女性っていうのは、どこの世界でも怖いものだな」
「なに言ってんだ、今さらだろ」
◇
「「ただいまー」」
二人はホームへ帰ってきた。すると、
「おかえりー…」
ホームの奥の方から、かすかに声が聞こえる。
その声を聞き、亜蘭は首をかしげた。
「…美和子さん、どこにいるんだ?」
「この声の遠さからして、図書室辺りじゃないか?」
「図書室…?あ、ひょっとしてテスト勉強?」
「かもな。ちょうど良いし、勉強教えてもらおっかなぁ」
そう言うと、犀は一足先に部屋へと向かう。
亜蘭も犀について行きつつ、その背中に小声で呼び掛ける。
「そういう訳だから、お前は自分の部屋でおとなしくしてろよ」
『えぇ、そんな!?私も図書室行きたいです!』
「なら、せめて印は書き換えとけよ?人間としてならついてきても構わんさ」
『はーい、わかりました!』
そう言うと、犀の後ろにずっとくっついていたバアルエルは、右手に着けていた手袋を外した。
…正直な話、バアルエルは学校の間ずっと犀の後ろにくっついていたのだが、霊体化することで魔力を持たないものには感知すら出来なくなる『幽魂の魔句』によって、犀からすら姿を隠していたのだ。
まあ、世良からはずっと不審者を見るような目で見られていたのだが。
それに加え、亜蘭はバアルエルに『犀にだけは絶対に言わないでください!ドン引きされてしまいます!』と懇願されていたのもあり、結局犀にはその事は黙っていたのだった。
と、亜蘭が考えに耽っていると、バアルエルは自身の部屋のドアをすり抜けて中へ入っていった。
ほどなくして、
「お帰りなさい!勇者さま、それに兄さまも!」
黄色い声をあげながら、実体化したバアルエルが部屋から飛び出してきた。
「ああ、ただいま、バアルエル」
「はい!あ、図書室に行かれるんですか?」
バアルエルは何気なく聞いているつもりだろうが、先程のやり取りをした亜蘭にはわざとらしすぎて目も当てられない。
しかし、そんなことなど知る由もない犀は、
「ああ、そうだよ。君も来る?」
と、普通に誘いをかける。
バアルエルは、犀に見えない角度で小さくガッツポーズをすると、
「はい、是非!」
と言って、二人についてきた。
そうして、三人が図書室に入ると、そこには、
「あらあら、有得ちゃんまで?三人とも、どしたの?」
机に向かったまま驚いた表情を三人へ向ける美和子と、
「…おかえり」
どこか不機嫌そうにノートを広げる輝、そして-
「おお、二人とも。邪魔してるぞ」
-不良少年、三鍋の姿があった。
◇
「っ!なんで、お前がここにっ!」
「お礼参りでもしに来たのか?」
そう言って身構える犀と亜蘭に対し、
「冗談ぬかせ。俺はこう見えても高校二年生なんでな。しっかり勉強しなきゃならんのだよ」
三鍋は片手を挙げて二人を制した。
さらに、
「そーそー、大和はちゃんと勉強しないと、三年生に上がれないもんね」
「うるせい。余計なお世話だ」
美和子と三鍋が親しげに会話しているのを見て、亜蘭と犀は唖然とした。
「…えーっと?三鍋センパイ、だっけ」
「なんだ?」
「なんで美和子さんとそんなに仲良いんだ?」
「なんで、って」
三鍋は、じろりと美和子の方を見る。
「言ってないのか?」
「え?あー、あははは」
「笑ってごまかそうとするなよ、ったく」
ため息をつくと、三鍋は三人に手招きをする。
「あー、まあ、とりあえずこっちに来たらどうだ?」
「……」
亜蘭と犀は少し躊躇したが、
「それでは、失礼します。ほら、二人とも、いつまでそこに突っ立ってるんですか?」
バアルエルが、強引に二人の手をつかみ、図書室の中へと引っ張りこむ。そうして、自分は読むための本を探すため書棚へと歩いていった。
そうされてしまってはどうしようもないので、亜蘭と犀は諦めて椅子に座った。
そうして改めて三鍋を見てみると、以前に一悶着あったときとはどこか違う気がした。
と、二人が席についたのを見るやいなや、三鍋が口を開いた。
「んじゃ、さっきの続きだ。俺とこいつが仲が良い理由、だったか。それは、至極単純なことだ」
三鍋は、ちょっともったいぶるように間をあけ、続ける。
「俺とこいつは、中学の頃…こいつがまだ『朝比奈 美和子』じゃなく『朝比奈 久人』だった頃からの友達だよ。」
「なっ!?」
想定外の理由に、亜蘭と犀は息を飲んだ。
そして、亜蘭がおそるおそる口を開く。
「も、もとからこんな感じじゃなかったのか」
「当たり前だろうが!こいつにだってマトモな時期くらいはあった」
「ちょっと、マトモって何よ?ふほんいー」
美和子が口をとがらせ、不満そうに割って入る。
「む…まあ、言葉の綾だ、気にするな」
「…なんか随分と雰囲気が変わった気がしますけど」
犀の言葉に、三鍋は苦笑いを返した。
「まあ、なんというか、できれば先のことは忘れてもらえると助かるんだがな。あのときは少し血迷っていただけだ。鈴木に殴り飛ばしてもらえて、目が覚めたんだよ」
と、そこで三鍋は唐突に、亜蘭の方に身を乗り出した。
「それにしても、あんな近距離からの打撃で昏倒するほどのダメージを与えるなんて、一体どんな技を使ったんだ?発勁か?システマか?空手か?ひょっとして我流とか- 」
だんだん白熱してきた三鍋を、美和子がたしなめる。
「はいはい、そこまでにしときなって。まったく、大和の武術オタクはいつまでたっても止まるところを知らないね。発勁はまだしも、システマってなに?洗剤?」
「お前にはわからんだろうがな、美和子。武術っていうのは、歴史があり、奥深く繊細で、それでいて力強さも要求される、正に芸術のような- だっ!?」
熱弁を振るっていた三鍋は、目にも止まらぬ速さで飛んできた消しゴムを回避できず、もろに顔面に食らった。
そして、三鍋に美和子、亜蘭と犀が一斉に消しゴムが飛んできた方を見ると、
「…黙って勉強して」
もの凄まじい顔の輝が、あくまで問題を解く手を止めることなく、器用に三鍋を睨み付けていた。
「な、なんだよいきなり」
「…テスト前のこの時期に、なんのために集まって勉強してるのか、説明しないとわからないのか?」
「う…い、いや、それと消しゴムを投げたことは関係- 」
「あ゛?」
「何でもない」
そう言って、三鍋は黙って勉強を再開した。
…この光景を目の当たりにした亜蘭は、小声で美和子に話しかける。
「な、何で輝はこんなに機嫌が悪いんだ?(ヒソヒソ)」
「うーん…どうやら、最近成績で競いあってる好敵手が居るみたいだよ?(ヒソヒソ)」
「へぇ、それなら納得できないわけでもないけど…(ヒソヒソ)」
「でも、そのせいで最近は冷たいというか、相手にしてくれなくなったというか…(ヒソヒソ)」
「え?おんなじこと輝も言っt」
「そこ。うるさい」
「「ヒッ!すいませんでした!」」
…結局、亜蘭と美和子も黙りこくって勉強を始め、図書室は静寂に包まれるのだった。




