第一話
「それにしても」
と、魔王は勇者に語りかける。
「お前、よくそんなに早く起きられるな」
「あぁ、まあな」
勇者は、取り敢えず怒りの矛先を納める。
「毎朝の礼拝は欠かさないようにしてるからな」
「…うわぁ」
勇者の言葉に対して、魔王はひきつったような顔になる。
「おい、どういう意味だそれは」
「いや、別になんでも?…っと」
二人が食堂に入ると、そこには三人の人影があった。
「やあ、おはよう、二人とも」
「おはようございます、南郷さん」
「ございまーす」
まず二人に声をかけたのは、現在二人が世話になっている孤児院「サウスパーク・ホーム」の主、南郷だった。
「よく寝ていたね、亜蘭くん。いい夢が見られたかい?」
「いやぁ、夢見は最悪っすね。しかも起床一番でこいつにぶん殴られたし」
「それはお前が悪いんだろうが!」
魔王…『亜蘭』の言に、勇者が反射的に噛みつくのを見て、南郷はくすくすと楽しげに笑う。
「いやはや、亜蘭くんも犀くんも朝から仲が良いねぇ」
「そういう訳じゃないですよ」
南郷の言葉に勇者…『犀』が不満そうな顔をする。
『こちら』の世界に来てから出会った人々には、
魔王アラングリッドは『鈴木 亜蘭』
勇者サフィールは『伊藤 犀』という偽りの名を名乗っていた。
「ここに来てから一週間か。どうだい?居心地は」
次に口を開いたのは、南郷と同じテーブルについている警官の制服に身を包んだ男性だった。
「はい。何不自由なく過ごさせてもらってます、轟さん」
轟は二人が『こちら』に来て最初に出会った人間であり、二人の『事情』を知っている数少ない人物でもあった。
その轟は、一人うんうんと頷くと、
「そうか、それは良かった。二人はこれと言った身寄りも無いし、何より君たちは子供だ。不安要素がないに越したことはない」
とひとりごちた。
轟は、『こちら』に来て間もない、金も知識もない二人を保護してくれただけでなく、二人に住居を提供してくれた、いわば二人の恩人でもあった。
そのとき、亜蘭の服の袖を、食堂に居た最後の一人が控えめに引く。
「亜蘭さん。ご飯、冷めちゃう…」
「ん、あぁ、そうだった。悪いね、ももちゃん」
そう言って亜蘭は、その少女、『桜沢 桃』の頭を軽く撫でる。
桃は、孤児ではなく親の仕事の都合上預けられている子で、亜蘭や犀と仲が良い。
また本人も歳に合わず大人びた子供で、それゆえ南郷や轟と一緒にいることも多かった。
「それじゃ、朝飯にしよっと」
「自分で用意しろよ、亜蘭」
「えぇー!?何でそんなめんどくさいこと…」
「さすがにそれくらいは自分でやれ!」
かくして、朝の食堂は、二人の言い争いと、周りの人々の笑い声で溢れるのであった。
◇
「…なぁ、犀」
「…」
「なあってば」
「……」
「おーい」
「………」
返事の代わりに飛んできた枕を片手で受け止めつつ、亜蘭は嘆息した。
結局、朝食の準備は二人で半分ずつやり、その事が犀の機嫌を最大限に損ねたらしい。
「おーい、そんなことで拗ねるなよ、勇者サマ」
「…ぶち殺すぞ」
「おー恐い恐い、くわばらくわばら」
亜蘭は犀の殺気を適当にいなす。
正直、亜蘭の記憶にある『勇者サフィール』はこのような些末なことで拗ねるような男ではなかったはずだ。案外、子供の体になったことで子供として扱われることが増え、精神年齢も低下しているのかも知れない。
などと他愛ないことを亜蘭が考えていると、
「犀くーん、たっだいま~」
という声が施設の玄関の方から聞こえてきた。その瞬間、犀の体が布団の上でビクッと跳ねる。そのまま、犀の顔色はどんどん蒼白になっていった。
そこに、二人より少し年上らしく見える少女が顔を出す。
「あぁ、いたいたぁ、二人とも」
「美和子さん、ちーっす」
「ど、どうも」
「ふふふ、ただいまぁ、犀くん」
やって来た少女、美和子は、部屋に入るなり犀ににじりよる。
「美和子、さん…チカイデス…」
「そんなつれないこと言わないでよぉ」
「朝のジョギングは終わりっすか?」
「うん。だから、これからお出かけしようと思ってぇ」
そう言うと、美和子は隙をついて逃げようとした犀の左腕を瞬時に掴む。犀は全力で振りほどこうとしたが、左腕を握る美和子の手は万力のように離れなかった。
美和子は美少女と言って差し支えない外見をしているが、何を隠そう、彼女は性別的には男性である。二人がサウスパーク・ホームに来たとき、犀は美和子に一目惚れされてしまい、-
その結果というかなんというか、犀は彼、いや彼女が苦手になった。
「すいませんごめんなさいっ!」
犀はとっさに美和子の手首に手刀を入れて解放されると、全速力で玄関から飛び出ていった。
「逃がさないわよぉ~」
しかし、美和子は即座に立ちあがり、
「じゃあね、亜蘭くん」
と一言残してから、犀に勝るとも劣らない速度で犀を追いかけていった。
残された亜蘭はと言えば、
「…大変だな、犀」
わりと真剣なトーンでぽつりと呟くと、布団に横になり、寝直す体制に入るのであった。
◇
犀が部屋に帰ってきたのは、それから三時間ほど後だった。
「お帰り、遅かったじゃん。どっかより道でもしてたのか?」
亜蘭が興味津々に聞いてくる。
「…あの後美和子さんに捕まってさ。そのまま映画館に引きずっていかれたんだよ、『今日こそはデートするわよぉ』とか言われて」
「ふーん、それで?その後は?」
亜蘭は完全に野次馬として聞く体制に入っていた。
犀はもう休みたかったが、亜蘭の態度がこれである以上、しかたあるまい。
「その後は、近くのデパートにつれてかれてさ。一緒に服屋に行ってた。『どの服が似合いそう?』みたいな」
「へぇ、良かったじゃん。美和子さん美人だし、楽しんできたろ?」
亜蘭が分かっていてこういうことを言ってくる性格だということを、犀はここ数日で理解した。
が、それはそれである。亜蘭のニヤニヤ顔を見るうち、もう犀は我慢できなかった。
「てめぇ、分かってて言ってんだろ!」
犀は亜蘭に飛びかかると、スムーズにヘッドロックを決める。
「ぐえっ」
「そりゃあ俺だって、最初美和子さんを見たときは『綺麗な女だなぁ』とか思ったりもしたわ!でもな、天地がひっくり返ろうがあの人は『男』なんだよ!しかも俺より力強いんだぞ!?そんな人に好かれて、ありがた迷惑だって気持ちがお前に分かるか!?」
「ちょ、わかった、わかったから放して、首しまってる」
わりと本気のギブアップ宣言を受けて、犀は亜蘭を解放する。
「ゲホッゲホ、あー、まあ、大変だな」
「ほんとだよ…」
そこまで言うので、犀は限界だった。
「俺は、ちょっと休む…」
「おう、お疲れさん」
「後で、起こせ、よ…」
と、それだけ言って、犀の意識はブラックアウトした。
◇
亜蘭は、撃沈した犀を眺める。どうやら、こいつはずいぶんと心労気質らしい。ご苦労なことである。
「ま、それは俺が配慮することでもないがな」
思い直すと、亜蘭はベッドから降り、机の上に置いてあったパソコンを起動する。
「さて、今日の情報収集は、っと」
亜蘭は『こちら』にきてから毎日、『こちら』の情報を仕入れる作業を日課としていた。
当初はサウスパーク・ホームにあった百科事典を読んでいたが、「調べものがしたいなら、これを使うといいよ。お下がりだから気にしないで」という南郷の好意に甘え、二日ほど前からパソコンを使っている。
と、『日課』をこなしていると、
「兄ちゃんたち、いる?」
という幼い声と共に、今度は小学生位の少年が部屋に入ってきた。
「お、瑞希。なんか用?」
「あ、ううん、これといって特に用事は無いんだけど…」
少年-瑞希は、もごもごと要領を得ない喋り方をする。
南郷から聞いた話だと、彼は物心ついた直後に親と事故で死別し、それゆえ他者との関わりの仕方がわからず、人見知りが激しいとのことだった。
だが、瑞希の幼いながらに自らを弁えているところを亜蘭は気に入っており、瑞希も二人、特に亜蘭にはよくなついている。
「キャッチボール、して欲しいなって…」
「あぁ、そんなことか。いいよ、やろう!」
かつて『弱者にこそ平穏を』の理想を追い求めていた亜蘭にとっては、『あちら』で庇護していた虐げられていた魔物たちと幸薄な瑞希が重なり、よりいっそう瑞希を構ってやろうという気持ちが強まるのだ。
亜蘭はパソコンの電源を落とすと、瑞希について外へ出ていった。
◇
夕方になって亜蘭が部屋に戻ると、犀が朝のものと何ら遜色ない般若の形相で待っていた。
「…起こしてくれと言ったはずだが?」
「瑞希とキャッチボールしてたんだよ」
「え、あ、そうか。それならしょうがない」
犀も犀で瑞希のことは気にかけているため、すぐに怒りを納める。
「それで、今日は?」
犀が亜蘭に、今日の情報収集の成果を訪ねる。
「今日も変わらず、だな。」
「そうか…」
そう、日中の情報収集は全て、『「こちら」の世界に違和感無く馴染むため』かつ『一刻も早く「あちら」の世界に戻る』ための行動であった。
「まあ、焦って情報が手にはいるわけでもないし、気長にやればいいよ」
と肩をすくめる犀に、亜蘭は人の悪い笑みを向ける。
「…『魔王を殺せば元の世界に戻れる』とか短絡的な理由で人を殺そうとしたやつの台詞とは思えないな」
「うっ…。あれは悪かったよ」
「二人とも~」
パタパタと足音を立てて、美和子がやってくる。
「ごはんできたわよぉ」
「はーい」
「今から行きます」
そう返し、二人は食堂へと向かう。
「とりあえず飯だな」
「…そうだな!」
二人は笑いあうと、他の皆が待つ食堂に入っていった。




