第十四話
「「な、なんだって!?」」
亜蘭の言葉に、犀と世良は同時に声を上げる。
そして、顔を見合わせると、まず犀が口火を切った。
「確かにバアルエルのことは分かるが、お前の妹だなんて、そんなの初耳だぞ!?」
「当たり前だろ、言ってないんだから」
悪びれる風もなく、亜蘭はため息をつく。
「にしてもなぁ。よりにもよってバアルエルのやつか…」
「おや、自分の妹との再会が、そんなに嬉しくないかね?」
にやにやと笑う世良を、亜蘭はじろりとにらみつける。
「お前は毎度毎度、分かってて言ってるからたち悪いな」
「ま、彼女が君の妹だというのには多少驚いたが、そうならなおさら、君には同情してしかるべきだな」
世良の言葉で、亜蘭は再び肩を落とした。
◇
そもそもの話。
この三人が、これほどまでにバアルエルを歓迎すべからざる相手だと認識しているのには、大きな理由があった。
それはもともと、亜蘭…アラングリッドが、『あちら』の世界で、自らの力を以てして魔王となった頃に遡る。
アランが魔王になったことを、彼の両親は喜びはしたものの、あまり騒ぎ立てたりなどはしなかった。もともとそういった、静な気性の一族だったからである。 -妹のバアルエルを除いて。
バアルエルはアランの一族の中でも特異な変異種だったため、親からも腫れ物のような扱いを受けていた。
具体的に言えば、貴族的立場であったアランたち一家の住む館の最奥の部屋で、人目に触れぬようほぼ軟禁状態で暮らしていたのだった。
そんな彼女を気にかける奇特な者はアランの他におらず、そんな彼をバアルエルも慕っていた。
そんな妹が、尊敬する兄が文字通り「魔を統べる者」となったことを喜ばぬはずもなく-
『兄さまの妹として恥ずかしくないよう、わたしもがんばります!』
と、意気込んだは良いものの、元から天然な上に親からも放置同然の扱いを受けていた彼女に常識などというものが存在するはずもなく。
結局、どのような文献を漁って見つけたのか、後に彼女のトレードマークとなる鉄仮面と、黒や白、もしくは原色一色で染められた服を着たバアルエルは、周りから影で『鉄面皮の首女』と馬鹿にされるようになってしまった。
そして、それを見かねたアランは、彼女の能力を買ったという建前で、彼女を七罪将に引き入れたのだった。
◇
「それ以来、近くに居ようが遠くに居ようが、あの子は俺の心配の種でさ。悪い子じゃ無いんだがなぁ…」
心労からか、亜蘭が深いため息をつく。
「天然なんてものじゃ無いだろう」
犀もまた、ため息をついた。
「彼女が俺たちと最初に会敵したとき、なんて言ったか知ってるか?」
「ああ、知ってるさ。それもまた頭痛のタネだよ」
「あああれか、あれは傑作だったなぁ」
その時の光景を思い出したのか、世良が含み笑いをする。
「出会うなり、開口一番で『私と決闘しなさい!』とは、今思い出してもなかなか…プフッ」
世良は堪えきれずに吹き出した。
それを見て、亜蘭は苦虫を噛み潰した顔になる。
「あー、とにかく、あいつをもう一度見かけたら、話しかけられる前に逃げて俺に連絡してくれ。あいつの能力は、あれで案外厄介だからな」
「確かに、彼女の能力の強力さはなかなかだな。賢者の私といえども、『「言霊」のバアルエル』たる彼女の力にはどうにも太刀打ちできん」
そう言うと、世良は「お手上げ」を示すかのように両手を軽く挙げる。
「じゃあ、そういうことで」
「わかった」
「了解したよ」
といったところで、この集まりはお開きになった。
◇
その日の夕方。
部活に行く犀と別れ、亜蘭は一人、帰路についていた。
「バアルエル、か…」
亜蘭は、誰に言うともなく呟く。
『 -兄さま!』
懐かしい妹の姿を脳裏に浮かべつつ。
「…オブスキュラスの二の舞は、なんとしてでも避けないとな」
-あの子には、人殺しなんて業を負ってほしくないから。
-例えそれが、『兄』としての自分のエゴだとしても。
「魔族のくせして、綺麗事を並べすぎだよなぁ…」
亜蘭は一人、自嘲ぎみに笑った。
「…怪史郎に、本格的に探してもらうよう頼むか。いや、俺も手伝った方がいいな」
-たまには兄らしいことをしてやらなくちゃな。
と、ホームに着いた亜蘭の目に飛び込んできたのは、
「あれ、奇遇だな。ちょうど頼み事をしようかと考えてたところだ」
「…!魔王さま…」
玄関の前で立っている、怪史郎の姿だった。
「ってか、周りに人が居なくても俺のことは『亜蘭』と呼べっていっただろ?」
「申し訳ありません。ですが、これは魔王さまに関わることなので」
「…どういうことだ?」
「じつは- 」
そこで、怪史郎は言うのをためらうかのように間を開け、ほどなくして、続きを述べた。
「 -バアルエルさまが、いらっしゃっています」
◇
亜蘭は、自分の感情を全力でねじ伏せつつ、平静を装って廊下を歩いていた。途中ですれ違った美和子に何事か話しかけられたが、何と話しかけられたのか、それに何と答えたのかすらわからなかった。
それほど、亜蘭の心は乱れていた。
そうしているうちに、ついには自分の部屋の前にたどり着く。
「…ただいま」
そう言って亜蘭が扉を開けると、そこにいたのは-
「ああ、お帰り、亜蘭。君にお客さんだよ」
「あ……」
いつも通りの笑顔でベッドの縁に座る西郷と、窓際に立ち尽くす真っ黒い服の女だった。濃いヴェールを垂らした女の顔は亜蘭からは伺えなかったが、小刻みに震える女の白い手が、女の心情を物語っていた。
亜蘭もまた、震える声で西郷に話しかける。
「ありがと、西郷さん。申し訳ないんだけど、少しだけ席をはずしてくれる?」
「あぁ、いいよ」
そう言って西郷がそそくさとその場を立ち去ると、その部屋には亜蘭と女の二人きりとなった。
「……すか」
「……」
「本当に…兄さまなのですか…?」
「……」
亜蘭は黙って女に歩み寄ると、ちょっとだけ背伸びをして、優しく抱き締める。
「そうだ。俺だよ、アランだよ」
「い、生きてる…」
「おいおい、勝手に殺すなっつの」
「うぅ…う、うわあぁぁぁ!!良かった、生ぎでるよぉぉ!あ゛に゛さ゛ま゛ぁぁぁ!!!」
「うわっ!ちょ、ちょっと落ち着けって!あー、もう!」
…結局、大声をあげて泣き始めてしまったバアルエルをなだめるために、亜蘭は小一時間を要した。
亜蘭の精一杯の努力によってなんとか泣き止んだバアルエルは、緊張の糸が切れたのか、くたりとベッドに座り込む。
「本当に、本当に良かった…!」
「わかった、わかったから!もう泣くなって!」
「ええ、もう大丈夫です。もう、大丈夫」
落ち着いたらしいバアルエルは、亜蘭の記憶にあるのと寸分違わぬ声で返事をした。
「まったく、俺だってお前のことはずっと気にしてたんだからな?噂にもなってたんだぞ、お前」
「ご、ごめんなさい。軽率な行動をとってしまいました。なにせ、魔力の安定した入手法が、他に思い浮かばなかったもので…」
「それにしても- 」
と、亜蘭はバアルエルに近より、顔に掛かるヴェールを取り外す。
「急拵えでこんな呪具を作り出すとか、ある意味期待を裏切らんな、お前は」
ヴェールの下には、本来あるべき顔が無く、代わりに真っ黒い虚空が口を開けていた。
「あ、ひょっとして馬鹿にしてらっしゃいます?これでも頑張ったんですよ、極力人間っぽく見えるようにとか、魔力を吸収しやすくするとか」
そう言うと、バアルエルは首もとにつけてあった簡単な固定金具を弄り、自らの頭を取り外した。
そう、何を隠そう、バアルエルは『首なし』の特性を持って生れた娘である。
しかも、バアルエルの場合は、その特異な体になったのも血縁者でそうなった者の中ではかなり後期だった。
種族としては珍しくもない悪魔族の両親は、さぞや恐れたことだろう。
(だとしても、子を疎むなど親としては下の下だがな)
「聞こえてますよ、兄さま。私は兄さまがいれば別に構わないんですから、気にしないでください」
「っと、聞こえてたか。すまんすまん」
-そして、こういった変異には何かしらの特性がお約束である。
バアルエルの場合、それは『言の葉の支配者』という形で現れた。
有り体に言えば、それは「あらゆる言葉を文字通り意のままに操れる力」だった。例えば、
『予め設定していた単語を相手が口にした瞬間、その相手から極限まで魔力を搾り取る』
『他人が言葉として文章にして考えた事ならば、たとえ口に出していなくとも直接読み取る』
『見たことの無い呪文だろうと祭文だろうと秘術だろうと禁術だろうと、文字を使う魔術であればあらゆるものを行使できる』
…といったことが出来たりするのだ。
「ま、とにかくお前が息災で良かったよ。他のやつらも元気にしていればいいんだが…」
「あ、それなら知ってますよ」
バアルエルのあまりにも事も無げな言い方に、最初、亜蘭はバアルエルが何と言ったのか分からなかった。
「…なんだと?」
「だから、私、『あちら』と連絡がとれるのです。いえ、とれるようになった、というべきかな?」
「な…な…なんだとっ!?」
亜蘭は食い気味に、バアルエルの言葉に反応する。
「そ、それ、本当なのか…」
「ええ。といっても、あちらに置いてきた私の本来の頭と意識を共有させるだけですが」
バアルエルは、ちょっと恥ずかしそうにもじもじする。
が、亜蘭はそんなことは気にせず、興奮したようすで続ける。
「そうか、いや、しかし、これはかなり大きいぞ…!」
「喜んでもらえたようで、わたしもうれしいかぎりです!」
「犀にも教えてやらないとな…」
「ええそうでしょうとも!…ん?」
ちょっと得意気になっていたバアルエルは、そこで怪訝な表情になる。
「犀、とは、どちら様ですか?こちらでの協力者とか?」
「え?ああ、勇者だけど?」
「ああ、なるほど、って」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?」
直後、その叫び声とほぼ同じくらい大きな叱責の声がホームに響いたのは、言うまでもない。




