第十二話
「ふむ、ここが今の君たちの拠点か。…正直、あんまり面白味が無いな」
「悪かったな、つまらないところで!」
絞め落とされた世良が復活し、亜蘭が宥めすかしてやっと落ち着いた犀と和解した後。
世良の『他の「こちら」に来ている者も確認したい』という要望をうけ、亜蘭と犀は、世良を伴ってサウスパーク・ホームへと帰ってきていた。
「まあ、無理を言って連れてきて貰ったのは私だしな。これくらいは我慢するさ」
「…いちいち失礼だな、お前。頼むから、南郷たちにだけはそんな態度をとるなよ?」
「安心しろ。私は知り合い以外には礼儀正しい人間だ」
「……」
だんだん不安になってきた亜蘭を尻目に、犀は平然として鍵を開ける。
「ただいまー」
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
「…ん?」
さっきの今で既に態度の豹変した世良を見て、亜蘭が少しばかり戦慄を覚えていると。
「はいはい、おかえりー…あれ?」
玄関の方に来たのは、おそらく自分の部屋から出てきたのであろう、部屋着姿の美和子だった。
美和子は世良に気づくと顔を赤らめ、恥ずかしそうに自分の肩をだく。
「も、もうっ!お客さんが来るなら、ちゃんと言っておいてよねっ!」
「え、あ、ごめんね、美和子さん」
「うー、恥ずかしい…ちょ、ちょっと待ってて!」
そう言うと、美和子はすぐさま自分の部屋のある二階へと駆けていった。そう間を開けず、けたたましいドアを閉める音が響く。
亜蘭と犀は顔を見合わせると、申し訳なさそうに世良の方を見る。
「そういうことだから、ここで少し待って- 」
と、二人は、世良が唖然とした表情で突っ立っているのに気づいた。
世良は、驚愕した顔のまま、二人に問う。
「あ…あれは、何者だ?」
「何者、って…ここの住人だよ。『こちら』生まれで『こちら』育ちの、至って普通の人だぞ?」
「それは本当か?本当に、本当か?」
「くどいぞセラス。あの人は、ちょっと情緒が不安定なだけで、他は至ってまともな人だ」
「…後で言っとこうかな」
「頼むからやめろ!」
と言い合う二人の声すら耳に入らないかのように、世良はぶつぶつと独り言を呟き続ける。
「いや、しかし…でもそれでは…いや、『こちら』と『あちら』の常識を重ねない方が…ううん…」
「ん、どうしたんだ、セラス?」
「ん?あぁ、いや、何でもないよ」
そう答えると、世良は独り言を呟くのを止めてしまった。
犀は怪訝な顔をしたが、世良が何でもないと言った以上、さらに追求することは出来ず。
「お、お待たせぇ!」
「あ。おかえり、美和子さん」
結局、少しちゃんとした服に着替えてきた美和子が戻ってきたのを機に、そのまま三人で中へと入っていったのだった。
◇
「…茶だ」
「おや、これはどうも」
亜蘭と犀の部屋で、世良は『こちら』に来ている協力者候補として、輝、怪史郎を交えた五人で集まっていた。
輝に出された湯飲みには触れることなく、世良は小首を傾げる。
「毒は?」
「…入れるわけが無いだろう、馬鹿にしてるのか」
「セラス、彼女はそんな卑怯な真似をするやつじゃないよ。いや、まあ、安全かと問われれば、明確には答えられないけど…」
「勇者殿はどちらの味方なのですか!」
「うーん…中立、かな…」
そう言いつつも、犀はまだしも亜蘭と怪史郎すら湯飲みに手を伸ばそうとすらしていない。唯一、輝だけは既に自分の分の湯飲みを空にしていた。
世良は、恐る恐る湯飲みの中の液体を口に含む。その瞬間、
「…んぐっ!」
呻き声を漏らし、世良は口を押さえた。
「だ、大丈夫かセラス!」
「お、おい、賢者。無理そうだったら輝に返してくれていいんだぞ…?」
世良は手を下ろすと、ぽつりと呟く。
「…あ」
「「…あ?」」
「熱かった、けど、悪くはないな」
「「…なにぃっ!?」」
亜蘭と犀の二人が揃って大声をあげたのに対し、世良は不審者でも見るような顔をする。
「…なんだ?まさか、本当に毒でも入っていたんじゃああるまいな?」
「そんなことするか!どうですか、お二方?私だって何度も練習すれば、お茶を入れることくらい容易にこなせるのです!」
得意気に胸を張る輝を横目に、怪史郎が自分の湯飲みに手を伸ばす。
「それじゃあ、試しに私が」
そう言うと、怪史郎は湯飲みの中身を一気に飲み干す。そして、静かに湯飲みを机に置くと、ニッコリと笑い、
「…12点」
と言うと、倒れるように机に突っ伏す。
「な、なんだと怪四郎!?貴公まで私を馬鹿にするのか?!」
「い、いえ、上達は見られるのですが、前のはそもそも飲めたものじゃありませんでしたからね。というか、飲み物として認められませんでした」
「そういえば、最初に怪史郎が飲んだときはしゃべることすら出来ずに沈んでたもんな」
「…ようは、セラスの舌がおかしいってことか」
「む、心外だな。私は何でも違和感なく飲み食い出来るだけだ。賢者たるもの、隠遁生活には慣れねばならんからな」
そう言うと、世良はまた茶を一口すする。
「そのお陰で、今では山野に混じって気配を消すことも容易い。ま、そのせいで合流が遅れた、というのも否定は出来んが」
「…慰めなど要りませんよ、賢者セラスフィア」
世良の言葉に、起き上がった怪史郎は苦い顔をする。
しかし、世良はひらひらと手を振ると、
「別に、私は事実を口にしたまでだよ」
と、鷹揚に怪史郎の言葉を否定した。
「それで- 」
と、世良は亜蘭と犀の方に顔を向ける。
「君たちは、『こちら』にくる直前のあれを、一切覚えていないのかい?」
「ああ、詳しくはな」
「なんのことだかさっぱりだよ」
二人の返事を聞き、世良は思案顔になる。
「ふむ、そうか…では、君が覚えている範囲のことを聞かせてくれ、勇者」
「俺か?そうだな…」
犀は、そのときのことを思い出そうと、懸命に首をひねる。
「確か、俺がアランに剣を振り下ろした、あの瞬間…魔王の胸元から、突然光が溢れ始めて…そこまで、そこまでは思い出せるんだが…」
「ふむ、記憶が飛んでいるのか。どうやら、大事なところは皆記憶が消失しているようだな、私も含めて。まったく、面倒ったらありゃしない」
「私やオブ…怪四郎は貴様とは違って、瀕死で倒れ伏していたんだ。そんなもの、見えているわけ無いだろう」
「まーまー、噛みつくなって、輝。いちいち文句言ってたら話が先に進まんだろう」
亜蘭にたしなめられ、輝は不承不承、世良に対する敵対の姿勢を納めた。
と、控えめにドアをノックする音がし、美和子が扉を半分だけ開け、半身を覗かせる。
「えーっと、世良ちゃん、だっけ?もうそろそろ6時だから、もうお家に帰った方が良いよ?」
「あ、すみません。お気遣いどうも」
「いえいえ~。あ、そうだ!ね、ぴかちゃん」
「うぇっ!?な、なんだ、美和子?」
いきなり話しかけられた輝は、頬を赤くして過剰な反応をする。
世良の前で『ぴかちゃん』などと呼ばれたことが恥ずかしいのか、赤い顔のまま世良の方をチラチラと見ていた。
美和子は、腰に手をあて、不満げに口を尖らせる。
「ちょっと、そんな反応すること無いでしょ?」
「うう、すまない…」
「もう、そんなに深刻そうにしなくていいよ」
注意を受けて萎れた輝を見て、美和子は苦笑した。
「ちょっと数学で教えて欲しいところがあるんだけど、今大丈夫?」
「あ、ああ!もちろんだとも!」
「うん、じゃあお願いします。それじゃ、世良ちゃんは気をつけて帰るのよ?なんなら二人に送っていってもらおうか?」
「いえ、お気遣いなく」
そう言い、美和子について部屋を出ていった輝を見送ると、世良は犀と亜蘭、怪史朗の方に振り返り、悪い笑みを浮かべる。
「なるほど、あれが輝の想い人か?ふん、魔王の側近も、こちらに来てずいぶんと丸くなったものだな。ふふ、しかも同性愛とは、これはなかなか傑作- 」
「セラス。美和子さんは男だよ」
「…へ?」
犀の言葉に、ニヤニヤとしていた世良は、何を言っているのか分からないという顔をする。
「い、いやいや、彼女が着ていたのは女物の服だろう?それくらいは分かる。それに、よしんば女装だとしても、あれほど迄に女にしか見えない女装などあるわけが…」
「……」
「…あるわけが、…」
「まあ、つー訳で、輝のあれは清く正しい異性交遊だ。分かってもらえたか?」
言われ、世良は無言でコクコクと頷いた。
その世良の反応に、犀は怪訝な顔をする。
「さっきの独り言は、これのことじゃなかったのか?」
「独り言?…ああ、それは、まあ、君たちにはおそらく関係のないことだよ」
「お、おい、関係ないって- 」
「それでは、私はもう帰るとしようか」
犀はさらに追求しようとしたが、それを遮るように世良が立ちあがり、ドアノブに手をかける。
「それでは、また、学校でな」
振り返ってそう言い残すと、世良はそのまま出ていってしまった。
◇
亜蘭と犀たちの家からの帰り道。
世良は、また再び『あちら』の知己と会えたことに、喜びを隠せないでいた。
(勇者にくわえ、魔王まで協力者になってくれるとはな。彼らが味方なら、心強いことこの上ない)
…などと考えつつ、世良が帰路を歩いていると。
「もし、お嬢さん。ちょっと道をお尋ねしても?」
「っ!?」
世良の背後に、音もなく一人の女が立っていた。
その黒づくめの女は、世良が驚いて飛び退いたことなど意に介さず、ただそこに影のように屹立している。
「道をお尋ねしたいのですが…?」
「…残念ながら、私はこの辺りの道には詳しくないので。案内は出来かねます」
「あら、それは本当に残念だわ」
女は、嘆かわしいといった風で肩をおとす。
…と、そこで、世良は異常に気づいた。
その女の顔の異常性に気づいた、その瞬間。
「人様の顔をじろじろ見るなんて、お里が知れますわね」
「っ!!阻め、『クレイドール』!」
女が、突然世良に襲いかかってきた。
世良の命で、大きな土人形が女と世良の間に立ちはだかる。しかし、
「まったく、品の無い業ですこと」
そう言った女が幽鬼のようにするりと土人形に近づき、手を軽く触れると、土人形はたちまち腐食し、ボロボロと崩れ去った。
そうして、自分との距離が近づいたことで、世良は完全に理解した。
女の顔は、未亡人が葬式でそうするように、黒い布の顔布でおおわれており、土人形が崩れ去ったことで、土ぼこりで顔布がはためいている。
そして、その顔布の下には-
なにもなかった。
見えないのではなく、布の下には、底すら伺えない虚空だけが在った。
「貴様は、もしや!」
「あら、失敗だわ。賢者を屠れず、あまつさえ正体に気づかれてしまうなんて」
そう言うと、女は世良と距離を取る。
世良は女を逃がすまいと追いすがる。
「逃がすか!縛れ、『パイソンウィンド』!」
「無為なことを…」
世良が放った風の蛇が到来するより早く、女は影の中へ溶け込み、消失した。
後には、微かな鈴の音と、姿の無い女の声が響く。
『正式な自己紹介はまたの機会にでも。ふ、ふふふ…』
「…面倒なやつが来てしまったな」
世良は嘆息すると、一刻も早く拠点へ帰るべく、更に足を急がせるのだった。




