第十話
とある日の午後。
ざわつく教室の中で、犀は自分の席に静かに座していた。
「伊藤、どうだった?」
「転入してはじめてのテストだし、ちょっと微妙だったりする?」
犀の周りに、数名の生徒が集まってくる。
犀は彼らに苦笑でこたえ、答案を机の上に放る。
「いやぁ、けっこう難しかったよ。いちおう平均点は越えたけど…」
「どれどれ…おおっ!」
犀の答案を見た男子が、声をあげる。
「全教科で65点超え!?す、隙がないな…」
「英語なんか89点よ、すごーい!」
「いや、それほどでもないよ…」
「伊藤くんったら、謙遜しすぎ!」
「そうそう、進度が違うのに、こんだけバランスよく点取れてりゃ十分だって!」
そう周りの生徒に言われても、犀は納得しなかった。
「うーん、あれを見た後だとなぁ…」
「え?あれって?」
その質問には答えず、犀が席を立つ。そして、犀の向かった方を見て、その場にいた殆どの生徒が、犀の態度に合点がいった。
犀は、亜蘭の机の側に立ち、落胆したような口調で話しかける。
「完敗だよ、亜蘭…」
「ん、そうか?合計得点じゃ、普通に超えられてると思ったんだがな」
「国語と社会の二教科で100点取ったやつに勝てるか!」
「いや、そうでもないぞ?確かにインパクトは大きいけど、そのぶん数学と英語が微妙だしな」
亜蘭は、二教科100点というスコアに微塵も奢ることなく、むしろまるで他人事かのように涼しい顔をしていた。
「…まさかとは思うが、魔法を使ってた、なんてことは- 」
「本気で言ってるのか?」
「…いやすまん、おかしなこと言ったな。許してくれ」
「いや、べつにいいよ。そんなことより…」
と、犀は、亜蘭が先程からずっとなにかを考えていることに気づいた。
「なにか考え事でもしてたのか?」
「ん?ああ、まあな」
亜蘭はそこで悪い笑みを浮かべ、言い放つ。
「このテストを南郷辺りに見せたら、なにかもらえないかなー、みたいな?」
「…お前、やっぱり何か魔法使っただろ」
「まっさかぁ」
「信用できるか!」
と、そこで、タイミングよく
「よーし、それじゃ終礼始めるぞー」
と担任が教室にくる。
「そんじゃ、続きは帰ってからな」
「むむ…」
まだ追及したかったが、担任が来ては仕方がない。
犀は、しぶしぶ自分の席についたのだった。
◇
その日の夕方、ホームにて。
「二教科で100点!?す、すごいじゃないか!」
「ふっふーん♪」
満足そうに胸を張る亜蘭の前で、南郷は顔を紅潮させている。
「いやはや、実に驚きだよ。うん、これだけ良い点数を取ったんだ、なにかご褒美をあげなくっちゃな。考えておくよ」
「やった!」
無邪気にはしゃぐ亜蘭の横で、
「……」
…犀は、仏頂面で立っていた。
少し落ち着きを取り戻した南郷が、犀の方に顔を向ける。
「それで、犀はどうだったんだい?見せてごらん」
「…それ見た後じゃ見劣りするだけですよ」
「そんなこと言わないで、さ。べつに、私は多少成績が悪くっても怒ったりはしないよ。ね?」
「…はい」
犀がしぶしぶ差し出した答案を受け取り、南郷はじっくりと検分する。
「ふむふむ…うん、良くできてるね!なかなかの好成績だ、誇って良いよ」
「う…そんな、慰めなんて…」
「おやおや、そんなに卑屈にならなくても良いだろう?確かに亜蘭は100点をふたつも取ったが、得点にムラがある。逆に、犀は隙無く全教科で好成績だ。これは長所だよ」
「…ほんと、ですか…?」
「ああ、もちろん。というか、それで君が落ち込んでしまうと、他のクラスメイト諸君に立つ瀬が無くなってしまう」
最後の部分に少し苦笑いを交えて、南郷は犀にそう言った。
そのまま、明るい表情の南郷は続ける。
「というわけで、今日はお祝いだね。腕によりをかけさせてもらうよ!」
「あ、俺も手伝います。たまには、ね」
「お、俺も」
「おや、そうかい?それじゃ- 」
と、そこまで言ったところで、
「…ただいま」
「あれ、美和子さん、どうし…うわっ!」
「うわぁーん!犀くん、亜蘭くん、慰めてぇ!」
帰ってくるや否や、美和子は犀と亜蘭にまとめて抱きついた。面食らった二人は、かわすこともできずに抱き締められる。
「ぐぇっ」
「な、ちょっと、どうしたんですか!」
「うえぇぇ、赤点二つも取っちゃったよぉ…」
「…君はもうちょっと頑張りが必要だね、美和子ちゃん」
南郷がそう言ったところで、
「みっ、美和子ぉ、置いてかないで、くれ、はぁっ…」
息を切らしながら、グローリアスが駆け込んできた。
「おや、輝ちゃんもおかえり」
「あ、ただいま。って、今はそれどころじゃ…!」
そして、二人に抱きついている美和子が目に入ったグローリアスは、美和子に駆け寄る。そして、
「み、美和子!抱きつくなら私に…いやいや、そうじゃなくて!二人とも首が絞まってるぞ、放してやれ!」
と言いつつ美和子を引き剥がそうとした。
しかし、
「裏切り者の言うことに、耳なんか貸すもんですか!」
と、振りほどかれてしまう。
そうしたやり取りが一段落ついた後に、南郷がグローリアスに事情を尋ねる。
「いったい、どうしたっていうんだい?」
「ああ、いえ、帰り道までは普通だったんですけど、美和子に請われて私の答案を見せたら、こんなことに…」
「ああ、なるほどね」
と、南郷は、机の上においてあった答案の束から亜蘭の物である二枚と犀の物である五枚を引き抜き、美和子の顔の前に掲げる。
「はいこれ」
「ほえ?…んなっ!?ひゃ、ひゃ、ひゃくてん!?こっちは…全教科65点以上だとぉ!け、汚らわしいっ!」
美和子は、さっきまで抱きついていた二人から弾けるように離れると、自分の肩を抱いて身震いする。
「ああ、ここは悪魔の住まう場所となってしまったのね…」
「ちょっと、ここは神の家ですよ!そんな不吉なこと言わないでください!」
などと南郷が美和子を注意する後ろで、解放された亜蘭と犀が立ち上がる。
「げほっ、ごほっ」
「た、助かった…ありがとう、南郷さん」
「あ、いえいえ、どういたしまして」
そこで、亜蘭は自分達が何をしようとしていたのか思い出した。
「南郷さん、ご飯の準備!」
「あ、ああ、そうだった!亜蘭、犀、手伝って!」
「りょーかい!」
「は、はい!」
そうして、三人は忙しく立ち働き始め、後には、
「うう、ここに私の味方は居ないんだぁ…」
「そ、そんなことはないぞ、美和子!私は絶対に美和子の味方だ!」
「裏切り者の同情なんているかぁ!」
「そ、そんなぁ…」
……なんだかシュールなやり取りを続ける美和子とグローリアスとが残されたのだった。
◇
数日後。
「~♪」
「おやおや、成績優秀者の鈴木くんじゃないか、こんなところでゲームなんかしてていいのかい?」
放課後、繁華街のゲームセンターでシューティングに興じていた亜蘭に後ろから話しかけてきたのは、最近亜蘭にまとわりつかなくなった霧島である。
「あれ、霧島じゃん。お前こそ、ゲーセン禁して成績あげるとか言ってたじゃんか」
「もうテストは終わったからいいんだよ。…それよりさ、例の噂、聞いた?」
「いや、そもそも噂なんてものが在ること自体知らない」
「おやおや、そんなんじゃ甘いよ、亜蘭くーん?」
霧島がしたり顔でからかってくるのを、亜蘭は両手を軽く挙げて降参のポーズをとり、受け流す。
「はいはい、お前の情報網には恐れ入ったよ。それで、どう言った噂なんだ?」
「ああ、それがな…聞いて驚け、なんと、うちのクラスに新しい転校生が来るんだ!」
「…はあ」
「お、おい、なんだよそのリアクション!?」
「お前、俺が転入生だってこと忘れてるだろ?」
「…あ」
「そういうこった」
そもそも、自分は他の学校どころか他の世界から来ているのだ。
自分より後に入ってきた転入生など大して興味もなし、などと亜蘭が考えていると-
「すまない、お二人さん。道を尋ねたいんだが」
その声の方に二人が振り向くと、初夏の時期に合わぬフード付のパーカーを羽織った、小柄な少女が立っていた。
フードを目深にかぶったその少女は、大人びた口調で続ける。
「 -という喫茶店を探しているんだが」
「ああ、それなら、- 」
と、霧島が道を教えている間、亜蘭はその少女に、どこか懐かしいような、そんな感情が芽生えていた。
(この声、どこかで聞いたことがあったような…?)
しかし、少女の顔を伺おうにも、フードが邪魔をして殆ど見ることが出来ない。
結局、霧島の説明を聞き終えた少女は、例を言うとその場を立ち去った。
「小学生位にしか見えないのに、変に大人びたしゃべり方の子だったな…ん?鈴木、どうかしたか?」
「いや、なんでもない…」
そう答えた亜蘭の心中には、しかしどこか違和感の様なものが拭いきれなかったのだった。
◇
次の日、亜蘭は自分の違和感が間違っていなかったことを知った。
「おはよう、みんな。早速で悪いんだが…」
朝のホームルームが始まってすぐ。
担任が、重大なことを言うような風に口を開いた。
「じつは、今日から転校生が来るんだ」
「「「ええー!!」」」
驚いたのは、クラスメイト達だけではない。
「おいおい、昨日の今日で来るのかよ…」
「この短期間にこれだけ転校生が来るのは、やっぱり異常じゃないか?」
「まあ、そうだろうな。怪史郎の報告じゃ、この辺に『むこう』の存在はいなかったはずなんだが…」
テスト後の席替えで前後に並んだ亜蘭と犀は、二人だけに聞こえる声で会話する。
そうこうするうちに、担任は話を続ける。
「テスト期間中に教えて、集中力を削いでも悪かったからな。もう教室の外に来ているから、しっかりと迎え入れてくれよ。それじゃ- 」
担任はドアの方に顔を向ける。
「入ってきなさい」
「はい」
そうして教室に入ってきたのは-
「どうも、今日からこのクラスにお世話になる、世良珠代だ。よろしく」
それは、昨日、亜蘭と霧島に道を尋ねてきた少女だった。そして、亜蘭と犀にとっては-
「おい、嘘だろ…!」
「せ、セラスフィア!?セラスフィアじゃないか!?」
-『勇者サフィール』の仲間にして『賢者』の少女なのだった…




