第七話
「や、やっと終わった…」
モップを片手に、疲れきった顔の亜蘭がため息をつく。
オブスキュラスとの戦いの後片付けが、やっと終わったところだった。
「壊れた窓と壁は、亜蘭の魔法で何とかなったんだがな」
「まさか飛び散ったオブスキュラスの破片を掃除するのが、一番の大仕事だとはなぁ」
「このような身となってまで、王に迷惑をかけるなど…誠に面目ない…」
水晶玉状となったオブスキュラスは、本当に申し訳なさそうな声を出す。
「おいおい、もう終わったことだろう?そういつまでも悔やんでいてもしょうがないぞ」
と、亜蘭がオブスキュラスを慰めていると、
「お疲れ様です、魔王様、勇者殿。お茶を淹れて来ました」
グローリアスが二人の湯飲みに茶を淹れ、持ってきた。
「…勝手に葉っぱ使っていいのか?」
「ま、南郷さんは気にしないでしょ」
そう言って、亜蘭はグローリアスから湯飲みを受け取り、一口飲む。
「…うぷっ」
「?どうなさいましたか、魔王様?」
「いや、なんでもない…なんでもないよ…」
首をかしげるグローリアスに笑顔を向けた亜蘭は、しかし目の焦点があっていない。そして、そのままそれ以上口に含もうとすらせずに湯飲みをグローリアスに返した。
「勇者殿はいかg」
「是非とも遠慮させていただきます」
犀は食いぎみに答えた。
結局、残ったお茶をグローリアスが全て何事もなく飲み干したところで、
「二人とも、帰ってる~?」
美和子と、そして、
「亜蘭、犀、いるかー?」
なぜか警官の制服に身をつつんだ轟も一緒になって帰ってきた。
「おっと、人が帰ってきちゃったか。グローリアス、翼を仕舞ってくれ。オブスキュラスは…」
「私は大丈夫です、王…」
そういうと、オブスキュラスは球体からぐにゃりと形を変え、一人の少年の姿となる。
「おお、人間に擬態できるのか!」
「ええ…たいしたものではありませんが…」
そうこうしているうちに、二人はまっすぐ亜蘭と犀の部屋に向かってくると、ドアを開け、中をのぞきこんだ。
「ああ、やっぱりここに- あれ?」
中にいる面々を見て、美和子は目を丸くした。
見知らぬ人間が二人も上がり込んでいるからかと亜蘭は考えたが、そうではなかった。
「ぴかちゃん、どうしてうちにいるの?」
美和子が、不思議そうな顔で、グローリアスにそう訪ねたのだ。
グローリアスもまた、驚いた声で
「み、美和子!?ひょっとして、ここが美和子の家なのか?」
と聞き返す。
「うん、まあそんなとこかな。で、なんで-」
「それは俺が説明するよ、美和子さん」
動転しているグローリアスにこれ以上質問を重ねられるとボロが出そうなので、亜蘭が口を挟む。
「俺たちが帰ってきたら、ここの前をこの二人がうろうろしててさ。こっちのおねーさんに何してるのか聞いたら、『弟と一緒に友達の家に遊びに来たのだけど、道に迷った』って言うからさ。美和子さんなら何か知らないかと思って、ここで待っててもらってたんだ」
亜蘭にしてみればかなり苦しい言い訳だったが、
「なぁんだ、そうだったのね!」
と美和子が納得したようだったので、とりあえず胸を撫で下ろす。
「あ、そうだ。二人にも紹介しとくべきだよね。彼女は、この間うちに転校してきたぴかちゃ…小林輝さんっていうの」
「ど、どうも。小林です」
「あ、ひょっとして、この前美和子さんが言ってた人?」
「そう、彼女が親御さんの都合で転校してきた子よ。転勤続きで、ここにもいつまでいるか分からないらしいけどね」
そこまで言ったところで、美和子はふと思い出したかのように、グローリアスの方へ顔を向けた。
「でもぴかちゃん、弟くんが居るなんて言ってた?そんなこと聞いた覚え無いんだけれど…」
「あ、ああ、まだ言っていなかっただけだ。ちゃんと私には弟がいる。名前は…」
そこまで言ったところで名前を考えていないことに気づいたのか、グローリアスはすがるような目でオブスキュラスを見る。
「…小林怪史郎です。よろしくね、おねーさん」
そう言うと、オブスキュラスは、先程の平身低頭な態度からは想像できないような子供らしい明るい笑みを浮かべた。
「さて、みなさん自己紹介は終わったか?」
そこで今まで蚊帳の外だった轟が声をあげた。
全員、轟の方に注目する。
「…よし、終わったようで何より。んじゃ、俺の用事を済まさせてもらうぞ」
そう言って、轟は続ける。
「最近、この付近で人が失踪する事件が数件起きていてな。危ないから、気を付けるように。ま、それだけだな」
「…っ!」
ビクッ、と、オブスキュラスの肩が跳ねたのを、轟はさすがに見逃さなかった。
すぐに顔に疑念の色が現れる。
「怪史郎くん…?」
「…輝さん、せっかく来たんだから美和子さんと話してきなよ。美和子さんも、自分の部屋で友達と話してる方が、こんなところで突っ立ってるよりいいんじゃない?」
「それもそうねぇ。それじゃ、ぴかちゃん、行こっ♪」
「あ、ああ」
美和子と輝は、連れだって部屋を出ていった。
「…わざと二人に席を外させたな、亜蘭?」
「まあね。当事者の話を聞くのに、部外者はいない方がいい」
「…ほう?どう言うことだ?」
「うん、最初から説明するよ」
そうして、亜蘭は轟に、事の顛末を語り始めた。
◇
「…そうか」
話を聞き終わった轟は、いつになく深刻そうな顔をする。
「俺の監督不行き届きだ、すまない」
「俺に謝ってすむ話でも無いんだがな…」
轟は大きくため息をつく。恐らく、彼自身もどうすれば良いのか分かっていないのだろう、と亜蘭は考えた。
「…義憤に駆られてみたところで、怪史郎を今の日本の法律に照らし合わせて逮捕できるとは到底思えない。かといって、『不運だった』ですまされるほど、きみの犯した罪は軽微ではない」
「…はい」
「…正直なところ、私だってきみに良い感情が抱けるほど聖人君子を気取っているわけでもない」
「…は、い」
「贖罪をする気持ちはあるかい?」
「はい」
「…そうか」
轟は、最後に軽く一つため息をつくと、
「なら、俺はもう言うことはない」
と言って、椅子をたった。
「あとは勝手に罪を償うなりなんなり好きにするといい」
「…いいんですか?」
「いいわけないだろ」
轟は即座に返答した。そして、オブスキュラスを悲しそうな瞳で見つめる。
「きみを許すかどうかは遺族の問題であって、俺が答えることではないだけだ。何より、今回のことにどんな背景があったにしろ、これできみはもう『人喰いの化け物』だ。それを忘れないでくれ」
「…」
「あー、まあ、なんというか…」
慣れない真面目な話に嫌気が差したのか、轟は少し雰囲気を緩める。
「亜蘭には、一刻も早く仲間全員と合流してほしいところだな。犀と協力して、頑張ってくれ」
「分かった」
「分かりました」
二人は声を揃え、返事した。
その二人の様子を見て、少しは安心できたのか、轟の張りつめていた顔が緩んだ。
「じゃあな」
そう言うと、轟はそのまま帰っていった。
怪史郎はといえば、無言で、その背中を窓から見えなくなるまで見送っていた。
◇
「成る程、そういう話になったのですね」
美和子の部屋から戻ってきたグローリアスは、自分がいなかった間の話を聞き、納得したような風だった。
「確かに、オブスキュラスが人間を食べたのは紛れもない事実。轟殿とやらにしても、一番気持ちの整理がつく始末の付け方でしょう」
「ああ、そうだな…」
亜蘭は考え込んでいた。今回のオブスキュラスは状況が特殊であったとはいえ、『こちら』に来ていることがほぼ確定した他の配下たちが、重大なトラブルを起こさないとも限らない。
「やっぱり、他の仲間とも早く合流しないと…」
「その件なのですが」
唐突に、グローリアスが口を開く。
「私、こちらにお世話になろうと考えているのですが」
「…は?」
驚きの余り、亜蘭の口から意図しない声が漏れた。
グローリアスはと言えば、
「いえ、やはり私は腐っても魔王様の側近、お側に使えているのは当然かと存じます。加えて、共通の拠点を利用することで、情報共有の手間を大幅に省くことができ、かつほぼ同一の範囲を複数人で担当することで、より詳細で正確な情報を得ることができます。さらには- 」
鼻息荒く、自分がサウスパーク・ホームに滞在する利点を語っている。
…ふと、いたずら心から冗談半分で
「そんなに美和子と一緒にいたいのか?」
と聞いた。その瞬間、それまで雄弁に喋り続けていたグローリアスが、ギクッと跳ねる。
「へ、へぇ!?そ、そんなことはないですよ!?」
…明らかに図星である。
「え、なに?お前ってそういう趣味が…あ、いや、一応美和子さんは男だからおかしいことじゃないか…?」
「ち、違います!そそそんなんじゃ!…うう」
弁解を諦めたグローリアスは、開き直ったのか、うるんだ目で上目遣いに亜蘭へ顔を向ける。
「お願いです、魔王様…」
「あざとい!ってか、それアプローチの仕方間違ってない?そもそもキャラ的に無理があるだろ」
「む、そうでしょうか?殿方はだいたいこうすれば言うことを聞いてくれると、昔誰かに聞いた覚えがあったのですが」
「化けの皮剥がれるのはえーな、じゃなくて!!」
どんどん話がずれていくのを元の流れに戻そうと、亜蘭は咳払いをする。
「まあとにかく、お前はここを拠点にしたいんだな?」
「はい」
「親云々の設定はどうする?」
「親の転勤についていかなかったことにします。それなら子供だけなこともここに来る必要があることも理解を得られる」
「成る程、考えてはあるのか。しかし、少し強引じゃないか?」
「う…そ、そこは何とか説得します、ですから…!」
(…ここまで意志があるなら、無理強いすることもないか)
亜蘭は、ふぅ、とため息をつくと、
「よし、許可する。利点があるのは事実だしな」
輝の提案に同意した。
亜蘭の答えに、よっぽど嬉しかったのか
「あ、ありがとうございます!!」
と、グローリアスは今にもはしゃぎ出しそうな状態になった。
「それじゃ、これからよろしくな、輝」
「私は輝ではなくグローリアスです!」
魔王に本来の名で呼ばれなかったのが不満だったのか、グローリアスは頬を膨らませ、機嫌の悪そうな顔をする。
「ボロが出ないようこうやって呼んでるんだ、我慢しろ。お前も、俺には常日頃から極力年齢相応の接し方をしておかないと、いざというとき対応出来ないぞ?」
「…はい、分かりました」
「うむ、よろしい。じゃ、俺はちょっと外に出てくるから」
亜蘭がそう言って廊下に出ると、
「ん…?終わったのか?」
暇そうな顔をした犀が、廊下に座り込んでいた。
「え、犀?お前、いつから廊下にいたんだ?」
「グローr、あー、輝さんが戻ってきてからだ。邪魔しちゃ悪いと思ってさ」
「ふーん、ま、なんだっていいか」
そう言って外へ出ようとする亜蘭の横に、犀が並ぶ。
「…なんだよ」
「いや、べつに?ただ一緒に散歩に行って、愚痴の一つも聞いてやろうかと思っただけさ。どうせ、轟さんにあれだけ言われても、まだ責任感じてるんだろ?」
「…」
「…余計なお世話だったか?」
「いや- 」
「 -ありがとな」
犀は一瞬、何を言われたか分からないといった顔をしたあと、ニッコリと笑う。
「んじゃ行くか」
「おう!」
そして、二人は散歩へと出かけて行った…。




