4話 忍者はちびっ子エルフに出会う
なんかめちゃくちゃ怒られた。
しまったな。
俺は火炎が窓から噴き出す宿を後にして、そそくさと自分の宿に撤退することにした。
あの様子だと今すぐに協力してもらうことは無理そうだ。
かと言ってほとぼりが冷めるまで時間を潰すのも面倒だ。
きっとあの調子なら今日も酒場に行き、そこで店の親父が事情を話してくれると信じたいが……。
「先に行くか」
彼女を待って行動する義理もない。
幸い里を出る時にくすねてきたお宝を売って得たお金と、道中いくつかの魑魅魍魎を倒して得た素材の報酬で、路銀には困らないだけの額がまだ手元にはある。
それよりはここまで来てまだエルフの里に到達できないもどかしさのほうが俺の気持ちを先行させる。
「行こう行こう、借りを作らぬのであればベティ嬢からそっくりそのまま立替代を貰えばよし」
行動は決まった。
俺は道具屋で簡易的な地図と磁石と薬草とその他諸々の品を購入し、いざエルフの里を目指さんとする。
村の者の話によると、エルフの里まで道のりは迷宮の如き森林地帯であり、ほんの少し手順を間違えるだけで入り口に戻されるということまた奇妙な場所であるとのことだ。
「しかも毎回順番が変わるんだよねぇ、きっとエルフさん達には見える何かの印でもあるんじゃろ」
村一番の情報通と噂の婆様はそんな風にしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにさせて笑った。
エルフの里と関わりある村とのことだったが、その交流自体は一方通行で、極稀にエルフが村に訪れて必要な物資を調達したり、人間への伝言を依頼するといったものであった。
その程度で関わりがあると言ってよいのかと、やれやれ噂は尾ひれがついて回るものだと言ってしまえばそれまでだが、
いかんせん、そもそも、エルフというのは、それくらい人間と関わりなき奇異な種族なのだろう。
「ま、俺の国にもそういう神様はいっぱいおるからな。分からなくはない」
さて。
肝心の迷宮の如き森林地帯というものに辿り着いたものだが、なるほど、これは広大、果てまでさっぱり見渡せんな。
「そうだな……――――はっ!」
俺は片脚を強く叩いて、一気にジャンプする。
そこから周囲の見渡せそうな大きな木に飛び移り、するすると上に登って辺りを眺望する。
「う~~~~~~ん。わからん! 木々に隠れて全然見えん!」
俺のとこの隠れ里みたいに上からじゃ分からないようにしてるんだろうか。
そりゃ、まあ、そうだろう。
俺は木をするすると降りて、目の前に広がる果ての見えない森のなかに入っていく。
「さて魑魅魍魎――魔物はおらんという話だったが、だとすると純粋な迷路か。何か目印でもあれば参考になるんだが……」
さっそく歩くと、道が九つに分かれていた。
「なるほど。これは厄介だな」
幸か不幸か、俺の隠れ里のたどり着き方の絡繰りも似たようなものだった。
道がいくつも分かれており、どれか正解を選べば良い場合もあれば、あえて入り口に戻ったり、道なき道を選択するケースも存在する。
知っているものしかたどり着けぬ場所。下手に結界を張るよりもこういった方が侵入者を防ぎやすいのだろう。
「俺の隠れ里だったら、虫のささやき声が聞こえる方を選べば正解なんだが」
……。
……。
……チー、チー……。
……。
と、耳を澄ますと、俺は左から三番目の道から微細な虫の声をとらえた。
「……試してみるか」
俺は三番目の道を進むと、入り口に戻されることなく別の分かれ道に辿り着いた。
「どうやら正解みたいだな」
今度の場所では石がゴロゴロと並べられている。
「こういう時、俺のところだと、石は引掛けで葉っぱの数が合わんところを狙うんだよな」
……248枚。
……246枚。
……248枚。
……248枚。
「二番目か」
これまた正解だったようだ。別の分かれ道に出た。
「奇妙に符号が合うなぁ」
それから俺は次々と分かれ道を選び続けていった。
「ブナの木の隣を正解にしたものだ」
――正解。
「虫の数が多い時は一旦戻ると別の道に出るもんだよな」
――正解。
「銭を落して音が変わる場所だったはず」
――正解。
「九十九箇所目。俺の隠れ里だとここが最後の場所だったはず」
最後の場所。
そこには奇妙な銅像が立っており、謎解きをしかけてくる。
「汝に問う。森羅万象を愛し、この先に進みたいと願うか?」
「……」
「汝に問う。母なる大地を慈しみ、この先に進みたいと願うか?」
「……」
「汝に問う。流麗たる河川を尊重し、この先に進みたいと願うか?」
「……」
俺は銅像を無視して、今来た道を戻りはじめる。
確か三回目の問いかけで道を戻るのが正しかったはずだ。
「しかし、ここまで来ると偶然とは呼べんなぁ」
同じ。
俺の忍者の里の絡繰りと全くもって同じ仕組みで、このエルフの里は侵入者を阻む構造を持っていた。
特に最後の銅像。
あんな七面倒な仕掛けを作る人間が、世界広しと言えども2人といるとは決して思えない。
「…………主か?」
主がいつから俺たちの主だったのか、俺は正確には知らない。
それは忍者の里の仕掛けも同じ。
もしアレを主が考案したのだとしたら、それはつまり、ここは――。
「ついたか」
と、俺が下手な考えを煮詰まらせている一方で、道がひらけてきた。
絡繰りは同じだったが、変わっていく道のりの雰囲気はまるで違う。
ボロっちい田舎作りの道とは違う。柔らかい草木の道に、赤青黄色の花が端を彩り飾る。
何やら甘い匂いもしてくる。
ここは桃源郷か。あるいは天の国の都か。
「ほぉ」
見事な花景色がそこにはあった。
もしも俺が不治の病におかされて最期の時を迎えるのだとしたら、このような場所で眠りたいものだ。
そう思えるくらい美しい景色が、俺の目の前には広がっていた。
そして。
「――――っ!」
我が両眼は紛うことなく見開かれた。
可憐な花畑の絶景の中で、淡い春光に照らされて一人花遊びをする少女がいた。
たおやかな手、指先にて花を愛でて、朗らかに笑う。
差し込む光に照らされた金色の髪は気品を感じさせる輝きを持っていて。
「主……」
その場にへたり込むと、少女は俺に気づいてのかとてとてと可愛らしい歩みで近づいてきた。
「いらっしゃい! 人間さんかな?」
嬉しそうに微笑む少女の姿は天の使いの生まれ変わりか、透き通った肌は白で、金色の髪の間からひょっこりと伸びた耳が出ており、額には薄花色の宝石が埋め込まれている。
「ようこそいらっしゃい。アルフヘイムへ! 歓迎するよ!」
彼女はそう言って俺の両手を取り、蒼い瞳を興味いっぱいに向けて。
「私はカレナ! カレナリエル=エルフィード、よろしくね!」
……ここで暮らそう。
俺は美しい少女を目の前にしながらそう決めたのであった。