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その行きつく先は


 着替えを済ますと、庭まで下りる。彼が居るところは大体検討が付いているので、慌てずに向かう事にする。

 庭を少し歩くと、予想通り白薔薇が咲き乱れる一角のガーデンチェアに座る赤い頭を見つけた。アルは彼の近くに控えている。私が来るまで、彼の相手をしていてくれたのだろう。


「随分と待たせてくれたな。このまま日が暮れるまで、待ちぼうけさせる気かと思ったぞ」


 私が彼に声をかける前に、彼がこちらに声をかけて来た。

 後ろ姿なのによくわかったわね、と感心する。もしこれが私じゃなく、使用人だったらどうするのか。…そんな間抜けな姿を見てみたいですわね。


「これでも大急ぎでまいりましたの。予めお約束を頂けていれば、お待たせする事なんて無かったんですけれど」


「ふむ。レオンハルトも言っていたが、何やら心境の変化があったようだな」


 それは私の態度のことを指しているのか、髪のことか、はたまたそのどちらもか。

 ゆっくりと彼の向かいの席に腰かけ、アルに紅茶を頼むと久しぶりにまじまじとアレックスを見る。相変わらず煌びやかで強烈だ。


 エモルドーク学園高等部の生徒会長にして、ヴォルフガング公爵家の跡取り息子。性格は自他共に認める俺様な彼が、私の婚約者アレキサンダー・ヴォルフガングである。 

 燃えるような赤い髪に、ギラギラとした金色の瞳。まるで肉食獣もかくやという鋭い眼差しは、以前の私がとても好んでいたところだ。

 ちなみに彼とお兄様は、生徒会のメンバーとしても、学友としても仲が良いようだ。



「久々に顔を見に来たが、随分と貧相な身なりになっている。毛を刈られた羊かと思ったぞ」


「ええ。随分と無駄に伸ばしていたものですから、いい加減邪魔でしたのよ。マフラーにでもして、差し上げればよかったかしら」


 私をちらりと一瞥した後、大した興味も無さそうにそう言ってくるので、私も感情を込めずに返す。

 私が髪を伸ばしていた理由は、彼ならとっくに気付いていただろう。今返した言葉の真意も、きっと伝わっている。


「ふっ。お前の唯一の長所を無くすとは、馬鹿な事をしたものだな」


 アレックスの言葉に頬がひくりと引き攣る。この野郎……随分言ってくれるじゃありませんの。

 彼は自分が褒めた長い髪と、自分を慕っていた一途な想いを捨てた私に対して、馬鹿な事をと言っているのだ。しかもそれしか取り柄が無かったと。


「あら、私の髪を惜しんでくれていらっしゃるんですの?私の髪に未練でも?」


「まさか」


 彼はこちらを見る事もなく息をするようにそう言うと、洗礼された優雅な仕草で紅茶を一口含んだ。

 本当に腹が立ちますわね。以前の私はこんな彼を、貴族らしさとクールさを兼ね揃えた素敵な人だと思っていたけれど、恋情というフィルターがかからなければ唯々嫌味でむかつく男だ。

 なんでこんな奴を慕っていたのかしら……。




「そう言えば、お前のクラスに編入生が来ただろう」


 ゆったりとした仕草でティーカップをテーブルに戻すと、彼がそんな事を言ってくる。

 そう言えばエステは休み時間に生徒会に呼ばれていたから、すでに彼女とは会ったのだろう。


「ええ、いらっしゃいましたわね」


「あれは中々に面白い女だな」


「……私はそうは思いませんけれど」


「あれに言われたぞ。お前に嫌われ虐められたが、仲良くしたいのだと。小耳に挟んだ程度だが、随分と派手な事をしたらしいな」


 スッと視線を向けられる。その瞬間空気が一瞬で張り詰めた。

 ピリピリと肌を刺すような緊張感。彼の持ちうるオーラと相まって、内臓を鷲掴みにされたような感覚を味わう。

 瞳に込められた色は軽蔑。彼のその眼差しだけは、何度向けられても息が詰まりそうになる。


「……さぁ?身に覚えはありませんわ。それに、私は小狡い雌猿と仲良くなる気は毛頭ありませんの。そう、お伝えくださいまし」


 けれど、竦みそうになる体を奮い立たせて、私はアレックスから目を逸らさずにそう言い切る。

 もはや私の中で、彼への感情も彼にされた仕打ちも過去の事だ。たとえこれからまた手酷い仕打ちをされるのだとしても、やはり怯むつもりは無い。


 私は、運命を全うすると決めたのだ。ならばこんなところで、彼に怯んでいては話にならない。

 もし彼が私を倒す正義のヒーローだと言うならば、せめて同じくらいの力量でないと悪役としては不相応だろう。アレックスと対等に渡り合うのは中々に難しい事だろうけれど、目標は高くあった方が楽しめるというもの。

 決意も新たに、瞳に力を込めて彼を見返す。


「……なるほど。しかしあれは、俺がお前の婚約者だとは知らなかったようだがな。ただ世間話として、お前の事を喋っていただけだ」 


「まぁ!その世間話を私に確認する為に、わざわざご足労くださいましたの?あらあら、随分とお優しくなられた様で驚きですわね」


 私からいくらお誘いしても、返事すらよこさなかった癖に、と言外に含んでふっと鼻で笑ってやる。

 先程から、時折私を探るような視線をアレックスから感じるが、無視して紅茶の入ったカップを手に取る。もう大分ぬるくなってしまっているが、新しい紅茶を頼む気は無い。



 それにしてもなんでアレックスが家に来たのか、ようやくわかった。


(あの女……今までと違う行動をしていますわね!!)


 今まで繰り返してきたループの中で、彼女が私に虐められているとアレックスに泣きつくのは、決まって秋になる前だった。そこからアレックスが動いて、私は引き返せないほどの破滅に追い込まれる。

 何故、彼女は今までと違う行動をとっているのかしら…。いえ、とれているのか、といった方が正しいかしら。

 少なくとも学園に通った3回のループでは、私が何をしても彼女の行動はそこまで大きく変わらなかった。他の人間もそうだ。細々とした関係性や交流は変わるけれど、運命を左右するような大きな事柄は必ず決まった時期に、まるで焼き写しのように繰り返される。また、それを回避する術は無い。

 だから、私は諦め受け入れたのだ。何をしても変わらないのならばと。

 なのに、何故今回はこうもあっさりと変わったのか……


(やっぱり、なにか引っかかりますわ……)




 心中の懸念が、表情に出てしまっていたのだろう。

 アレックスがそれを勘違いして、唐突に問いかけて来た。まぁ間違っても居ないけれど。

 

「……お前は随分とあれが気に食わないようだな」


「エステの事ですの?ええ、大嫌いですわ」


「何故だ?今日出会ったばかりだろう。中身を知りもしないでそう言うのは、彼女が平民だからか」


「勿論それもありますわ。それだけでは無いですけれど」


「ふぅん。お前からは、あれについて俺に言う事は無いのか?」


 いったい何を言えというのか。こいつに何を言ってもどうにもならないのは、身をもって経験済みだというのに。


「全く。何にも。これっぽっちも。貴方にお話することは無くってよ、アレックス様」


 だから早く帰ってくれないだろうか。カップの中身はもうすぐ空になりそうだ。


「では傷の事は親に泣きつくのか」


「は?傷、ですの?」


 アレックスが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。しかし彼が探るような視線を向けたまま、とんとんと己の腕を叩く。

 ああ、そんな事まで耳に入っているのか。流石は生徒会長だ。まぁあれだけ大騒ぎしたのだから、生徒達はおろか先生達の間でもすでに噂として広まっているのだろう。


「いいえ、あれはもう私自身で十分制裁させていただきましたから。泣きつく程の事ではありませんわ」


 何よりあれは元々猫のひっかき傷だ。大事にして問題になると、最悪あの猫が処分されてしまう。何より敏い彼の事だ、どうせ傷自体エステがつけたものじゃないと気が付いているだろうに、性格が悪い。


「ならばいい。事と次第によっては俺が動こうと思ったが、必要無さそうだ」


「まぁ…アレックス様は随分と、彼女をお気に召されたようですわね……」


「さぁ、どうだろう」


 そう言いながらも、彼の口角はゆるりと持ち上がっている。

 驚いた…。アレックスは私があの傷の事で親に泣きつき、彼女を学園から追放するなり、休学に追い込むなりしようものなら己が阻止すると言ったのだ。貴方こそ、たった1日でどれだけ気に入っているんですの!?


 おそらく私が傷の事を彼に告げ口するか、親に泣きついていたならば、その傷を暴かれ嘘つき呼ばわりでもされて窮地に追い込まれていただろう。彼女に怪我を負わされた事は本当なのに、皆は我儘な令嬢よりも生徒会長である彼に耳を貸すだろう。

 常にこちらの弱みを突いてくる。本当に嫌な男だ。


 私から満足のいく返答を聞き出したのか、彼が席を立つ。やっと帰ってくれるようだ。……ものすごく疲れましたわ。

 ため息をつきたくなるのを抑えて、私も席を立つ。しかしふと視線を感じて顔を上げると、私を見下ろしている彼と目が合った。何だろう、まだ何かあるのだろうか。


「あまりあれに手をだすな……と言ったところで聞かないのだろう?」


 静かな、しかし嘲りを含んだ声でそう言われた。愚問ですわね。


「ええ。残念ですけれど。貴方に何と言われようとも、気に食わないものは気に食わないのですわ」


「ならばお前も、相応の覚悟をしておくことだな」


 そう言って、興味は失せたとばかりに私に背を向けて去っていく。こちらを振り向く事の無いその背中を、私は何度見送ったのだろう。情けなくも、待ってくれと縋った事もあった。

 けれど、今はその背中に笑い出したくなる気持ちを抑えて言ってやる。


「何を今更。覚悟なんてものは、もうとっくに出来ていましてよ」


 彼にその声が届いたか否かはわからない。

 何故なら、私も彼に背を向けて歩き出していたからだ。もうその背中を見送ってやる気は、微塵も無い。


 私は、嫌われ者の悪役令嬢。

 今度は潔く派手に散って行く私の背中を、彼が見送ればいい。

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