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変わりはじめたもの2

日間1位ありがとうござました。沢山の方に読んで頂けまして大変嬉しいです。

できる限り読みやすいよう少しずつ手直ししておりますので、今後もどうぞよろしくお願いします。


「アル、貴方はこちらで待っていて。私、少し一人になりたいですわ」


「かしこまりました、お嬢様」


 授業が終わり屋敷に帰ってきてすぐ、私は庭へ出る。


 何度見ても、美しく整えられた奇麗な庭だ。そこら中に私の好きな花が植えられた、私の為だけにあつらえられたような庭。

 奇麗に咲き乱れる白薔薇を前に、以前の私なら喜んでティータイムにでもしていただろう。庭師を呼んで幾枝か切らせ、部屋に飾っていたかもしれない。今は微塵も、そんな気は起きないけれど。

 などと想いながら、白薔薇の前を通り過ぎ猫の居る植え込みまで急ぐ。



「よかった、まだいらっしゃいましたわね」


 植え込み前の日当たりが良く少し開けた場所で、でっぷりとした体を横たえて昼寝をしている猫を発見する。今朝怪我をしていた猫だ。

 もしかしたら、もう居なくなっているかもしれないと思っていたのだけれど、まだ居てくれた事が嬉しくていそいそと傍に駆け寄る。

 近づく私の気配に気が付いたのか、猫は薄らと目を開けて私を見遣る。けれど、すぐに興味が無いとばかりに目を閉じて、また夢の世界へと戻ってしまった。


「お前はふてぶてしい猫ちゃんですわね~」


 猫の隣にしゃがみ込んでそっと頭を撫でるけれど、ぴくりとも動かない。これならお腹を撫でてみても大丈夫だろうか。

 今までこんなに猫を撫でまわしたことは無いので、どこまで許されるのか判断がつかない。2回目の時はあまり撫でさせてはくれなかった。

 あまりの猫の無警戒心ぶりに、意を決してふかふかのお腹もなでなでしてみる。すごく気持ちがいい。我慢できずに両手でわしゃわしゃしてみるけれど、ここまでしても猫は相変わらず動かない。


「あら? 猫ちゃん、ハンカチはとれてしまったんですの?」


 お腹をもふもふしていたら、今朝前足に巻いておいたハンカチが無くなっているのに気が付いた。自然に取れたか、自分で取ってしまったのだろう。

 怪我はまだ痛そうだけれど、傷はもうすっかり乾いているので、ハンカチはそれなりに役目を果たしたようだ。

 それにしても怪我をしていたのだから、あまり歩き回ってはいないだろうと猫の周囲を見回すけれど、ハンカチはどこにも落ちていなかった。


「庭師かメイドが拾って片付けたのかしら?」


 そうだとしたら、この猫は大丈夫だったのだろうか。こんなに目立つところで昼寝等しているのだから、絶対に誰かしら猫を見つけているはずだ。

 使用人達が庭で猫を見つけたなら、まず間違いなく追い払おうとしただろう。悪意があるわけじゃなく、仕事として。野良猫は病気を持っている可能性があるし、蚤もついている。奇麗に整えられた庭を掘り返して粗相もしてしまう。

 だから彼らはどんなに可愛くても、飼い猫じゃない猫は追い払わなくてはいけない。たとえ猫が怪我をしていたとしても。それは酷い事でも、まして悪い事でも無い。仕方のない事だ。


「……猫ちゃん、お家がないのでしたら、私が飼って差し上げてもよろしくてよ」 


 そうしたら使用人達もこの猫を追い払わないですむし、怪我を負った猫を追い払うという良心の呵責を感じる事も無くすむだろう。私は猫を撫でられて、猫も思う存分庭で昼寝ができる。

 この猫はふてぶてしいけれど、毛はふわふわで撫でごたえがあるし、なにより私を見ても逃げ出したりしないのは高ポイントだ。


 両親に頼めばきっと許しを貰えるだろう。あの人達は、私の我儘を許してくれる。なんでも願いを叶えてくれる。

 だからこの庭はこんなにも、私の想い描いた通りの庭に整えらているのだ。

 そう、なんでも許された。だから私は好きに生きた。


「そういえば幽閉される時にお兄様が、私の事を無知で憐れだと言っていましたわね」


 あの時は馬鹿にされているとしか思えなかったけれど、今は少しだけわかる気がする。 

 私の為にあつらえられたかのようなこの環境に疑問すら持たず、世間を知らないまま破滅へ向かうように育てられた私。


「本当に、おあつらえむきですわよね……彼女にとって私って」


 ん?首を捻る。

 なにかしら、なんだかすごく気にかかる。


「運命は、私に破滅を望んでいるんですわよね?」


 私の呟きに、猫がにゃあと返事をくれる。あら、寝ていたんじゃなかったのね。

 もにょもにょと動く猫を眺めていたら、胸に湧き上がったもやりとしたものはすぐに散って行ってしまう。

 猫の喉を撫でながら、猫に先程の提案をもう一度しておく。


「ねぇ、考えておいてくださいましね?」


 自分でも驚くほどに優しく甘ったるい声が出た。まさに猫なで声ですわね。






 猫と別れてアルのところまで戻る。

 後で何かまた軽食でも持って行ってあげようかしらと考えていたところで、待ち構えていたかのようにアルから声をかけられた。 


「失礼しますお嬢様。お嬢様にお客様がいらしております」


「お客様ですって?……どなたですの?」


 今までのループで、この日に私を訪ねて来たお客様なんていただろうか。それも約束も無く、こんな時間に訪ねてくるなんて……。

 湧き上がる嫌な予感を抑えて、アルに客人の詳細を訪ねる。


「ヴォルフガング様です」 


「…は?」


「アレキサンダー・ヴォルフガング様が、お嬢様にお会いしたいといらっしゃっております」


「なんですって!?」


 その名前に大声で反応してしまう。そのあまりの勢いにアルがびくりと後ずさるが、ちょっと考え込んでから頷いて姿勢を正す。

 違う。私は喜んでいない。不名誉な想像をしないでほしい。



「どうしてアレックス様がいきなり……」


 眉間を抑えて唸る。できる事なら、彼とは1年後まで1度も顔を合わせたくなかった。


「……お断りいたしますか?私はお嬢様のその髪型、とても似合っていると思いますけれど」


「ありがとうアル。でもそうじゃなくってよ」


 どうやらアルは非常に乙女的且つ、可愛らしい理由で私が彼と会うのを躊躇していると思ったようだ。

 確かに昨日までの私は、アレックス様、アレックス様と、馬鹿の一つ覚えのように彼を慕っていたから当然かもしれない。


「……いいわ。彼をこの庭にお通しして。私は一度着替えてまいりますわ。約束も無く押しかけて来たのですから、もう少し待たせても大丈夫でしょう」


「かしこまりました」



 アルの返事を背に私は部屋へ急ぐ。

 まさか彼が今日屋敷へくるなんて…。こんな事、今までのループの中で初めてだ。


「会いたいと願った時には会えなくて、会いたくないと願うと会いに来るのねあの人」


 それなら会いたいと願っておけばよかったのかしら。……いえ、嘘だと解っていても、それは願いたく無いわね。


 道すがらすれ違ったメイドに、何着かこの髪型に似合うドレスを持ってきてくれるよう指示する。

 あの男の前で着飾りたい訳では無いが、あちらはこちらより爵位の高い貴族だ。適当な恰好をして出ていくわけにもいかない。


「さて、婚約者様は一体なんの御用事なのかしら」


 窓越しに庭に目を向けると、アルに連れられて歩いてくる鮮烈な赤色が嫌でも目に入ってくる。


 アレキサンダー・ヴォルフガング。

 私の婚約者で、3度私を裏切った男だ。

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