変わりはじめたもの1
教室に戻るとまたもクラスメイト達からの視線を感じたが、気にせず席に向かう。
2学年に進級してからまだ2か月。中途半端な転入生、1限目の授業は世界史。窓から見える空は青く晴れ渡り、教室には見慣れぬクラスメイト。なんだかんだと、この状況をこうして体感するのも既に4回目だ。
けれど、そう考えると私の今の年齢は17歳だから、精神年齢は20歳という事になるのかしら…。いつの間にか随分年上になってしまったものね。
席に付くと、私の前の席に座っているエステが振り返り話しかけてきた。前を向け。授業を受けろ。
幸か不幸か、エステの席は私の目の前だ。この席順は、1回目に虐めていた時は大いに役に立ったし、3回目に仲良くなる時も非常に役に立った。
しかし2回目と、そして今回は、できれば彼女がこの席じゃなければいいなと思っていたのだ……まぁ変わるわけがないのだけれども。
「ウェルベルズリーさん、さっきはごめんなさぁい。実はなんであんなに怒ってたのか、まだよくわからないですけどぉ……」
悲しそうに形の良い眉を寄せつつ、両手を口の前に持っていき、おどおどとした上目遣いでこちらを見やる。
なんだか妙に腹立たしい動きだ。
「理解していないのに謝られても困りますわ。それより前を向いてはいかが?今は授業中ですわよ」
「でも私、ウェルベルズリーさんと喧嘩とかしたくないんです!もっと仲良くなりたいなぁって思っているんですよぉ!」
無視か。
両手で握りこぶしを作り小さくガッツポーズを作ってこちらを眺めているエステに、頭が痛くなる。隣で小さく、かわいい…と呟いた男子生徒を睨みつけておくのも忘れない。
「私は、猿と仲良くなるつもりは毛頭ありませんの。諦めてくださる?」
「ええ~お猿さん可愛いですよぉ~?でもウェルベルズリーさん、動物嫌いそうですもんね~しかたないかぁ」
「そうですわね。特に頭の緩い雌猿は大嫌いですの。さっさと前を向け」
「ふぁあ怖いよぅ。……やっぱりウェルベルズリーさん、怒ってるじゃないですかぁ。でも、私、負けません!ぜったいウェルベルズリーさんと仲良くなってみせます!」
「私、貴女に怒っていないと言った覚えは一度としてなくてよ」
この女、頓珍漢な返答ばかりしやがりますね。頭の中にましゅまろでも詰まっているのかしら。
しかしそんな彼女は、周りには涙目で震えながら健気にも、自分を虐めるお嬢様と仲良くしようとしていると映ったようで。
隣の男子がエステちゃん天使かよ…と呟いていたので、鞄からノートを取るふりをして横投げでその生徒の顔面に投げつけてやる。手が滑りましたわ、おほほほ。
それにしても、担当教科の先生もちらちらと此方を伺ってばかりいないで、注意ぐらいしたらどうなのかしら。私達は貴族だが、彼女は平民だ。叱りつけても一向に問題は無いでしょうに。
「本当、貴女と話していると頭が痛くなってきますわね」
「ふわああ!大丈夫ですかぁ~?私がいいこいいこしてあげましょーか?えへへ~」
「謹んでお断りいたしますわ」
それにしてもなんだろうこのエステ。エステが今までのループで、こんなにしつこく私に絡んできたことは無い。
虐めていた時は兎も角、3回目の私が仲良くなろうとした時でさえ、こんなにぐいぐい来なかった。
「あぁ……早く帰りたいですわ」
未だ前の席できゃいきゃい騒いでいるエステを無視して、私は4回目の板書を書き写す作業を始めることにした。
「ね、ねえウェルベルズリー様。あの、今日はとても素敵な髪型ですわねぇ!」
「ええ、驚きましたわ!アメリア様があのお美しい御髪を、まさかそんな短くなさるなんて!」
休み時間、友達ではないが知り合いよりは仲がいい…そんな子達が話しかけてきた。
何人か私の取り巻きと呼ばれる子達の顔もちらほら見えるけれど、彼女達は私の家が没落するや否や蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまうので、最早友情など感じない。
ちなみにエステは、生徒会に呼び出されている。今頃私の婚約者と、運命的な出会いでも果たしているのだろう。
「あら、お褒め頂き光栄ですわ。実は髪に葉がくっついてしまったので、切ってしまいましたの」
「え、葉が髪についていただけで、ですの?」
「ええ、だって汚らわしいじゃありませんの」
「え…でも、あんなに大切にしていらした御髪を…」
「そうね、でももう不必要になったので未練はありませんわ。今の髪型もとても気に入っておりますもの」
実際軽くて、動きやすくて、世界が変わった様な心地だ。
しかし私の言葉に、周りにいた女子達が一様にポカーンとしている。やはり、髪に葉がついたから髪を切るのはやりすぎだっただろうか。でも正直、葉が髪についたから学校を休むのと大差ないのではないのだろうか。
我儘お嬢様にもブランクがあると、基準というものがよくわからなくなってしまうということか。あとでそれも踏まえて反省いたしましょう。
「ああ、私用事がありますのでもう失礼してもよろしくて?」
「え、ああ、はい!」
本当は用事などないけれど、この空気が居た堪れない。
私の問いかけにびくりと震わせた体を見なかったことにして、そのまま足早にその場を後にする。
彼女達に媚びを売ろうが売るまいが、どうせ結末は変わらない。
「朝方の騒動を見ていても、思いましたけど…」
「ええ…」
「アメリア様はなんだか随分と、イメージが変わったというか、なんというか…」
「ええ」
「元々性格が悪く、きつい所はありましたけれど…」
「ええ、ですが昨日まではあんな方では無かったと思いますの」
「そうよね、あんな芯の通った方ではありませんでしたわよね」
「ええ、全くですわ」
「なのに今日のアメリア様は、なんだかすごく、雄々しいというか…」
「そうですわね、なんだかとても逞しいというか…」
「野蛮になったというか、変人になったというか…」
「……かっこいいですわ」
「「「え!?」」」
彼女たちの会話は本人に届くことは無く、風に吹かれて消えていった。