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聞かざる


「本当に大丈夫か、アメリア?」


「……ええ、大丈夫ですわ。少し馬車の移動で疲れてしまったみたいですわね」


 不安げに私の顔を覗きこんでくるウィルに当たり障りのない言い訳をして、彼の背後でこちらを伺っている兄を盗み見る。どこか仏頂面の兄は、相変わらず私とウィルが仲良くしていることを良く思ってはいないのだろう。

 私は少し考えてから、ウィルに再度向き直る。

 

「ねぇウィル、貴方はもうアレックス様にご挨拶はいたしまして?」


「ああ、僕とスコットは既にアレキサンダーには祝辞を贈った」


「そうですのね、なら丁度よかったですわ!」


 私はパンと手を合わせると、ウィルに向かってにっこりと笑う。


「ちょっとだけでよろしいので、お兄様の相手をしていてくださらない?」


「は?」


「え?」


 私の言葉に、兄とウィルが怪訝な顔をして固まッた。

 そんな二人の代わりに、それまでウィルの横で大人しくしていたスコットが首を傾げる。


「えっと……どういうことなの? アメリアちゃん」


「だってせっかくのアレックス様のお祝い事でしょう? お兄様がいては、お喋りも満足にできませんもの」


 周囲の困惑をものともせず、私はいつもの我儘だといった態度を崩さず続けた。


「ですからお兄様にはしばらくウィル達といて頂いて、あとで合流するといった形にしたいと思いましたのよ!」


「何を言っているんですか、そんな我儘通るわけがないでしょう」


 にこにこ笑う私に、兄の冷たい声が飛ぶ。

 そりゃ二人揃って挨拶に行かないなんて非常識だが、今回ばかりはそうも言っていられないのだ。


「いいじゃありませんの、お兄様はそれが許されるくらいの仲ですし、それにいつでもアレックス様にお会いできるのですから」


「君だって婚約者なんですから、何時だって会えるでしょう」


 ああ言えばこう言う、そんな兄の態度に私は鼻を鳴らした。

 そうであったなら、わざわざこんな面倒なことをしないですんだろうに。


「……会ってさえ、くださるのなら、ね」


 燻る怒りを吐き捨てるように、口の中で小さく小さく呟いた。

 その呟きに、ウィルの肩が僅かに跳ねた気がしたけれど、まさか聞こえたわけではないだろう。


「とにかく、私はアレックス様にお会いしに行きますわ」


「了承していませんよ、アメリア!」


「まぁ待て、二人とも」


 殺伐としてきた場に、ウィルの制止がかかる。


「ここは祝いの場だ、そんな言い合いは似つかわしくないだろう。早くアレキサンダーに挨拶をしに行くといい」


 ウィルの言葉に私は苦虫を噛みつぶし、兄は鬼の首を取ったような表情をする。

 しかしすぐさま続いた彼の提案に、それは一転した。


「だがウェルベルズリーだけはすぐに戻ってきてくれないか? 僕の相手をしてもらいたい」


「え?」


「実はスコットにも聞いていたのだが、高等部の生徒会について、色々ご教授願いたいんだ」


 ウィルがスコットに視線を向けると、彼は満面の笑みで頷く。

 どうやら二人が一緒にいたのは、そういう理由からだったようだ。


「アメリアはアレキサンダーとの話が一段落ついたら戻ってくればいい。ウェルベルズリーも僕の相手などつまらないだろうが、よろしく頼む」


 そう言って頭を下げたウィルに、私と兄は目を丸くする。


「あ、いえ、そんな! 頭を上げて下さい!」


 突然のことに慌てている兄を横目に、私は内心とても驚いていた。

 咎められたり呆れられたりは覚悟していたが、むしろこれは……。


「……わかりましたわ。では行きましょう、お兄様」


 いまだウィルの前で戸惑っている兄の腕を引き、歩き出す。

 ウィルとすれ違う瞬間に、私は彼にだけ聞こえるくらいの声音で囁いた。


「ありがとう、ウィル」


 その言葉にウィルは何も言わなかったけれど、私はとても嬉しかったのだ。

 始めて誰かに助けてもらえたと……そう感じたから。





 ウィル達を置いて、私はフロアの中央へと歩みを進める。早くアレックスに会わなくては……この後起きる展開を考えれば、今は時間が惜しい。

 思い思いに踊ったり、喋ったりしている客人達を避けながら、より人が密集している場所を探す。

 アレックスはこのパーティの主役なのだから、人が一番群がっているところを探せば自然と見つかるはずだ。


 ……ほら、嫌でも目立つ、あの真っ赤な頭。


 巡らせた視線の端に引っかかったそれに、幾分か顔を顰めつつ足先を向ける。


「アレックス様!」


 少し大きめな声でそう口にすると、彼と話していた客人達が私に視線を寄こし、不思議そうな表情をした。

 このパーティに呼ばれているのは、なにもエモルドークの生徒達だけではない。まだ私の髪型を見慣れていない貴族達も多いのだろう。


「……ようこそアメリア。そして我が友、レオンハルト」


 彼の口から出たその名前に、周囲の人間がギョッと目を剥いた。

 唖然としている彼らにありったけの敵意を含んだ視線を向ければ、アレックスの周りにスッと人の輪ができる。こういう時、婚約者という肩書きは非常に便利だ。

 私はその様子に満足そうに鼻を鳴らし、悪びれもせずさも当然といった態度で彼に近寄った。


「お誕生日おめでとうございます。本当は、私が一番にお祝いの言葉を贈りたかったのですけれど……ご予定が会わないのですからしかたありませんわね」


 実際のところ、アレックスは毎年準備が忙しいとの理由で私の誘いを断るので、一番にお祝いの言葉を言えたことは一度も無い。

 今思えば、あれは体よくあしらわれていただけだったのだろう。


「ですが、それも後の楽しみとしてとっておけばいいだけですわ」


 しかし言外に結婚をほのめかせてそう口にすれば、周囲で伺っていた貴族達が色めき立つ。

 反対に、兄は能面のように無表情だったけれど。


「誕生日おめでとう、アレックス。素敵なパーティだ」


 私の会話を打ち切るように、兄がアレックスへと祝辞を贈る。


「ああ、ありがとう。何か飲むか?」


「いや、ウィリアム様に呼ばれているんだ……忙しなくてすまないな」


 ウェイターを呼び止めようとするアレックスに、兄は首を振る。

 兄が口にしたウィリアムという名に周囲の貴族がにわかにざわめいたが、しかしアレックスはほう、と感心したように一言呟いただけだった。


「では、俺は行くが……少しだけ、アメリアの相手を頼む」


 君と話をするまで、テコでも動かないと思うから……などと余計な一言を付け加えて兄は去って行った。


「そういうことですので、よろしいかしら」


「ウィリアムにまで手を貸されたら、他に選択肢はないからな。困ったものだ」


 困ったなどと言いつつ、アレックスの表情はどこか楽しそうだ。その様子に、なんとも言えない気分になる。

 しかし、今はそれについて噛みついている暇はない。このパーティで私がアレックスと二人で話をできる機会は、そう多くはないのだ。


「ねぇアレックス様……」


 だからアレックスの機嫌がいいのなら、それにこしたことはないのだと自分に言い聞かせつつ、アレックスに向き直る


「実は私、先程馬車に酔ってしまっていて具合がよろしくありませんの。ですから、アレックス様に休息室まで案内していただこうかと思っていたのですけれど……」


 私の言葉にアレックスの瞳が眇められた。その様子に、私は笑顔を浮かべて続ける。


「けれどダンスを踊って体を動かせば、具合が良くなるような気がしますわ」


 本当は、人目のないところで話をしようと考えていた。

 しかし、それではきっと……アレックスは捕まえられない。話を聞く前に、逃げられてしまう。

 ならば、その逆をいけばいい。


「一曲、いかがかしら?」


 中央のホールをさしてにこりと笑えば、アレックスは暫し私を見つめた後に、にやりと笑って手を差し出してきた。


活動報告にて書籍化のお知らせと、更新再開のお知らを載せております。

またのんびりと更新を続けていきますので、どうぞよろしくお願いたします。

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