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たのしいおちゃかい5


「それで、どう言う事なのか納得のいく説明をしてもらうぞ」


 アレックスに向けて、ウィルが鼻息も荒く問い詰める。

 今更ですわね、とは言わないでおく。ウィルはこのサロンに入って来た時から興奮していたし、会話中所々混乱もしていたからその異常性に気がつかないのも仕方ないのかもしれない。

 何故なら本来咎めるべき立場の私達が、ごく普通に彼女を受け入れてしまっていたのだから。


(それに、いい傾向ですわ。もっとやれ)


 そもそも保健室で出会った時、彼は随分と爵位や力関係に拘っていた。彼はどちらかと言えば私側の、貴族と平民は相容れぬという考え方の人間のはずだ。

 そんな彼の正気が戻って来た今、平民がこのサロンに居るという違和感にようやく気がついたのだろう。

 その異常性、不自然さ。このままウィルがそこを突っ込んでくれれば、お茶会の話が立ち消えるかもしれない。なんと言っても、彼は王族だ。



「そう急ぐな。俺は此処へは紅茶を飲みに来たんだ」


 けれどアレックスはウィルの懐疑的な視線にも特に気にした素振りを見せず、いつの間にか背後に控えていた給仕の者にテーブルをセットするよう指示を出す。相変わらず傲慢で余裕綽々な態度は、たとえ王子様を前にしても変わらないようだ。

 程なくして準備が整ったテーブルに着くと、カップを持ち上げ口をつけた。こくりと、逞しい彼の喉仏が動くのを何とは無しに見つめる。昔の私だったら、その様にすら見惚れていたかもしれない。


「さて、何故平民が此処にいるか……だったか」


 紅茶を飲んだことでやっと話す気になったのか、ゆったりと含んだ物言いでアレックスが口を開く。そのまま視線をウィルに向け、口角だけを笑みの形に刻む。



「面白そうだったからだ」


「……は?」


 至極当然と言った声色の返答に、眉を顰め唖然とした表情で固まるウィル。

 まぁ、ウィルの困惑も最もだろう。だれだってそんなふざけた返答をされたら真意がわからず彼の様になるし、最悪の場合怒り狂う。けれどアレックスに限っては、その返答は本心からなのだけれど……彼は、そう言う男なのだ。

 静まり返った室内に、カップを置く音が響く。


「なんだ?お前から聞いてきた事だろう」


「……お前は、少し黙っていろアレックス。申し訳ありませんが、俺から説明させて頂きます。ウィリアム様」


 アレックスの返答に、兄が顔を顰めながらもフォローを入れる。

 ここ最近のごたごたもありあまり兄にいい感情は抱いていなかったけれど、こうして見ていると少し同情してしまう。彼は苦労性なのかもしれない。


「あ、ああ。よろしく頼む。アレキサンダーの言う事は難しすぎて、まだ僕には理解できないようだ」


 どうやらウィルはアレックスの発言を、何らかの比喩だと受け止めたらしい。彼は比喩でも何でもなく、本気で面白そうだと言っているのだと教えてあげたい。



「まず彼女、エステ・モンローが平民からの編入生だと言う事は知ってますね?」


「ああ、その噂は中等部でも飛び交っていたからな。それに、アルウィンにも詳しく聞いたから理解はしている」


「流石ウィリアム様ですね。ですから、彼女はまだこの学園の右も左もわかりません」


「それが、どうしてここに居る事に繋がるんだ?本来このサロンに、部外者は出入り禁止だろう。しかもそれが平民だなんて……これが知れたら大事だぞ」


 怒ったように発したウィルの言葉に、アレックスが鼻を鳴らす。


「構わん。禁止だなんだのは先人が勝手に言った事。校則にも規則にもそんな事項は無いのだから、拘束力も無い」


 まぁ、確かにそんな禁止事項はどこにも書かれていないだろう。規則と言うより、暗黙の了解。伝統とか風習とかそう言ったものに近い。


(つまりモラルの問題ですわね。まぁアレックスにモラルなんて高等なものが備わっている訳がないのですけれど)


 そして伝統や風習は時代と共に廃れたり、変わって行ったりするものだ。それは理解しているし、仕方ないとはわかっている。けれど……今回に限っては、ちゃんと守ってほしかった。


「アレキサンダー……。お前は代々受け継がれていた生徒会の伝統を、蔑ろにするというのか」


「伝統にも良し悪しがある。今回の件に限っては、この伝統は邪魔だったということだ」


「どう言うことだ……」


 ウィルの言葉さえも真っ向から否定するその姿勢は、さすがアレックスと言ったところか。


「アレックス、黙っていろと言っただろう。お前が入ると、必ずややこしい事になる」


「それは悪かったな。ふっ、俺の事は気にせず話を続けてくれて構わない」


 兄のお咎めにアレックスは少し笑って肩をすくめると、カップを手に取り優雅な仕草で傍観者を決め込んだ。 

 それをウィルが厳しい顔で見届けて、兄へと視線を向ける。


「どう言う事なんだ、ウェルベルズリー」


「平民がここに居るのでは無く、平民だからこそ、ここに居ると言う事ですウィリアム様。彼女は……」


 そこで兄がした説明は、概ねアーサーが言っていた"名目"と同じだった。

 彼女がこの学園で困らない為に、そして平民を理由として居場所が無くならない様、さらに自分達貴族が平民を理解する機会でもあるのだと。よくもまぁ口が回りますこと。



 そう言えば、話の主役……基、この騒動の原因がやけに静かだと思い当たる。普段煩いくらいに存在感のある彼女が珍しいことだ。


(流石に王家の人間の前では、立場を弁えているのかしら)


 エステの事が気になり、ふと視線をそちらに向けて私は固まった。



 振り向いた先で

 

 大きな瞳が


 じっと、こちらを見つめていた。



「ーーーっ!!」


 瞬間、息を飲み込む。 

 まるで人形のように表情が削げ落ち、生気を感じさせない瞳に。一瞬、それが誰だかわからなかった。

 こちらを見ているはずの瞳はどこか焦点が合わず、ぼんやりとしている。まるで何か別のものを見ているかの様だ。 



「エ……ステ……?」


 蚊の鳴くように小さな声が、口から零れる。

 きっと誰にも届いていないような、そんな小さな音。

 しらずしらず握りしめた掌に、じわりと汗が滲む。音の無い空間に、頭の中で耳鳴りが木霊する。

 息が苦しい、体が動かない。

 どうしてか、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった。


 彼女は、何故そんな目で、こちらを見てくるのだろうか。無機質なその瞳が、とても気持ちが悪い。


 ……そうだ、この表情は今までも見ている。見ている?見ていた?見られていた?どうして……違和感を?

 思い出してしまいそうだ。いや、理解してしまう。違う、とても嫌なものだ。そうだ。嫌だ。

 このまま見つめられていたら、間違いなく……。でも視線を逸らしたいのに、吸い込まれるように、エステから視線を逸らす事が出来ない。


 ああ……嫌だ。駄目だ、早く……段々思考がぼんやりとしてくる。


 このままだと、また元に……せっかく、やっと……全部が、無駄に……嫌だ

 

 嫌だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌


 


「そうか。だから彼女が、ここにいるのだな」


「ええ、彼女は平民です。けれど、人は生まれを選ぶことはできません」



 ウィルと兄の声に、はっと意識が覚醒する。

 私は、今、いったい何を……。


 頭を軽く振って、思考を切り替える。

 どうやら、彼らの声も耳に入らない程に緊張していたらしい。

 ぎゅっと握りしめていた拳を開く。手の平にくっきりと、爪の跡が残っている。 


「そうだな、僕の視野が狭かったようだ……。すまなかったなエステ」


 私が思考の海に沈んでいる間に、どうやらウィルは兄に丸め込まれてしまったらしい。思わず舌打ちをしてしまいそうになるのを、すんでのところで止める。

 まぁ権力や地位はあれども、所詮は中等部の生徒だ。兄からすれば彼の懐柔は、赤子の手を捻るよりも簡単な事だっただろう。


「いいえ~!私はあまりそう言うのよくわからないですし、気にしてないから大丈夫ですよぉ」


 隣から聞こえてきたエステの声に、ビクリと体を震わせてしまったのは不可抗力だと思いたい。

 ちらりと彼女を盗み見ても、もう普段の彼女となんら変わりは無かった。まるで先程の彼女は白昼夢だったのではと、そんな風に考えてしまう。


「しかしいくら理由があろうとも、彼女だけ特別扱いでは皆から不満が出るのではないか?」


「確かに、彼女を妬む人間はこの学園に少なからずおります。己の恵まれた立場を理解せず、何も持たぬものから更に奪おうとする……悲しい事ですが」


 その言葉を私に向けて言ってるのだろう事は、理解してますわよお兄様。

 

「そうですわね、お兄様。けれど、私にはその方達の気持ちがわからなくもありませんわ。己に劣る者が、己より優遇されていれば面白く思わないのも……また事実なのではないかしら?」


 ちくちくと刺さる、言葉の棘には気がつかないふりをして。けれど、兄の意見に意義を唱えることは忘れない。


「アメリア。人の優劣は、生まれでつくものではありません」


「いいえ。生まれで優劣は、つくのですよ……お兄様」


 我兄ながら夢見がちな事を言うのね、と思う。

 平民に生まれるのと、貴族に生まれるのでは大違いだ。兄だって、それは十分理解しているだろうに。


(ああ、そう……)


 兄は、理解しているから、受け入れられないのかもしれない。否、受け入れたくないのだろう。

 私の様に運命を受け入れ、従えばいいのに。彼は足掻いているのだ……何に対してかは、知らないけれど。







「アメリアちゃんとレオンさんって、仲が良いんだか悪いんだかわっかんないな~」


 兄妹喧嘩をぼんやりと眺めながら呟いた俺の声に、アレックスさんが視線を向けてくる。

 

「あれは仲が悪い、だろう」


「あ~……やっぱりそうなんですかね?」


 さして興味も無さそうにそう言い放つアレックスさんに、少しだけ肩を落とす。

 俺は、できれば仲が良かったらいいなって思う。だってあんなに言い合えるってある意味……


「え~そうかなぁ?喧嘩するほど仲が良いっていうし、私は仲良しこよしなんじゃないかなぁって思いますよ!」


 俺の心の声を代弁するかの様に響き渡るエステちゃんの明るい声が、重たくなった心を軽くする。

 アレックスさんの冷たい言葉に臆した様子も無く、にこりと笑って意見を言えるエステちゃん。すごい子だなって、その様子を見て改めて思う。

 彼女は平民の子なのに、俺達に対して遠慮とか畏怖とかを全く感じていない。アメリアちゃんはそれが駄目だと言っていたけれど、俺はそれがすごく嬉しいと思っているし……そんな彼女を愛しいと思う。

 平民だからと自分を卑下しない強い心、誰に対しても平等な態度。そしていつも明るく前向きなその姿勢は、今まで周りに居なかったタイプだ。俺は彼女に出会って、世界が色を変えると言うのを初めて体験した。


「しかし、兄妹でああも考え方が違くなるものなのだな」


 二人の会話から抜けて来たウィル王子が、感慨深そうに言う。


「全ての者に手を差し伸べるか、手を差し伸べる者を選ぶか……難しい問題だ」


 どうやら、先程の二人の会話を気にしているらしい。

 そう言えば彼は王子様だ。きっとこの先、そういった選択肢を沢山選んでいかなければいけないんだろう。そう思うと、少し悲しい気持ちになる。


「俺だったら、レオンさんと一緒だなぁ~。助けられるなら、みんな助けたい」


 ぽつりと零した俺の言葉に、アレックスさんがゆったりと紅茶を飲みながら笑った。口角を上げただけの、笑顔なのに笑顔に見えないやつだけど……。


「全ての者に手を差し伸べるのも、己の眼鏡に敵った者にだけ手を差し伸べるのも、ただの傲慢だ」


「う……手厳しいっすね」


「では、アレキサンダーならどうするんだ?」


 アレックスさんの返答に興味深そうな顔を向けたウィル王子。そんな彼に対して、アレックスさんは悪戯を仕掛ける前の子供のような笑顔を向けて席を立つ。


「そうだな……俺なら」


 コツ、コツ、と足音を響かせ、アレックスさんがウィル王子の隣に立つ。そのまま優雅な仕草で腰を曲げると、その端正な顔をウィル王子の美しい顔に寄せ何やらぼそりと呟いた。



「        」


 ウィル王子の耳元で囁いた言葉は、俺には聞き取れなかったけど。

 でも囁かれた瞬間ウィル王子は大きく目を見開いて、そのまま吃驚した顔でアレックスさんを見返してたから、どうせまた良からぬ事でも言ったんだろう。あの人はたまに、とんでもない事を言う。


「確かにそれは、傲慢では無いでしょうけれど……ね」


 ふいに聞こえた言葉に驚いて顔を向けると、いつの間にレオンさんと話し終わったんだろうか、アメリアちゃんがじっとアレックスさんを見つめていた。


「アメリアちゃん、アレックスさんが何を言ったのかわかるの?」


「ええ。助けるのは全てでも無く、一部だけでもない。それ以外の答えなんて、一つしか無いではありませんの……」


 けれどそれは、何よりも、誰よりも残酷な選択肢ですわ。

 

 掻き消えそうな声で、ぽつりと呟かれたその言葉はとても悲しそうで……今にも泣いてしまいそうな声音だと感じたのは、俺の気のせいなのだろうか。

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