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たのしいおちゃかい4

「……改めまして、アメリア・ウェルベルズリーと申します。御尊顔を拝した事がなかったとはいえ、先ほどはウィリアム様に失礼な振る舞いをしてしまい申し訳ございませんでしたわ」


 お偉い貴族様なんかでは収まらなかったウィルに対し、少し嫌味な言い方をしてしまったのは仕方ないだろう。

 こちらも素性は明かさなかったのだから文句を言える立場ではないが、下手をすると今回はこの件を発端にまたスタート地点に戻ってしまうかもしれない。


「ウィリアムだ。……そんなに固くならず、今まで通り接してくれていいんだぞ。それに、その、名前も……ウィルで、いいし」


「いいえ、ウィリアム様にそのような失礼な事は出来かねませんわ。先程貴方も、野蛮だなんだと怒っていたではございませんの。言い逃れはいたしませんわ。何時でも、罰を受ける覚悟はできておりましてよ」


 正直ウィルに保健室での行為を訴えられたら、私は罪に問われるだろう。最悪不敬罪だ。幸か不幸か、目撃者はウィルだけなので私の今後は全てウィルのさじ加減一つにかかっている。


(没落原因はエステにあると思っていたけれど、こういった場合もありますのね)


 まぁ怪我の原因や、彼が私をエステと間違えた事をきっかけに身元がばれたのだから、やはり間接的には彼女に関わったせいだとも言えなくはないけれど。

 しかし今回の原因は、ほぼ自己責任だろう。まさかこんなド級の爆弾が落ちているとは、夢にも思わなかった。アレックスよりも、余程気にしなければいけなかったのは彼だったというわけだ。


(まぁ気になっていた事を確かめられる機会ですし、今回は仕方ありませんわね)


 まだあまりエステに嫌がらせをしていないのだけは心残りだけれど、次の機会があればまた虐めてやればいい。


「……そ、そうだけど……べつに、そこまで怒っているわけじゃなくて……罰とか、与える気は無い」


 しかし、覚悟を決めた私とは裏腹に、ウィルは見てわかる程にしゅんと項垂れ悲しそうな顔をした。それどころか、罰も与えるつもりが無いと言う破格の対応だ。

 どうやらウィルは思っていたよりは人格者で、予想以上に懐いてくれていたようだ。


「寛大な処置をありがとうございます……ウィル」


「っ!!……ああ!感謝しろよ!」


 感謝の言葉と共に、少しだけ彼の要望も取り入れて返す。するとそれまで萎いでいたウィルの顔がみるみると輝かんばかりの笑顔になり、とても満足そうに頷いた。あらやだ、可愛いですわ。



「それで、ウィリアムは何故此処へ?」


 それまでやり取りを静観していたアレックスが、頃合いを見計らったかのように口を挟んでくる。

 サロンに入って来た時の様子や気さくな物言いを見ると、アレックスとウィルは元々顔見知りだったのだろう。


「……アメリアに、礼を言いに来たんだ」


「ほぉ?」


 ウィリアムの言葉が予想外だったのか、アレックスは少し目を見開いた後面白そうに目元を細める。

 しかしそんなアレックスとは対照的に兄は固い表情のまま、ウィルに顔を向けると言いにくそうに口を開いた。


「……先程のアメリアの発言といい、一体どう言う事でしょうか?ウィリアム様」


 あのやり取りを聞いていれば、既に私が失礼な事をしでかしているのはバレている。というより兄からしてみれば、私がお礼を言われる様な行いをするなどあり得ないとでも思っているのだろう。全くもってその通りだけれど。


「この間怪我をして保健室へ行ったんだが、アルウィンが不在だったんだ。そしたらアメリアが……応急処置、をしてくれて……」


 ウィルは少しばかり顔を歪めて、応急処置と言う言葉を吐き出す。あれを怪我と言っていいのかはともかく、応急処置の詳細はあまり思い出したくないのだろう。


「アメリアが?そんな、まさか……」


 ウィルの口から出た言葉に呆気にとられた様子の兄は、最早珍しいというよりは滑稽ですらある。それにしてもこの人は、私を何だと思っているのだろうか。

 私が人助けをした事に驚いているのか、治療行為ができた事に驚いているのか……判断はつかないけれど、馬鹿にされている事に違いはない。

 私が憮然とした表情で兄を眺めていると、おもむろに彼は私に視線を向け問いかけて来た。


「アメリア、その話は本当ですか?」


「ええ、まぁ概ね。私も怪我をしておりましたので、その時保健室でウィルにお会いしましたのよ」


 怪我と言う単語に、兄の握りしめた拳がピクリと動く。恐らく、アレックスから私の怪我についての虚偽は聞いているのだろう。

 しばらく無言で見つめ合った後、兄はあの冷ややかな目で私に問いかけてきた。


「……アメリア、君はウィリアム様が王子だと、本当は知っていたのではありませんか?」


「……どう言う意味ですか、お兄様。先ほども申し上げましたけれど、私は彼が王族だとは露程も存じ上げませんでしたわ」


 お兄様と私の間に、ピンと空気が張り詰める。

 恐らく兄は今までの経緯と私の性格から、私がウィルを王子と知りつつすり寄って行ったと検討をつけたのだろう。

 まるで最初から私の事は信用せず、そうだと決めつけてかかっている様子に辟易する。まぁ、兄の信用を失うだけの事をした自覚はあるけれど。


「どうでしょうか。ウィリアム様が王子である事は、知っている者は知っています。アメリアも、彼が王子だと知っていたとしてもおかしくはありません」


 確かに、中等部に王族関係者が居るという話は以前聞いたことがある。中等部の方では、それこそ知らない人は居ないくらい有名なのかもしれない。

 王子に気に入られ、とりたててもらおうと考える貴族の子息は多いだろう。中には、親からそう示唆されている令嬢もいるかもしれない。

 けれど私はもう婚約が決まっていたし、家では誰もそう言った話をしないのであまり興味すらもたなかった。お兄様だってそれくらい知っているだろうに……。


(それとも、お兄様には何か言っていたのかしら……)


 思えばサロンに入って来た兄は、ウィルの顔を見て随分と驚いていた。

 彼が中等部の生徒会長と言う事や、レオンが高等部の副会長と言う点からも接点があっても別段不思議は無い……。

 けれど、もし両親から何か言われているとするなら、兄のこの頑な態度も頷ける。彼はそう言った権力へのすり寄りを、極端に嫌う人だ。もしこの推測が当たっていれば、私が親から何か指示されていると兄が勘ぐっても不思議はない。このまま否定を続けても、お互い平行線のままだろう。


 少し面倒だけれど、違う方面から弁解をしてみるしかないかしら。

 兄のようなタイプは、ただ否定するだけではだめだ。まず彼が好むような建前を用意し、それに納得がいくよう自らの潔白を含ませ、彼が反論できないよう持って行かなくてはならない。


「……仮に私がウィルを王子だとを知っていたとして、何か問題がありまして?」


「やはり……認めるんですね」


「いいえお兄様。神に誓って言えますが、私は彼が王族であるとは知りませんでしたわ。けれど、仮に彼が王子であろうとなかろうと、目の前で傷ついた者がいるのにどうして放っておけますの」


 まぁ実際のところ、ウィルが王族だと知っていたなら絶対関わり合いを持たなかったけれど。

 彼の怪我は怪我とは呼べないものであり、正直私の処置は必要なかった。あそこで仏心を出してしまったせいで、こんな面倒事が起きてしまったのだ。次回ループする時は、遠慮なく無視させてもらおう。

 しかし私の内心はどうあれ、あたかも聖人君子の様な言葉に兄は口を噤む。彼は公平かつ正義でありたい人間だ。同時にそこが弱みでもある。


「……つまり君は、彼が王族で無くとも治療をしていたと?仮に傷ついた者が平民でも、ですか?」


 相変わらず冷たい目で、彼が問いかけてくる。流石に兄も、手放しで私の言葉を信じる気はないのだろう。


「ノブレス・オブリージュ。私達は貴族であり、それ故に模範たる人間であらねばなりません。相手が助けを必要とし、私に助けられるだけの力があったから手を貸したまで。持っているものを与えるその行為に、どうして対価など求めましょうか」


 自信を持って、はっきりきっぱりと言い切ってやる。実際私は貴族の責務は果たすつもりなので、そのような状況になれば平民相手にでも手を貸すだろう。ただし、エステは除く。

 貴族の責務を引き合いに出した私に、兄は苦虫を噛み潰したような顔をした。どんなに私を怪しんで疑っていようが、その行為は貴族としての責任であり義務だと言われてしまっては流石に否定するのは難しいだろう。


「……やっぱ、アメリアちゃんに優しさはないんだなぁ」


 背後から、感心したようにぼそりと呟かれた言葉はスルーしておく。そう言えばスコットは、私が平民には優しさを与えたくないと勘違いしているのだったかしら。

 しかしこう考えると、平民に対する私の行動理由は大方貴族である私を前提としたエゴのような気がするので、案外勘違いでは無いのかもしれない。

 


「……では責務の為なら階級など関係なく、誰にでも施しを与えると言うのですか?君が?」


 けれど彼は、まだ引き下がるつもりが無いらしい。ちらりとエステを横目で見遣る兄を半眼で見つめる。彼女に対する私の態度について皮肉っているのだろうけれど、引き際が悪い男はカッコ悪いですわよお兄様。

 それにしてもまたエステだ。何故生徒会の彼らは皆、そこまでエステにこだわるのだろうか。彼女はただの平民で、それ以下でも以上でもないはずなのに。


「いいえ、私は見境なく施しを与えるつもりはありません。施しは、過ぎれば毒にもなりますわ。施すだけでなく厳しく接する事もまた、貴族としての責務だと思っております。」


 しいて言うなら、施しでは無いけれどウィルへの治療は優しさでは無く厳しさの方だ。私の優しさは、いまのところ猫ちゃんにのみ向けられている。


「平等に与えられないのなら、どんな理由があろうとそれはただの気まぐれと変わらない。君の気まぐれで助かる命と、助からない命という不平等が産まれる。貴族の気まぐれに振り回される下々の者の事を、考えた事はありますか?」


「……そうかもしれませんわね。けれど、しない善よりする偽善。ただのエゴであろうと、その気まぐれで助かる人がいるのなら、それに意味はあるでしょう」


「君は……やはり、骨の髄まで貴族なのですね」


 兄が、吐き捨てるようにそう言った。最早ウィルの話では無く、貴族と平民の関係性についての話になってしまっている事に兄は気が付ているのだろうか。

 しかし、どうして兄はそこまで貴族と平民にこだわるのだろう。スコットはあの人柄や、頭がお花畑な様を見れば考えなしに理想を追っているのだろうとわかる。

 けれど兄に限っては、どうしてそこまで平民を気にかけるのかがわからない。彼が考えなしにそう言った事をするとは考えられないし、貴族の責務だと言われればそれまでなのだけれど。


(それにお兄様は貴族では無く、平民の視点で物事を見ている時がある……と感じてしまうのはどうしてかしら) 


 彼は貴族なのだから、そんなわけが無いのだけれど。




「まぁ落ち着け、ウェルベルズリー」


 未だ緊張を孕んでにらみ合う私たちの間に、待ったの声がかかる。

 思わず兄と同時に声がかけられた方を振り向くと、その勢いに驚いたのか声の主であるウィルがビクリと震えた。

 

「……いや、アメリアでは無く兄の方だ。お前達、顔は似ていないが目つきはそっくりだな」


 その言葉に、私はできる限り眉根を寄せて顔いっぱいで不満を訴えた。少なくとも、私は兄のように冷酷な人間では無いつもりだ。先程ユニークとの新評価も頂いた事ですし。

 しかし兄はウィルの言葉に特に反応を示すわけで無く、隣で顔を顰めている私を見ることすらせず淡々と彼に言葉を返す。


「なんでしょうか、ウィリアム様」


「お前はアメリアを疑っているようだが、それは無いと思うぞ。彼女は治療……を終えた後は、名前も名乗らず去っていってしまったんだ。僕に取り入る気があるのなら、そんな事はしないだろう」


 ウィルの言葉に、何とはなしに視線をそらす。そりゃあ、あんな治療で名乗れるはずもないですわね。


「僕の身を案じてくれているのはわかるが、お前はアメリアの兄なのだろう?少しは妹を信頼してやれ」

 

「……わかりました。ウィリアム様がそうおっしゃるのなら、俺の考え過ぎなのでしょう」


 一応は引く姿勢を見せた兄だけれど、瞳の奥では未だ不満が渦巻いているのが見て取れた。

 まぁ保健室でのやり取りをお兄様は知らないわけだし、上辺の話だけ聞いたらとてつもない美談なので怪しまれるのもしょうがないだろう。

 

 王子と知らずに、王子の怪我を治療して……名乗らず去っていく貴族令嬢。おとぎ話になりそうだけれど、貴族令嬢ってところが微妙かしら。

 これが平民のエステだったら、それこそおとぎ話のような美談になるのだろう。下手をするとラブストーリーになり得るかもしれない。正妻の座は無理だろうけれど、正妻以上の寵愛を受ける事はできるだろう。

 

(決して空想話、と言い切れないのが怖い所ですけれど)


 現にエステは貴族の私を追いやって、アレックスの隣を射止めた。私は彼女達のその後を知らないけれど、アレックスなら彼女に後見人でもつけて結婚できるよう取り計らう事など容易いだろう

 それに、相手の弱みを握る事が大好きな彼の事だ。親類に文句を言われないよう、既に着々と下地を固めているに違いない。



「それにアメリアの事よりも、もっと重大な問題があるだろう!」


 ウィルの言葉に、私達はきょとんとした顔を向ける。重大な問題?……一体何の事かしら。


「色々あって思わず受け入れてしまっていたが、彼女は平民なのだろう?なんで平民がここにいるのか、まずは説明をしてもらおう」


 エステを指さしたウィルが、そう言ってアレックスに視線を向けた。もっともである。

 久しぶり聞いたともな意見に、まじまじとウィルの顔を見つめてしまったのは仕方のない事だろう。

 どうやらウィルは、ここにいる人々の中で一番わかり合えそうな相手のようだ。

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