たのしいおちゃかい2(挿絵あり)
※注意:今回物語中盤に挿絵が含まれております。
挿絵を見たくない方はお手数ですが、右上にある"表示調整"から"挿絵表示中"をOFFにして閲覧くださるようお願いします。
今回の挿絵はテストの為、今後削除される可能性があります。予めご了承ください。
「……いい加減、めそめそするのはお止めになったら如何ですの」
「うっ、でも……俺の不用意な発言でエステちゃんを危険に……」
未だにぐすぐすと鼻を啜るスコットに、うんざりとしてしまう。
そもそも、その発言も不用心だと何故気がつかないのか。エステが言ったという証拠は無いのだから、知らぬ存ぜぬで通せばよいものを。
なんだか段々とスコットが憐れになってきたので、少しばかり優しさとやらをかけてあげることにする。
「……エステが本当にそんな事を言ったのかは存じませんけれど、マクレガー様がそこまで必死になられると信憑性が増しますわね」
「っ!!?」
ちらりとスコットを横目で見ると、私の言葉にびくりと震え背を正す。
そのまま恐る恐る窺うように私を見ると、途端に顔を振って否定をした。目じりから、雫が飛んでくるので止めてほしい。
「そ、そうだよね!!俺の勘違いだったかもー!!あははは……はは」
「そうですの。残念ですわ」
「ほ、本当に勘違いだから!!うん!!」
どうやら意図は伝わった様だ。しかし全力で誤魔化しに来ている所悪いけれど、その件でエステをどうこうする気は今のところ無い。
大体こんな曖昧な情報でエステを虐めるネタにしたとて、下手をすればアレックスに逆手を取られてしまうだろう。
「それにしても貴族の……しかも成人手前の殿方が、女性の前で泣くなんて恥ずかしいと思いませんの?」
「えー……俺、貴族とかそういうの気にしないし。やっぱ泣きたい時は泣いて、笑いたい時は笑いたいもん」
「もんとか言わないでくださる? 貴方とお話していると、時折幼子を相手にしているように感じますわ」
どうにも彼の言動や行動は、同年代よりも幼いように感じる。もしかしたら、まだ彼には貴族だという心構えも無いのかもしれない。
「……ウェルベルズリーお嬢様は、俺にも優しさを持ち合わせてないんだな」
「……。」
しゅんと項垂れたスコットが、そんな事を言ってきた。
ついさっき、なけなしの優しさをかけてやったと言うのに何という言い草だろうか。
そもそも、先程から彼はどうも勘違いしているようだけれど……
「……優しくするのと、甘やかすのは違いましてよ」
「え?」
「エステの発言だって、本来なら貴方は咎めなければならない立場ですわ」
「……でも、俺は」
「本当に彼女の事を思うのなら、優しくするより厳しくなさいませ」
これは意地悪で言っているわけで無く、エステの為にはその方がいいだろうと本気で思っている。
今のところエステは男子生徒からは客人扱いだし、女子生徒には腫物に触らないかのように遠巻きに見られている。
彼女がここでの常識を身につけるには、スコットのような接し方では一生無理だろう。
「……もしかして、ウェルベルズリーお嬢様もそれでエステちゃんに厳しく」
「いいえ。私はただ単にあの子が嫌いなのと、この学園の名誉の為ですわ」
「はっきり言うなぁ……」
スコットが、苦笑しながらこちらを見てくる。
理由は何であれ、いずれ結果に繋がるのならそれでいいではないですの。
「……みんなさぁ、貴族とか平民とかってやたらと拘るよな。それって、そんなに大事なことなのかな?」
ふいにスコットがそう事を言ったので、紅茶が気管支に入ってむせそうになる。
また何を言い出すのかしら、このお子ちゃまは。
まるで、勉強って必要なのかなぁとか、どうせ死ぬのに何で生きているんだろうとか、そんなノリだ。思春期か!……いえ、思春期でしたわね。
「……俺は貴族とか平民だからって、そう言う風に割り切れないんだよね。同じ人間なのにさ……みんな仲良くすればいいのに」
あ、どうして世界は平和にならないんだろうの方でしたわ。
けれどそれを貴族の貴方が、サロンでぬくぬくしながら言っても説得力はないですわね。
「まぁ、貴方がそう思うのなら、そうなるよう努力すればいいのではないですか?もしかしたら、貴方の手でそうなるよう変えられるかもしれませんし」
とは言え、現実はそう簡単にどうこうなるものでは無いけれど。
彼がそれを知るのは家督を継ぐか、平民の上に立つような役職を与えられてからだろう。
彼の言うように、もし平民と貴族の垣根を無くしたら……その結果どうなるのか。先の無い私には、知った事ではないのだけれど。
「え、でもウェルベルズリーお嬢様は貴族は貴族らしく、平民は平民らしくって考えだろ?」
「ええ。私はそうしたいと思ったから、そうしているだけですわ。ですから貴方は己の考えが正しいと思うなら、そうすればいいじゃありませんの」
「えっと、つまり?」
「貴方も私も今まで通り、やりたいように生きればいいのですわ。勿論、私や学園に迷惑がかかる場合は文句を言いますけれど」
ちなみにやりたいようにやった私の行きつく先は破滅であり、そうなる覚悟もある。彼にもそういった覚悟があるのならば、自分の人生なのだから好きに生きればいい。
そういうつもりで言ったのだけれど……
「なんかウェルベルズリーお嬢様って、意外と話がわかるタイプだったんだな……!」
どうやら彼は、それをいい意味に捉えてしまったらしい。プラス思考すぎやしないだろうか。
まぁスコットがいいのなら、わざわざ否定するつもりもない。正直、相手をするのが面倒になってきた。
「貴方の中でどういう結論に達したのかは知りませんが、納得できたのならよかったですわ」
「ああ!ウェルベルズリーお嬢様の厳しさは、優しさなんだなってわかったよ」
「は!?」
「やりたいようにやって、間違ってたら教えてくれるってことだろ?俺、ちょっとウェルベルズリーお嬢様のこと誤解してたみたいだ」
そう言って嬉しそうに笑うスコットに呆れてしまう。今泣いたカラスがもうなんとやら……先ほどまでの険悪な空気も忘れてしまったかのようだ。
本当に子供みたいですわね……。
「……更に誤解しているようですけれど、まぁいいですわ」
「俺、なんだかウェルベルズリーお嬢様に優しくできる気がするよ」
「そうですか、それは良かったですわ。それにしても、お使いの帰りが遅いですわね」
最早否定するのも面倒なので、無理矢理に話を流す。
「ああ、ランチを頼んだから時間がかかってるんだと思う。ちょっと俺見てくるな」
そう言うや否やスコットは立ち上がり、走ってサロンを出て行ってしまった。
というかランチって……本当にエステに使いっぱしりをさせているじゃありませんの。
まぁ彼は自らも走って様子を見に行っているし、そんなつもりは無いのかもしれないけれど。
「おまたせー!!アメリアの分も作ってもらってきたよぉ~!」
「ついでに、色々つまめそうなものももらってきたぞー!!」
のんびりとお茶を飲んで待っていると、明るい声と共に扉が開く。
満面の笑みのスコットとエステが扉の向こうから、色々と手に持った給仕の者を伴って登場した。
力の抜けるような揃いの笑顔に、もしかしたらこの二人は似たもの同士なのかもしれないと思う。
「ほらほら、どんどん食べてくれていいからな!」
呆れる私を前に、スコットと給仕の者が色々とテーブルに並べていく。
正直サンドウィッチくらの軽食かと思っていたのに、予想に反してちゃんとしたランチである。しかも、スコットが持ってきたパンやらフルーツやらも盛りだくさんだ。
失敗しましたわ……この二人に行かせたらこうなる事くらい、予想できましたのに。
「ねぇ……時間もあまりありませんし、こんなに食べれられるとは思えないのですけれど」
「えーそうか?ウェルベルズリーお嬢様が残した分は、俺が食べてやるよ!」
「……いいえ。謹んでお断りさせていただきますわ」
「遠慮しなくていいからさ!まかせろって!」
遠慮じゃなく、本気で言っている。なんで食べ残しをスコットに食べられなくてはならないのか。そんな優しさは要らない。
ふと視線を感じて前を向くと、こちらを見つめているエステと目が合った。
「……なんですの?」
「いや、いつの間にか仲良くなったんだぁ~って思って~」
エステの言葉に、知らず眉間に皴が寄る。
「いいえ、仲良くなど」
「ああ、そうなんだよ!話してるうちに、俺達理解し合ったんだ!」
私の言葉に被せるように、スコットが嬉しそうに肯定してしまう。
スコットには悪いけれど、彼と理解を深めた記憶は一切無い。
「ふぅ~ん?……まぁ、いいかぁ」
「エステちゃん、どうかした?」
「ん~ん、なんでもないよスコットくん」
少し唇を尖らせながら小首を傾げるエステに、スコットも不思議そうに首を傾げている。
彼女達の会話は無視してお祈りを済ませると、一人黙々と食事を始める。彼らに付き合っているといつまでたっても食事が始められない。
「ってあ~!!アメリア、いつの間にかもう食べ始めてるし~ひどいよぉ」
「ああ、そうだ!俺もウェルベルズリーお嬢様のことアメリアちゃんって呼んでもいいかな?なんか仲良さそうでいいよな」
「却下ですわ。絶対に止めてくださいませ」
冗談ではない。食事を中断してきっぱりと拒絶の意を伝える。
しかしそんな私をよそに、エステは少し考える素振りをしてから首を縦に振る。
「う~ん、いいよぉ!特別だよぉ~」
「やったー!エステちゃんありがとう~。これでもっとアメリアちゃんへの理解が深まるな!」
「なんで貴女が許可をだすんですのエステ!!本当に止めてくださいますか、マクレガー様!」
「俺はスコットでいいよ、アメリアちゃん!」
私抜きで話がどんどんと進んで行く。何故か、エステやアーサーが絡むとこうなる事が多い気がする。
私の意見などまるで聞こえていないかのような状況に、若干諦めを滲ませつつ口を開く。
「いいえ、マクレガー様。男女がそのように名前で呼び合うなど、勘ぐってくれと言うようなものですわ」
「ええー!そんなことないよぉ~、私もスコットくんと名前で呼び合ってるしぃ」
「貴女の場合平民ですから、そこまで大きな問題にはなりませんのよ……」
エステはせいぜいお気に入りだと思われる程度だ。それに関しては、彼女を虐める際にプラスに働くだろうと放置している。
しかし貴族同士になってくると、呼び名一つで色々と憶測が飛ぶ。それにアレックスやレオンの前で、スコットと親し気に名前で呼び合うなんて死んでもしたく無い。
「まぁ俺はそう言うの気にしないから、アメリアちゃんって呼ぶな!」
「うん、いいよぉ~」
私の代わりにエステが返事をする。止めろと言っているのに、全く聞き入れる気は無いようだ。
「……っ!だから」
ーバタン!!ー
それでも折れない私の声をかき消すように、サロンの扉が勢いよく開いた。