たのしいおちゃかい1
昼を告げる鐘の音を聞きながら、先程の事を振り返る。
アーサーに言われたように、彼らと仲良くなる気は毛頭無い。けれど、だからと言ってアレックスの呼び出しを無視するのには問題がありすぎる。
まぁ無視してもサロンに出向いても、良い結果に終わるとは思えないけれど。
でも無視して周りに痛くも無い腹を探られるよりは、取りあえずアレックスの動向でも窺ってさっさと戻るのが得策かしら。
それに、正直アレックスとエステが今どれほどの仲なのかも気になる。
明らかに、今までのループにない展開が起こっているのだ。もしかしたら、断罪の日も早まってしまうかもしれない。
(そう言えば、いつ頃伺えばいいのか聞いておりませんわ……)
サロンで軽食を取ればいいのか、それともランチを食べてから向かえばいいのかしら……。って、ああもう!なんでこんな事で悩まなければいけませんの!!
どうせアレックスには、もう喧嘩を売っているのだ。多少礼儀知らずな事をしても今更だろう。
とりあえずサロンに向かって、誰も居ないようなら食堂でランチを食べてからもう一度伺えばいいんですわ。
そうと決めればあとは行動あるのみ。席を立とうとしていたエステに、後ろから声をかける。
「お昼に、アレックス様から呼ばれておりますの。行きますわよ」
「え?……ああ、うん!」
唐突な誘いだったが、特に文句を言うでもなくエステはにっこり笑って頷いた。どうやら彼女のご機嫌は続いているらしい。
ちらちらと向けられるクラスメイト達からの好奇の視線に何とも言えない気分になるけれど、中にはそれ以外の……どちらかと言えば同情的な視線も感じられて、少し冷静になる。
朝は唯々腹を立てていたけれど、どうやら皆が皆、噂を鵜呑みにしているわけでも無いようだ。
エステを連れ立って廊下へでると、教室の入口にスコットが立っていた。
「あら、貴方は……」
「あれ~スコットくんだぁ!どうしたの?」
私が話しかけるよりも早く、後ろからやってきたエステが彼に声をかける。
流石エステ、もうスコットとも仲良くなっているようですわね……。
「ああ、エステちゃん!……とウェルベルズリーお嬢様。良かったよ、入れ違いにならなくて!」
「もしかして、迎えに来てくださいましたの?」
「うん、同じ2年生だしな!初日だし、道案内とか居た方がいいんじゃないかなって」
エモルドーク学園は、1学年2クラス程だ。広い学園でゆったり勉学に集中できるようにと、それぞれのクラスは結構な距離で離れている。
スコットは私達とはクラスが違うのに、態々迎えに来てくれたらしい。
「ええ、それは助かりますわ」
「わぁ~ありがとぉ!!でも、スコットくんはお昼食べなくて大丈夫なんですかぁ?」
願ってもいない申し出だったので、ありがたく乗らせてもらう。
しかしエステの疑問には、私も内心で頷く。私とエステは軽食でも大丈夫だろうけれど、スコットは育ちざかりの男の子だ。いくらなんでも軽食だけで、彼のお腹が満ち足りるとは思えない。
「ああ、大丈夫!サロンで昼飯食ってもいいって、レオンさんにお許し貰ったからさ!」
心配そうな顔をするエステに、スコットは満面の笑みで答える。
そこまでして案内したいか、と思わなくもない。まぁ先程からエステに向ける嬉しそうな笑顔を見れば、内情は察するに余り有るけれど。
「……そうですの。では案内をお願いいたしますわ」
「ああ、ついてきてくれ」
そう言って歩き出すスコットに続いて、私とエステもついて行く。
一階に降りて渡り廊下を進み、東棟に移る。そのまま中庭へ続く廊下を歩いて行くと喧騒が遠のき、窓からは芳醇なバラの香りを含んだ風が入ってくる。
先程までとはガラリと変わった雰囲気に、まるで日常から切り離されたような錯覚に陥りそうになる。
如何にも、アレックスが好みそうなシチュエーションだ。
「ここが、俺達のサロンだよ」
着いたのは、一般生徒はまず来ることが無いような奥まった場所にある談話室だ。
スコットが手をかけた扉は、装飾過多なのではと言いたくなるほどに仰々しい作りで、いかにもここが特別な場所なのだと主張していた。
(ここが、白薔薇のサロンですのね)
噂には聞いていた。場所も知っていた。けれど、今まで一度も足を踏み入れた事は無い。
ループする前はただ憧れ、いつかアックスに招待してもらえたらと焦がれていた……夢のような場所。しかし、今はとにかく入りたくない悪夢のような場所である。
「まだ他のメンバーは誰も来てないけど、とりえず雰囲気になじんでもらおうってことでさ!」
ぼんやりと感慨に浸っていた私に気が付かず、スコットが扉を開ける。
斯くして燦然と現れたサロンを前に、私は言葉を失うのだった。
豪華な扉の奥には、更に豪華な世界が広がっていた。
特別に備え付けられた大きな窓からは溢れんばかりに光が差し込み、中庭の美しい景色が一面に見渡せる。
庭の真ん中にはサンルームが設置されており、そこを取り巻くように白い薔薇の花が咲き誇っている。あそこが、白薔薇の会の名の由来なのかもしれない。
談話室の中も広く、隣にも部屋があるようで先程から給仕の者が出入りしている。
……けれど一番目を引いたのは、絢爛豪華な調度品だった。
「相変わらずなんてゆぅかぁ、ここはきらきらぁ~って感じがすごいよねぇ」
「あはは、エステちゃんに気に入ってもらえたなら嬉しいなー」
お花が飛び交っているような二人の会話を無視して、室内を見回す。
(なんでこんなものが、生徒会の談話室にあるのかしら……)
そこまで家具に詳しくない私にすらわかるような、名のある職人の手掛けたものばかりだ。中には作れる職人が亡くなってしまい、手に入れる事も困難になってしまっている逸品まである。
こうしたものが、一生徒会の談話室に供えられているなんて……学園側は何を考えておりますの。
日常から切り離された場所、薔薇に囲まれたサロン、高価でセンスの良い調度品。
まるでアレックスの為に誂えられたような……そう、私の庭みたいに。
そこまで考えて、頭を振る。いくら生徒会長だからって、そんな事できるわけが無いだろうに。
まだ楽しそうに喋っている二人を横目に、さっさと席へ座る。
端の方でティータイムの準備をしている給仕に、紅茶を用意させ一口含むと心が大分静まった。
「それで、アレックス様やお兄様はいつ頃いらっしゃいますの?」
私の言葉に、エステと話していたスコットが振り返る。
「あー……多分軽く昼飯食べて、しばらくしたらかな?他の奴らも大体そのくらい」
という事はまだ20分は来ないだろう。
そこでふと、気になった事を聞いてみる。少し……嫌な予感がするのだ。
「……オールストン様もそのくらいにいらっしゃいますの?」
「いや、アーサーは何時も昼飯後のティータイムは欠席してるんだ」
「……そうでしたの」
そう、だからクッキーを取りに行ってらしたんでしたわよね。
……ええ、そうでしたわ。そんな気はしておりましたとも、ええ全く。
知らず知らず、カップを持つ手に力が入る。
ーっ!!なにが手伝ってやるですってあの眼鏡!私に丸投げじゃないですのこんちくしょう!!
カップを力任せに叩きつけたくなる気持ちを抑えて、ソーサーへ戻す。
こんな事くらいで動揺していたら、あの眼鏡には一生勝てない。このくらい、なんてことはないですわ。
「アメリア、なんだか顔がすっご~く怖いよぉ?鬼さんみたいだよ~だいじょーぶ?」
「貴女のおかげで、余計酷い顔になった自覚がありますので大丈夫ではありませんわね」
「えぇっと、どぉゆうことかなぁ?」
「私に話しかけないでくださる?という事ですわ」
「えぇ~!!……そんなのわかんないよぅ~」
エステの言葉に苛立ちながらも、次に会った時にどうやってあの眼鏡を砕いてやろうかと想像を巡らす。
暗雲立ち込める私とエステの会話に、少し困った顔をしながらスコットが割り込んできた。
「ええっと、ウェルベルズリーお嬢様はアーサーに用事でもあったの?」
「ええ。あの方が連絡を伝えて下さったので、お礼をと思っていたのですが……また日を改めていたしますわ」
「ああ、なるほど。……あ、そうだ!エステちゃんちょっと食堂までお使い頼んでもいいかな?」
「え?うん…いいよぉ?」
スコットからの唐突な話題転換とお使いに、不思議そうな顔はしたものの素直に頷いたエステは給仕を一人連れて食堂へ向かった。
スコットと二人残された室内に、重たい空気が流れる。
気を利かせて隣の部屋にでも移ったのか、残っていた給仕もいつの間にか姿が見えなくなっていた。
「……。」
「……。」
「……それで、なんですの」
しかし待てど暮らせどスコットは中々要件を言ってこないので、私から話しかける。
このままではエステも帰ってきてしまうだろうに、何のために彼女を追い払ったのか。
「……なぁ、なんでエステちゃんに意地悪な言い方とかするんだ?」
「はぁ?」
「あの子はさ、まだここに来たばかりで右も左もわからないんだ。もっとさ、優しくしてあげたいな~とかって思わないのか?」
スコットは少しこちらを警戒しながらも、そんな事を言ってきた。ふぅん?
たしかスコットはあまり貴族らしくない性格だと聞いたことがある。
爵位を気にせずにどんな生徒にも態度を変えないだとか、貴族とか平民とかを気にせず町までよく遊びに行っているだとか。
まぁ先程エステに食堂までのお使いを頼んでいる所を見ると、結局平民扱いしているじゃないと思わないでもないけれど。
「あらまぁ、マクレガー様はお優しいのですわね」
「別に、俺が優しいわけじゃないよ。だって……普通は、そう思うものだろ?」
「そう。じゃあ、私は普通ではないのかもしれませんわね」
そもそも普通って何かしら。
スコットの言葉に皮肉気に笑ってそう言ってやる。
「なんでそう言う事言うんだよ!今回サロンに来れたのだって、エステちゃんのおかげじゃんか!!」
何を言ってもまともに取り合う気が無い私に焦れたのか、スコットが苛立たし気に叫ぶ。
どうやらスコットも、噂に踊らされている一人のようだ。
「ウェルベルズリーお嬢様も、エステちゃんに優しくしてやれよ!」
「あら、優しさとは強要されるものですの?それが貴方のおっしゃる優しさですの?」
スコットの気持ちもわからないでは無いけれど、それを私に押し付けるのは頂けない。
「別に、強要とかそんなつもりじゃなくて……」
「貴方が彼女に優しくしたいならすればいいですわ。けれど、それは貴方の都合であって、私には関係の無い事ですのよ」
「でも、やさしくするのは悪い事じゃないんだからいいじゃないか!」
「そうですわね……じゃあ貴方も私に優しくして、今回の事は見逃してくださいませ」
「……え?」
「ねぇ、優しくしたいって気持ちは誰にでも向けられるものでは無いでしょう?
神に仕える者でもない限り、手を差し伸べる相手は無意識に選別してますわ。
……優しさとは、尊重できる相手が居て、初めて成り立つものではないのかしら」
相手を尊重できるからこそ、優しくしたいと思えるのだ。
現に断罪されるその瞬間、私に優しさを向けてくれる人など誰もいなかった。
なればこそ、自分を破滅に追い込んだ人間を尊重などできまい。たとえ彼女の意思に関わらず、運命によって定められていたとしても。……それに、私の懐はそんなに深くは無い。
「それって、エステちゃんが平民だから、尊重できないって言ってるのか……?」
スコットは拳を握りしめて、怒りを抑えているようだ。
なるほど、確かにこの言い方だとそのように捉えられてしまってもしょうがない。
けれど、彼に今までのループを説明できるわけも無いし、言ったところで信じてもらえるわけも無い。
「……優しくしてあげたいのなら、私の分まで貴方が優しくしてさし上げればいいじゃありませんの」
否定も肯定もしないまま、そう言って話を終わらせようとする。どうせそんなに違いは無い。
けれどスコットはその言葉に納得いかなかったのか、かぶりを振って俯いた。
「……エステちゃんは、ウェルベルズリーお嬢様と仲良くなりたいって言ってた」
顔を下に向けたままスコットが言う。
「ええ。存じておりますわ」
「平民とか、貴族とか、そういうの関係なく仲良くなりたいって……俺、それ聞いてすごく感動して……」
鼻をすする音が聞こえる。え、泣いてるんですの!?
なんとも微妙な空気にこの場を立ち去りたくなるけれど、聞き捨てならない言葉を耳にした気がする。
落ち着いて、ゆっくりとスコットに語り掛ける。どうかこれ以上面倒事になってくれるなと思いながら。
「待ってくださる、マクレガー様。その発言……問題ありますわよ」
「はぁ?なんでだよ!そんな事言ってくれる子、今までいなくて……だから……」
「ええ、それはいないでしょうね。私達貴族側が言ったならともかく、それを平民が言うなんて……最悪投獄されても文句は言えませんわよ」
「え?……あ!」
私の言葉で事の重大さに気が付いたのか、スコットが青ざめる。
ああ、頭が痛い。お互い貴族とか平民とか気にしてないからこそ、そんな危ない事を言えるのだろうけれど…。
とは言え、もし本当にエステがそんな事を言ったのならば、世間知らずなんてものではないだろう。スコットはそれ以前の話だが。
冷めたお茶をすする。まだお茶会も始まっていないのに、不安は募るばかりだ。