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"hurtful" Love Comedy2


「それで、何故レオンに会に来たんだ?」


「なんですの、藪から棒に」


 前を歩いているアーサーから、唐突に問いかけられて顔を上げる。結局どこに向かっているのかしら、この眼鏡。


「帰る家は同じなのだから、わざわざ学園で話す必要は無いだろうと思ってな」


「……事情がありますのよ」


 一々人の触れられたくない所に触れてきますわね。

 アーサーがこちらを振り返りったので、眉をしかめて睨み返してやる。


「そもそも、貴方達生徒会が事の発端ですのよ」


「どういう事だ?」


「……まぁオールストン様も生徒会の役員ですし、貴方にも言っておく必要はありますわね」


 歩きながら、エステが生徒会のお茶会に誘われた事、それを兄に断りに行こうとしていた事をかいつまんで話す。


「なるほど。昨日の茶会でそんな事になっていたのか」


「あら、貴方は昨日のお茶会に参加してませんの?」


「ああ、俺は……と、着いたぞ」


 どうやら、目的の場所に着いたらしい。話す事に夢中になっていたせいで、全然気が付かなかった。

 視線をアーサーから外し、ようやくそこがどこなのか理解する。着いたのは、西棟の食堂だった。


「食堂に来たかったんですの?けれど、どうしてわざわざこちらの棟まで……」


 不思議に思ってそう尋ねる。食堂は東棟にもあるのだ。何故、わざわざこの西棟の食堂まで来る必要があるのかわからない。


「ああ、アレックスが此処の焼き菓子を気に入っていてな。ティータイムにこれが無いと機嫌が悪くなる」



 そう説明しながら彼は食堂を進み、そのままスタスタと調理場に入って行くので驚く。貴族、それも生徒会の役員が調理場に足を踏み入れるだなんて前代未聞だ。けれど彼の自然な様子から考えれば、こうした事に慣れているのかもしれない。

 3回目ならともかく、今の私は調理場に足を踏み入れるような令嬢ではない。気にはなるものの、厨房へは着いて行かず少し離れたところから様子を伺った。

 しばらくすると、片手に蓋のされた大きな皿、そしてもう一方に何かを包んだ紙ナプキンを持ったアーサーが食堂から出て来る。


「ほら、受け取れ。先ほどの詫びだ」


「は?何ですの?」


 決して私に触れぬよう、けれど強引に押し付けられた包みを受け取り開けると、中に数枚のクッキーが入っていた。

 どうやらアーサーは、これを渡そうと私を食堂に連れて来たらしい。詫びと言うからには、先程の事を悪いとは思っているのですわね……意外ですわ。

 少し見直してやってもいいかもしれませんわ、なんて思った矢先、アーサーの一言で全てが吹き飛ぶ。


「食べてみろ」


「……何ですって?」


 とんでもない事を言われたので、聞き間違いかともう一度アーサーに問いかける。


「そのまま教室に持ち帰るわけにもいくまい。此処で食べてしまうといい」


「貴方、ご自分が何を言っているのかわかってらっしゃいますの?」


 調理場の前で、立ったまま、ナプキンに包まれたクッキーを食べろと、貴族の令嬢に向かってそんな事を言っているのだこの眼鏡は。

 仮にその場に誰も居ないならまだしも、目の前にはアーサーが居る。いくら変人眼鏡とは言え、アーサーは腐っても貴族の子息だ。その彼の前で、私にそんなマナー知らずで野蛮な事をしろと言っているのだ。やはり、常識が無いなんてレベルではない。

 そんな考えが顔に出ていたのか、アーサーは首を振って口を開く。


「今は、礼儀や作法をどうこう言う気は無い。気にするな」


 アーサーの言葉に、苦い想いが込み上げる。

 そうね、3回目の私なら気にせず食べたでしょうね。むしろ私も、使用人達やエステに似たような事を言った。だってあの時は貴族だとか平民だとかを気にせず、偏見も持たないようにしていた。

 けれど、運命が望んだ私はソレでは無い。私はあくまで、ウェルベルズリー家の、嫌われ者の貴族の令嬢なのだ。

 それに、どんなに取り繕ろおうともやはり貴族は貴族、平民は平民なのだ。私が彼らにどれだけ奇麗事を言い、理解した気でいたところで、結局は貴族である今の生活を捨てられなかったのだから。きっと運命にも、それを見透かされていたのだろう。だから、手酷いしっぺい返しを喰らった。

 

「……ええ、料理場なんかに出入りする貴方は気にしないでしょうね。けれど、私は気にしますわ。それにそんなに言うのなら、貴方が召し上がればよろしいじゃない」


 本音を言えば、このままここでクッキーを食べる事に抵抗は無い。アーサーの提案は非常識でありえないとは思うけれど、貴族や王族に限らなければ普通の事だ。

 しかし残念ながら私は貴族で、それを受け入れるという事は家の名を、私自身を貶める行為だ。実際3回目の断罪では、他の貴族からその事をとても非難された。

 私は、今の自分に誇りとプライドを持っている。これが運命に望まれる姿なのならば、どんなに心無い行為でももう迷わない。


 私は顎を上げ、手に持った包みをぐいとアーサーに差し出す。けれどアーサーは、それを受取ろうとはしない。


「それは、ウェルベルズリー嬢にさし上げたものだ。要らなければ処分すればいい」


 アーサーの言葉に、我が意を得たりとほくそ笑む。上等ですわ。我儘令嬢の名が伊達では無い所を、見せてあげようじゃありませんの。彼を思い切り睨みつけて、口を開いて息を吸い込む。

 罵る言葉と共にクッキーを叩きつけようとして……できなかった。

 アーサーがものすごい速さでナプキンごとクッキーを奪うと、私の口に投げ込んだからである。


「ーーーっ!?」


「まさか、本当に捨てようとするとはな。しかも調理場のすぐ近くで」


 呆れた様子のアーサーなど、気にしている場合ではない。口の中がクッキーでいっぱいだ。一つ一つはそれほど大きく無かったものの、まとめて数枚入れられたのだ。

 令嬢が食べ物を口いっぱいに頬張るなど、なんと恥ずかしい事だろうか。けれど吐き出すなんて事は、もっとしたく無い。何とか口の中を片付けようと、必死にクッキーを噛みしめる。

 サクサクとした心地よい歯ごたえ。そして、バターとジンジャーのいい香りが口中に広がる。シンプルだけれど、それだけに作り手の腕の良さが伺える……うん、なるほど。


「……美味しいですわね」


 怒りも忘れて、思わずそう漏らす。それくらい美味しいクッキーだった。

 ここに紅茶があったなら、どんなにか素晴らしかっただろう……とても美味しいけれど喉が渇く。


「そうだろう。アレックスが気に入るくらいだからな」


「確かに味は素晴らしかったけれど、貴方いくらなんでも失礼が過ぎますわよ!」


「お互い様だ。気にするな」


「何がお互い様ですか!でも私、今までこれほど美味しいクッキーをここで食べた事がありませんでしたわ……」


「実は、西館のシェフは焼き菓子が得意でな。普通シェフ自らクッキーなど焼かないのだが、生徒会のティータイムには特例で焼いてもらっている。あまり言いふらすなよ」


「そうなんですの?色々詳しいですわね、甘いものがお好きなんですの?」


「そうらしいな。見た目に似合わない趣味をしている」


「アレックスの事じゃなく、貴方の事を聞いたんですわよ」


 確かに、アレックスが甘いものが好きだと聞くと驚く人は多い。

 しかし今の問いは、アレックスにではなくアーサーにしたものである。本当に、会話の噛み合わない眼鏡だ。


「そうだな。食べたのならそろそろ行くぞ、俺はこの皿をサロンに運ばなくてはならない」


「え、自らお持ちになるんですの?先程からの貴方の行動は、まるで小間使いの様ですわよ」


 アーサーは生徒会のメンバーだ。家柄も成績も、そこら辺の生徒より全然良い。そんな彼が、自ら下働きに徹するとは何事だろう。

 このクッキーだって、使用人に言づけて昼休みまでに準備しておいて貰えばいいだけなのだ。執事や使用人を常時侍らす事はできないが、雑用等を頼む事は許可されている。特に生徒会ともなれば、多少の無茶も通るはずだ。


 こちらの事など気にせず食堂を出ていくアーサーに、思わずつられて歩き出すが、よく考えればここで別れてさっさと教室に戻れば良かったのだ。タイミングを逃してしまった。


「俺が好きでやっているんだ。それに、俺は昼休みの茶会を欠席させてもらっている。その罪滅ぼしみたいなものだな」


「ああ、それで昨日の事を知らなかったのですわね」


「うむ。しかしそんな事になっているのなら、昨日は出席しておけば良かったと後悔している」


「……悪趣味ですわ」


「そうでもないさ、今回の事は多分大事になる。お前にとっても、学園にとっても」


「そうですわね」


 学園に関しての問題は、朝方エステに言ったような内容だろう。

 けれど、私個人に関しての問題は……


「婚約者のウェルベルズリー嬢を差し置いて、平民の女子をサロンに招く。そして、おそらく今後も頻繁にな」


「しかもそれを、婚約者の兄が黙認する形となりますわね」


「なんだ、理解していたのか」


 少しだけ目を見開いたアーサーが、ちらりと振り返る。落ち着いた様子の私に、まさか状況を理解しているとは思わなかったようだ。

 勿論、それがどれほど問題かは身をもって知っている。ループの最中に、何回もその件で辱めを受け悲しんだし激高したこともあったが、流石に4回目ともなると達観してくるというものだ。まぁ、全力で邪魔と嫌がらせはしてやるけれど。


「あたりまえでしょう。ですからそのお話をしに、わざわざお兄様に会いに行こうとしていたんですわ」


「そういえば、そんな事を言っていたな」


 まぁ1回目はまともに妨害できなかったし、2回目ではあえてそれを見逃し、3回目は笑顔を取り繕い見送った。今回はどうなるのだろうか……。


「先程のお前の話を聞いて確信したが、あのお嬢さんをサロンに呼んだのはアレックスだろう」


「ええ、そうでしょうね。彼女を気に入った様でしたし」


「ならレオンに言ったところで、アレックスを説得するのは難しいだろうな」


「……。」


 確かにアレックスが、レオンの言う事を素直に聞き入れるとは思えない。……それどころか、兄が私の言葉を素直に聞いてくれるかも怪しい、とは言わないでおく。

 けれどアレックスに直接訴えるより、兄に訴えた方がまだ可能性があるのではと私は思う。兄は私を嫌って冷たくあたるものの、本来はとても正義感が強く真面目な人だ。まぁ、それ故私と馬が合わないのでしょうし。

 色々と考えながら、ただ目の前のアーサーの後に続いて歩く。時折彼から視線を感じたが、俯いたまま顔を上げる事はしなかった。




「次の休み時間も来るのだろう?」


「は?」


 しばらくお互い無言で歩いていたが、ふいにアーサーが立ち止まってこちらを振り返った。


「次の休み時間は、俺がレオンを捕まえておいてやろう。丁度昼休みで時間もあるしな、存分に語り合うといい」


「……なんですのいきなり?」


「女性が頑張るというのに、俺が応援しない理由がなかろう」


 笑うでも頬を染めるでも無く、無表情のままそんな事を言ってくる。この眼鏡の考えている事は、本当にわからない。


「まぁ次の休み時間は、安心して来るといい」


 そう言ってくるりと背を向けて歩き出すアーサーに、つられて足を踏み出そうとする。しかし、よくよく見ればここは西棟と東棟の渡り廊下だ。いつの間にやら戻って来ていたらしい。


「もしかして、あの眼鏡も同席する気なのかしら……」


 ただでさえ気が重かった兄との話し合いが、更なる重みを増す。どうも眼鏡が絡むと上手く行かない。

 恐らく行動の予測がつかないので、私自身のペースを保てなくなるのだろう。


「もしかして、今回の一番の敵はオールストン様なんじゃありませんの……」


 特に眼鏡とは今まで交流を持ったことが無い分、これからが恐ろしい。これだからイレギュラーは嫌なんですわ。

 次の休み時間の話し合いは、きっと地獄と化すのだろう。


「けれどまぁ、今までよりひどい状況になんてなりませんわよね」


 そう自分を励まして、教室に戻ろうと歩き出す。

 窓から見える風景の、風に踊らされている旗が嫌に目についた。

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