"hurtful" Love Comedy1
「デジャヴですわ…」
「うむ」
次の休み時間、今度こそはと鐘が鳴るなり教室を飛び出して渡り廊下に向かった。
東棟へ続く渡り廊下を足早に歩いていくと、手前から同じように急いだ眼鏡が…。
「ってなんでまた居るんですの!!この眼鏡、ストーカーですの!?」
「落ち着けウェルベルズリー嬢。俺の名前は眼鏡ではないぞ」
そんな事は知っている。わざとですわよこの眼鏡!
頭を押さえて喚く私とは反対に、彼は随分と落ち着いた様子で眼鏡をかけ直している。その落ち着き払った様子に、こちらの気も知らないでと更に腹が立ってきた。
あんな事があった直後に、またこの眼鏡と鉢合わせてしまうだなんて…。
「そして俺は、ストーカーでは無い。というか、少し考えればこうなる事はわかるだろう」
「どういう……ああ、そういう事ですのね」
「そうだ、俺は西棟に用があって、お前は東棟に用がある。前回の休み時間に、その目的を果たせなかったのだから」
「こう、なりますわよね……」
「うむ」
私の答えに満足そうに頷いて、またも眼鏡の位置をかけ直す。ずり落ちてこないよう、フレームが頭に刺さるくらい曲げてさし上げようかしら。
「……まぁいいですわ。私お兄様に用事があるので、これで失礼いたします」
アーサーにバレぬよう軽く目を閉じ、深呼吸をして心を落ち着かせる。そうですわ、こんな事で取り乱したりしてどうするんですの。
閉じていた目を開き、姿勢を正して颯爽とアーサーの横を通り過ぎようと歩き出す。早く通り過ぎてしまおう。
先程の休み時間の事を思えば、何が起こるかわからないのだから。最悪、またスタート地点だ。
「レオンなら今は居ないぞ」
「っ!何ですって!?」
西棟に向かって歩き出した勢いのまま、直角にコーナリングするとアーサーに詰め寄る。
何という事かしら。思わず眼鏡に掴みかかりそうになってしまったわ。落ち着きましょう。
「どう言う事ですの!?」
「先程、顔は中の上で体つきは下の上の令嬢と共に教室を出て行った」
「その情報ですと誰だかさっぱりわかりませんし、相変わらず失礼すぎますわよ貴方!!」
なんの用事かはわからないが、それが本当なら兄は確かに教室には居ないのだろう。
せっかく急いで歩いてきたというのに…。ショックで項垂れるわたしに、眼鏡がフォローのつもりか少しばかり明るい声で話しかけてくる。顔は真顔だが。
「先刻の休み時間なら教室にいたんだが……惜しかったな。まぁ気を落とすな」
「惜しくありませんわ!というか貴方のせいじゃありませんの!!!」
先程彼に捕まっていなければ、私の目的は達成されていたという事だ。ふざけるな眼鏡。
今度こそ我慢ができず、彼の襟首に掴みかかろうと手を伸ばす。けれどアーサーはそれを見越したかのように、スッと身体を右にずらしその手をかわした。
「……」
「……」
手を伸ばしたまま固まる私と、それを斜め横から見つめる眼鏡。広い渡り廊下に、何とも言えない空気が流れる。
西棟から来た生徒が、その様子を見て慌てて来た道を戻っていくのを横目に、首をゆっくりとアーサーに向ける。
目が合った瞬間、もう一度アーサーに手を伸ばす。避けられた。手を伸ばす。逃げられる。手を…
何度目かの無意味な争いを終えた時、私はぜーぜーと息を吐いて項垂れていた。アーサーは息も乱さず、眼鏡をかけ直してる。
「貴方……なんで、避けるん、ですの…」
「俺は、女性に触れると気分が悪くなるんだ。悪いが触らないでいただきたい」
そう言えば、女性に触れることができないとか何とか言っていましたわね……。酸欠で朦朧とする頭でそんなことを思い出す。
「と、とにかく、貴方…っ!!」
まだ文句を言おうと、アーサーに近づく。しかし息が整ってなかったせいか、それとも勢い込んだからか、足が縺れアーサーの胸に倒れ込む。
「きゃっ!」
「っ!危ない!!!」
アーサーが、焦った声と共に眼鏡から手を外し……華麗に左へと飛びのいた。
「この馬鹿眼鏡えええええ!!!!」
私は怒りの儘に怒鳴り声をあげながら、アーサーが直前まで立っていた床に倒れ込む。
幸い渡り廊下には絨毯が敷かれているので、あまり痛くはない。体は無事だ。けれど、心はもうボロボロだ。
あんなに辛いループを経験して、もう折れないと覚悟を決めたのに……今、とても泣きたい。
「なんですの!?なんなんですのいったい!!」
膝をつきながら、手でバンバンと床を叩く。そんな私を憐れそうに、少し離れたところから眼鏡が見ている。貴方が原因でしょうに!!
「何処が女好きで、公平平等ですの!大嘘つきじゃありませんの!!」
「嘘は吐いていない。女性は好きだし、公平だ。他の女性が倒れそうになっても、俺は手を貸さんぞ」
「そんな事、堂々と言うものじゃありませんわ!!」
もう嫌だこの眼鏡。心身共に疲れ切って、立ち上がる気力も無い私を眼鏡は真顔で見下ろしている。もう、早くどこかに行ってくれないだろうか。
「立たないのか?いくら絨毯が敷かれているとはいえ、体を冷やすぞ」
「疲れて立てないんですのよ。私の事は気にせず、どうぞお行きください」
そして、もう二度と会わない事を切に願う。眼鏡は生徒会のメンバーだから、無理だろうけれど。
ぐったりとしたままの私に何を思ったのか、眼鏡が懐から白手袋を取り出し手にはめる。
「ふむ。仕方が無い」
そう呟いて私の後ろに回り込むと、制服の首根っこを掴み猫の子を持ち上げるようにグイッと引っ張った。
「え?きゃああああ!!」
苦しい!痛い!怖い!なんですの!?
吃驚して引っ張られるまま立ち上がてしまった私を、今度はずるずると引きずりながら歩き始める。何ですのこの眼鏡!信じられませんわ!
「ちょ、ちょっとまってくださいまし!苦しいですわ!それに、私後ろ向きじゃありませんの!!」
「そうか。ふむ、なら自分でついて来い」
「は!?」
そう言うと彼はその手をパっと離し、スタスタと西棟へ向かって歩き出す。
え、なんですの?私ついて行くなんて、一言も言っておりませんわよね?
そんな風に思いながら、ぼんやりと眼鏡の背中を見送る。すると、眼鏡が立ち止まりこちらを振り返った。
「どうした?やはり引っ張って行ってやろうか?」
含みは感じられないので、おそらく善意で言っているのだろう。けれど、謹んで遠慮願いたい。
誰が好き好んで、あんな扱いを受けるというのか。そもそも貴族の令嬢にあのような扱いをして、許されると思っているのだろうか、この眼鏡。
最早変人ではなく、常識の無い馬鹿なのかもしれない…いえ、きっとそうなのでしょう。
「早く来い、また休み時間が終わってしまうぞ。首が嫌ならスカートを…」
「本気でそれを言っているのなら、その眼鏡叩き壊してやりますわよ」
結局私は項垂れながら、渋々と眼鏡の後に続いたのだった。