生じたずれ2
「おっはよぉ~!ウェルベルズリーさん!」
教室の扉を開けてすぐ、エステが満面の笑みで話しかけてきた。何?待ち伏せでもされてましたの?
朝から胃がもたれるような甘ったるい声と、頭が溶けるような間延びした声に自然と顔をしかめてしまう。
「ねぇねぇ、ウェルベルズリーさんの事、アメリアって呼んでもいいですかぁ?いいですよね?」
桃色のふわりとした髪を指で弄りながら、下から覗き込むように私を見上げて小首を傾げる。
なんでこの女は、私相手にそんなむかつく動きをしてくるのか…そういう仕草をするのなら、男の前でおやりになればよろしいのに。アレックスあたりなら、喜んでくれるんじゃありませんの?
そう考えて、エステの仕草に喜ぶアレックスを想像してみるが、上手くいかない。……金持ち貴族が、見世物小屋の猿を見て喜んでいる画しか浮かばないですわね。
「良くないですわ。却下いたします」
「えぇ~、でも私はアメリアの事もう友達だと思ってるから呼んじゃうもん!」
却下だと言っているのに、もうアメリア呼びしてきやがりますわこの女……。
そもそも下手くそだった敬語がいつの間にかタメ語になっている。私はお前の友達では無い。
「私は、貴女と友達になった覚えは無くってよ、雌猿」
「うぅ~アメリアひどぉ~い…どぉーしてそぉゆうことゆうの?泣いちゃうよぉ!」
「どうしてそういう事言うの、ですわね。まともに言葉を喋れない時点で、人間だと認めていないからじゃないですの?」
私とエステの会話を近くで聞いていた男子が、エステちゃんかわいそ~等と言っているので、すれ違い様に椅子を蹴り飛ばしてやる。
エステは足取り荒く席に向かう私の後ろを、とことこと着いて来る。時折男子生徒に挨拶されて、笑顔で手を振っている辺りが抜け目ない。
「あのね、昨日ねぇ~生徒会に呼び出されたんだよぉ!でねでね、そこでお茶を飲んでね、すごく美味しいの!そう言えば白いバラがね……」
中身が無いうえにポンポン飛ぶエステの話を無視して、席に座ると鞄の中身を机に詰めていく。
あらそう言えば、昨日アレックスが家に来たのはエステのせいだったわね。
ふと昨日の事を思い出し、顔を上げてエステに問いかける。
「ねぇ貴方、昨日生徒会で何を喋りましたの?」
「え~?昨日?なんかしゃべったかなぁ?」
「喋りましたでしょう、生徒会長に。あの人私の婚約者なんですのよ」
「ええ~!そうなのぉ!!知らなかった~、あんなカッコイイ婚約者がいるなんてアメリアすごぉーい!」
「ええ、そのすごぉい彼が、昨日私の家までいらしたんですの。貴女のお話をしに」
それまでころころとせわしなく動いていたエステの視線が、スッと私に絞られる。表情は相変わらず笑顔なので、なんだか変な怖さがある。
「来たの?家に?」
「ええ、来ましたけれど?」
「ふぅ~ん。そっかぁ……。それでなにを言いにきたのぉ?」
「貴女を虐めるなと。貴女、随分アレックス様と仲がよろしくなられた様ですわね」
「え~仲良くないよぉ~!だってぇ、少しお話しただけだし~生徒会長さんが優しいだけじゃないかなぁ」
困ったように眉を寄せ、胸の前で両手を小さくパタパタと振って否定するエステ。故意か天然かは知らないけれど、その言葉にカチンとくる。
アレックスは決して優しい男などでは無い。まして誰かの為に動く等、滅多に無い。
「……アメリアは、私が婚約者さんとお喋りしていたことは怒らないの?」
「怒っておりますわよ。ですが、知らなかった事として今回は許しましょう。次はありませんわよ」
私の言葉を聞くと、エステは可愛らしく小首を傾げて、少し考える素振りを見せる。
そして少し間を置いて満足そうに頷くと、なにやら小さな声でぽつりと呟いた。
ーやっぱ、なんか一周目とは違うなぁー
「なんですの?」
「なんでもなぁい!アメリアは心が広いなぁって思っただけ~」
そう言うと、エステはにこにこと笑って昨日の詳細を話してくる。
私がエステに迷惑をかけたお詫びにと、レオンにサロンに誘われただの、そこで生徒会長と会っただの、色々と庶民の話をしたら喜ばれだたの、みんなすごく優しくしてくれるだの……
延々と続く、自慢めいた独り語りに辟易する。しかし、席がエステと前後しているため逃れられない。
「でね、よければまた来るといいって言われたのぉ!さっそく行っちゃおうかなぁ~えへへ~」
「それは駄目ね」
「え?」
「生徒会のメンバーは、殿方しかおりませんのよ」
「そうかも~、昨日も男の子達しかいなかったし~、でも楽しかったよ?」
「楽しいか否かではありません。いくらお誘いを受けたとはいえ、大勢の男性しか居ない場所で女性一人が長居する等、淑女としてあるまじき行為ですわ。お兄様には私から、そのお誘いをお断りしておきましょう」
私の言葉に、遠くから様子をうかがっていたらしいクラスメイトの女の子達が頷く。生徒会は女生徒人気が高いので、彼女達にも今の話で思う所があったのだろう。
前の私も、そんな心情で精一杯邪魔してやった。今回はそんな気持ちはもう無いが、ただ意地悪の為に邪魔をしてやる。私の言い分は、間違って無いですし。
「ええ!?なんで!別に大丈夫だよぉ!!私行きたいもん!」
「大丈夫ではありません。それに貴女一人の問題ではありませんのよ。生徒会の殿方には、婚約者がいる方もおりますの。彼女達が、今のお話を聞いてどう思うか考えなさい」
ちなみにお兄様には婚約者がいないけれど、それはあえて今言う事では無いだろう。…それにしても、なんでお兄様は婚約者を作らないのかしらね。
「別に、そういうつもりで会いに行くわけじゃないし…私はただみんなと仲良くなりたいだけだもん!」
不満そうに、ぷくっと頬を膨らませるエステ。なんなの、それは。その両頬を力任せに掴んでやりたい。
「その心意気は結構。けれど貴女は、この学園にテストケースとして編入しているのでしょう?ならばその立場を弁えなさい」
「うわぁ…なんか説教くさっ」
エステが小さな声で何か吐き捨てた。よく聞き取れなかったけれど、おそらく悪口だろう。
「はぁ~萎えるぅ。まぁいいやぁ、今まで特に問題になら無かったし。がんばってぇ~」
エステはそう言うと、そのまま前を向いてしまった。やっと静かになりましたわね。
しかし最後に彼女の口から出た言葉は、私には全く理解できなかった。本当によくわからない事を言う子だ。平民とは皆こういうものなのだろうか。
もうすぐ先生も来るだろう。1限目の授業内容を確かめて、机から必要な物を取り出していく。
後でお兄様に、エステのお話をしに行かなければいけないのが重荷だ。あれでも副会長様なのだから、流石にお兄様も学園では私を無視することはないでしょう。
けれど、一悶着ありそうな嫌な予感がする。すんなり話を聞いてくれればいいけれど…なにしろ今日は、朝からついていませんもの。




