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生じたずれ1


「……眠るのが早過ぎましたかしら?」


 ベッドの上からまだ覚醒しきっていない頭を持ち上げ、ぽつりと呟く。窓の外はオレンジ色の太陽が、薄暗かった空を照らし始めていた。

 屋敷は静まり返っていて、先程から私のシーツの擦れる音以外は一切聞こえない。いつも何かしらの生活音が響いている普段の屋敷とはまるで違う、切り離されたかのようなこの空間になんだか不思議な気持ちになる。

 時折思い出したように、早起きの小鳥達の囀る声が遠くから聞こえてくる。遅からず皆も起き出すだろう。


 昨日はアレックスと話した後、結局夕飯も食べずに寝てしまった。

 あの後、軽食をもらって猫のところに行ってみたのだけれど、猫の姿はもうそこには無かった。ついに癒しにも見放されたかと随分ショックを受けて、そのままふて寝を決め込んだのだった。

 

 とりあえず、ベッドの横に置いてある水差しから水をコップに注ぎ喉を潤す。少しだけ頭が冴える。

 それにしても、こんなにも早く起きたのは久しぶりではないかしら。いつも一度寝てしまうと、朝の起床時間までぐっすりなのだ。 


「せっかくですし、散歩ついでに猫ちゃんの様子でも見に行き居ましょうか」


 メイドが起こしに来る時間まで、まだ随分ある。使用人達を叩き起こしてしまってもいいけれど、たまには一人でのんびりと朝の散歩をするのも楽しそうだ。そのついでに猫が居るか見てもいいだろう。


 ……そう、ついでにですわ。あくまで、ついでにですのよ。


 一人言い訳を心の中で唱えながら、ネグリジェの上からガウンを羽織って部屋の扉を開ける。簡単なドレスなら3回目の時に練習したから一人でも着れるのだけれど、面倒なので横着する事にした。べつに、早く庭に行きたいからでは決して無い。

 部屋から静まり返った廊下に出る。何時もはここにアルが待機しているから、誰も居ないというのはとても新鮮だ。


「アルも、ちゃんと寝ていたのね……」


 何時も私が寝るまで常に仕えていて、私が起きる頃には既に完璧な姿で挨拶をくれるアルが、一体いつ寝ているのだろうかと何時も不思議に思っていたのだ。ここに居ないと言う事ならば、きっと寝ているのだなぁと妙な関心が湧き上がる。

 そのまま階段を下り居間へと向かう。人の姿どころか、遠くから聞こえる鳥の声以外何も聞こえない…唯々自分の足音が広い屋敷に響いている。



「……なんだか、あまりにも静かですわね」


 サンルームから庭に出ると、気持ちのよい風が吹いてくる。しばらくそこで深呼吸をしてから、庭を歩き出す。

 風が木々を揺らす音と、遠くで囁く鳥の声以外の音は聞こえてこない。いくら早朝とはいえ、どこかの馬車の音くらい聞こえてもよさそうなものだけれど。

 しかし植え込みの前まで行くと、そこに猫の姿を見つけて些細な懸念は全て吹き飛ぶ。


「猫ちゃん!よかったですわ、今朝は居らしてくださいましたのね!!」


 行儀よく座ってこちらを見つめる猫に駆け寄る。昨日の夕方会えなかったせいもあり、今朝は居てくれたという嬉しさが胸に溢れる。


「昨日ご飯を持ってきてあげましたけれど、貴方が居なかったので全部私が食べてしまいましたのよ?」


 猫の頭を撫でながら、居なかった事への文句をぐちぐちと垂れる。猫は大人しく撫でられながら、目を細めている。


「だから昨日は早く寝てしまったのだけれど、おかげでこんな早朝に目覚める羽目になりましたわ」


 わかっていますの?と怒った顔で猫を睨むけれど、ねこは知らんとばかりにぷいと顔を背ける。相変わらずふてぶてしい。

 庭の奥にあるこの場所は、とても静かだ。まるで、世界に私と猫ちゃんしか存在していないのではないかしらと、そんな気さえしてくる…。


「……ふふ、まるで私達を残して世界が時間を止めてしまったかのようですわ」


 心地良い風に吹かれながらそんなロマンチックな事を思う。

 相手が猫ちゃんでなければ中々に美味しいシチュエーションなのですけれど……。そんな心の声が聞こえたのか、猫がみゃあと声を上げる。


「あらあら、ごめんなさい。後でまたご飯を持ってきてあげますから……」


 ふと、そう言えば今は何時なのだろうと気になった。

 早朝だというのはわかっているけれど……。ぼんやりしていて時計を見ていなかったわね、後で確認しないと。


 そう考え立ち上がった瞬間、視界が黒く塗りつぶされた。




 






「お嬢様、朝でございます」


「ーーっ!?」


 メイドの声に覚醒する。勢いよく飛び起きて、周りを見回す。見慣れた自分の部屋の、自分のベッドの上だ。


「貴女、今日は何日ですの!!」


 私の鬼気迫る様子に、メイドが驚きつつも口にしたそれは飛び起きる前と変わらぬ日付だった。スタート地点から2日目だ。


 日付を聞くなり、ベッドから飛び出して姿見を覗く。髪の毛は短くなっており、ガウンを羽織っている。つい先程と変わらぬ自分の姿に、力が抜けてへたり込みそうになる。

 どうやらスタート地点にリセットされたのでは無いらしい。しかし、また何らかの力が働いたのは確かな様だ。


(今回はなんだっていうんですの!?私、何かいたしまして?)


 理由もわからぬそれに、怒りと混乱が湧き上がってくる。相変わらず理不尽だ。


「お嬢様?あの、どうかなさいましたか?」


 混乱したまま姿見の前で固まっていた私に、メイドが声をかけてきた。彼女の心配そうな表情に、次第に冷静な気持ちが戻ってくる。


 そうですわ、どうせこんな理不尽は毎度の事じゃありませんの、ええ。とりあえず着替えて、学園に向かう準備をしなくてはいけませんわね。

 心を落ち着かせてメイドに感謝しつつ、手早く着替えて部屋を出る。部屋の入口には見慣れたアルの姿があった。


「……アル、今日は良く眠れましたの?」


「え?…ええ、十分に休息を取らせていただきました」


 アルを見て感慨深げに呟いた私に、彼は不思議そうに頷いた。




「おはようございますお父様、お母様、お兄様」


 食堂で何時もの挨拶をして、席に着く。昨日は軽食しかとらずに寝てしまったので、すっかりお腹が空いている。私の視線は、朝食に釘付けだ。

 しかし、一向に両親から挨拶が返って来ない。兄が挨拶を返さないのはいつもの事だが、どうしたのだろう。不思議に思って顔を上げると、驚いた顔で固まったままの二人が目に入った。

 そう言えば、髪を切ってからまだお父様にもお母様にも会っていませんでしたわね……。これは面倒くさい事になりそうですわ。

 一人平然と食事を続けている兄を見習い、とりあえず私も知らんぷりをして料理に手をつける事にした。



 結局学校に向かうギリギリまで、両親に嫌という程説明をする事になるのだけれど。

 ……朝から散々ですわ!

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