第3話 広がるセカイはモノクロで
第3話は、転載元の占いツクールにはない、書き下ろしとなっております!
僕の世界は、ずっとモノトーンだった。
–––これは、僕が訪れるべくして訪れた場所、「試練の聖域」での出来事。
まずそもそも、僕が旅に出たのは家族の死が原因だった。
僕の家族は「聖教徒」と呼ばれる団体に殺された。
聖、なんて字が入っているが実際は異教徒や異教徒に限らず一般人さえも無差別に殺害する過激派組織。僕の家族は、奴らに殺された。
––––––いや、言い直そう。
聖教徒は僕の生まれた町、国にいた人々を、一人残らず–––いや、僕だけを残してみんな殺していった。それどころか、国そのものを滅ぼしていった。
居場所がなくなった。いる価値もなくなった。僕は、自分の存在意義がわからなくなった。
そして、僕は旅に出ることにした。
色々な物を見て、色々な人と接して、自分を取り戻すため–––なんてそれっぽい言い訳で、本当は、家族の死と消えた故郷のことを忘れるために。
僕は旅に出た。
「それっぽい言い訳」のほう–––自分も徐々に取り戻していった。「負の記憶」も、忘れることはできた。
だけど、今。
もう一度、自分の過去を見つめる必要があるようだ–––。
「なんだここ…」
僕が着いた場所、王国エレクセンブルの町セインティア、通称「試練の聖域」。
聖域とか凄そうな名前だが、ごくごく普通の町。露店が立ち並び人々が行き交い、活気に満ちている。
本当に、普通の町だ–––––ただ一つの特異点を除けば。
そのたった一つの特異点、どう考えてもおかしい。だって、おかしいだろ、
––––––世界が、モノクロなんて。
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おかしい。
絶対何かおかしい。
建物とかだけが白黒ならまだ分かる。世界には色彩が原色だけの国だってあるのだから、それならおかしくはない。
だけど、そうじゃないのだ。道行く人々も皆白黒、果てには空だってモノトーンなのである。
原因も理由もわからないし、この町の人々が平然として暮らしているのも不思議だ。
「やっぱり誰かに聞くか…」
自分1人であれこれ考えていてもらちがあかない。
「お?そこのにーちゃん随分ボロボロの服着てるじゃねーか、ウチで新しいの買ってかねぇか?」
人通りの多い商店街を歩いていると、突如野太い声に呼び止められる。声の方を見ると洋服屋のような店の前に立っていた、声にぴったりあった風貌のおっさんが目に入ってきた。相当背が高い。2メートルあると言われても誰も疑わないぐらい高い。
「違う違うそいつじゃない、こっちこっち、背低い方!」
ん、ん?
確かに、いかついおっさんは何やら作業をしているから僕に話しかけてきたとは考えにくい。で、背が低い方…っていわれても、周りが人でごった返していて店の一階部分の半分から上しか見えていない状況なので「声の主」は見えない。店に近づくと、
「オレだよ、声かけたの」
「ほえっ⁉︎」
声の主は身長がギリギリ170センチの僕より顔1個半も低い背の、童顔の少年だった。
「おーおー驚いた驚いた。顔と声が合ってないってみんな言うんだよなぁ」
「は、はぁ…」
物凄く野太い。野太い声なのに、顔は童顔。ミスマッチすぎる。
「ちなみにノグロ…あっちにいるいかついおっさんの方は声が高いんだよ。ああでそうそう服だよ服。おーいノグロ、あれ持ってこーい」
「うーす、あれでいいんだな?ハグロ」
背の低い方–––ハグロの饒舌ぶりにも驚きを隠せないが、それより、
高っ!ノグロの声、高っ!
ノグロの声はその無精髭を生やしたいかつい顔のどこからそんな声が出るんだろうと思ってしまうような、無邪気な少年の声だった。世の中いろんな人がいるもんだ…。
そんな事を色々考えている僕を横目で見ながらノグロは店の奥に入っていった。
「ほいよーハグロ」
「サンキューノグロ、ほれ客、こんな服どうだ?」
少ししてノグロが出てきて、同じサイズ、デザインのポロシャツを数着ハグロに渡した。
「どうだ…って言われましても…」
「こっちのは赤を基調としたモノ!情熱の赤!アツいアナタにオススメ!こっちのは黄色を基調としている!輝いてるアナタにはぴったり!こっちのは緑を基調とし…」
「ちょっと待って!」
ハグロの早口のせいで話の中身は頭の中に入ってこなかったが、でも、たしかにさっき、
「赤、って言った…?黄色…って言った?」
「ああ」
……どういう事だ?
今僕の目には、数着あるポロシャツは濃淡の差はあれど全てモノトーンである。そしてハグロの口調からするに、この濃淡の違いを赤黄色緑と区別しているのではない。「情熱の赤」「輝く黄色」緑…は遮ったからわからないが、僕の知る「赤」「黄色」の事を言っている。
という事は、この世界は本当は色が付いているのか?いやそしたら今僕が見ているモノトーンの世界は一体…?
「さてはお主、色が見えておりませぬな?な?」
ハグロからそんな言葉が出てきた。ずいずいと顔を近づけてくる。まあ、背低いから僕の顔には届かないけれど。
「…はい、僕にはこの世界はモノトーンに見えているのですが…」
そうかい…とため息をつき、
「残念だね兄ちゃん、お前はしばらくここから出られないよ」
死刑宣告のようにハグロがそう言った。
「出られない…って、どういう事です?」
「…聖域の試練さ。例えば昔悪事を働いたヤツとか、過去に大切な何かを失った人とかいう自分の過去に向き合えてない人、あとは今現在辛い境遇にある人とか–––そうだな、心のどこかで自分を否定してる人、っていうのかな、そーゆー人にはこの世界がモノトーンになるんだよ」
「–––––––––!」
「そしてこの町の中でその『自分と向き合うこと』だとか『不幸からの打開策』を見つけない限りはこの町からは出られない。この世界はモノトーンのままだ。–––それが、ここ『試練の聖域』なんだ」
––––––僕は今一度、自分の過去、家族と故郷を失った過去、自分だけが生き残ってしまった過去に向き合わなければいけないようだ–––。
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「こちらがお部屋の鍵です〜」
「ありがとう」
「どうぞごゆっくり〜」
日もすっかり暮れ(実際は見てる景色はモノクロなのでその濃淡だけで判断したのだが)、旅の疲れを落とすべく泊まった宿屋にて。
「あんなこと言われたけど……どうしろって言うんだよ…」
小柄な男、ハグロの言葉が頭によぎる。
『お前さんの世界はまだコントラストがはっきりしてるだろ?それが、徐々にはっきりしなくなってくる。だんだん、白と黒の二色だけ–––本当のモノクロの世界になる。それが期限だ。もしそうなったらもう終わりだ、この町から一生出られなくなる』
まあつまり、答えを見つけるのにはタイムリミットがある–––という事だろう。
とりあえずこの町に来てから半日が過ぎているが、視界はこの町に来た時のモノトーンのまま特にはっきりとした変化はない。
1日2日ペースでの遷移、と見て良いだろう。
「–––答え、か…」
僕はその答えを見つけることができるのだろうか…。
コンコンとドアがノックされる。
「はい、どうぞ」
「失礼します、お食事をお持ちしました」
入って来たのは金色の髪の、僕より年下と見える少女。この宿のものであろう、真新しい制服を着ている。
「ああ、ありがとう」
「失礼しました、食器は後ほど取りに参るので廊下に置いておいてください」
早々に部屋を出て行ってしまった。
「無愛想だな………」
………いや、無愛想、ではないな…。
無気力というか何というか、虚ろな目をしていた様に見えた。
「あの子も何かは抱えてるんだろうな…って美味いなこりゃ」
運ばれてきたのはミネストローネ、パスタ、こんがり焼き上がったパン–––のようなもの。
「いやうん確かに美味しいんだけどさぁ…」
のようなもの、とつけたのは。
味は確かにミネストローネだ、味は確かにパスタだ。
ただ、
「このコントラストは確実におかしい」
僕の視界は、色を見分けるまではいかなくても、何となく区別をつけることは出来る。はっきり白と黒に見えるのは本当に白と黒の物だけで、他の色は灰色の濃さで何となく区別がつく(ハグロとノグロの店で見せられたカラフルなシャツで訓練した)
かなり薄い灰色は黄色とか肌色。“黄灰”
ねずみ色に近いのは赤とか橙と言った暖色系“暖灰”。
茶色とか黄土色あたり、あと藍色は限りなく黒に近い灰色に見える“土灰”。
そして、赤系と茶色系の間にある微妙な灰色が、青とか水色、緑などの寒色“寒灰”。
徐々にそれも区別できなくなってくるのだろうけど、今のところはそんな風に見えている。
さて、料理だ。
ミネストローネ、パスタ、パン–––はまあいいか。
ミネストローネ、赤いはず、赤いはずなのに寒灰に見えている。
パスタ、これまた赤いはずなのに黄灰に見えている–––麺に至っては土灰だ。
パンは特に調理しないから正しい灰色で見えている。
「うーん、ここではこれが普通なのかな?」
もんもんとしたまま食事を終え、
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翌朝。
コンコンとドアがノックされる。
「はいどうぞ」
「失礼します〜」
入ってきたのは昨日と違う黒髪の女性。
「こちらが朝食です〜昨晩と同じメニューで申し訳ございません〜」
「ありがとうございます」
「食器は昨晩と同じようにして下さい〜!失礼しました」
「あ、ちょっと待って下さい」
部屋から出て行こうとした女性を止める。
「はい、なんでしょう〜?」
「あなた、昨日カウンターで仕事してませんでしたっけ?チェックインとか」
「はい、そうですが〜」
「カウンターの担当が客室の仕事もするんですか?」
「ええ〜そうです〜。というかこの宿屋には従業員が今2人しかいないので、1日交代でカウンターの仕事と客室+料理やってるんです〜。死ぬ」
「です〜」のやんわり口調は変わらないのになんとなく負のオーラが出ているように感じているのは気のせいか…?
「今客があなた様1人で良かった。2人以上になったら過労死しそうなほどです〜」
「まあまあまあ落ち着いて、すんません呼び止めて。ありがとうございました」
「はい、失礼しました〜」
……ということはつまり、だ。
今部屋に運ばれてきた料理に目を向ける。
昨日と同じメニュー、ミネストローネ、パスタ、パン。
今日は、どのメニューも「正しい灰色」で見えている。
さっきの話からすると客室の業務担当が料理もするみたいだから、昨日の食事は金髪の子が、今日は黒髪の女性が作ったと考えていいのだろう 。
と、いうことはつまり、
「ただ単に昨日の子が料理下手か、もしくは…
色が、見えていない…?
「まあ、味は同じなのになんであんな色になるのかは謎だがな」
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一つ思い出したことがある。
僕の故郷が聖教徒どもに焼き払われたときの事だ。
木々が燃えた。
家が燃えた。
人が燃えた。
いや、表現を変えよう。
木々が燃えていた。
家が燃えていた。
人々が燃えていた。
僕はその日確か剣術の練習に隣町の稽古場へ行っていた。僕はこの町では最強の剣士と言われていて、町の稽古場では物足りないのでわざわざ隣町まで行っていた。この稽古場には僕の他、古くからの友人、もといライバルも一緒に通っていた。
その日も稽古を終え、二人で帰路につく。距離は大体10キロ、稽古後にはなかなか堪える距離だった。
くだらない話をしながら帰る。
はっきり思い出した。
もう日も暮れ、月も出ない新月の夜だというのに、
僕の町が、煌々と明るく光っていたのを。
僕らは青ざめ、最悪のことを考え戦慄し、町まで走った––––最悪の事態でないことを祈りながら。
町に着く。
燃える町、死にゆく人々、阿鼻叫喚の地獄絵図。
僕らは立ち尽くした。
視界に人影が入る。
全身真っ黒の、顔の隠れた長身細身の人間。
疑わずとも解る。
聖教徒だ、と。
–––––––そして、記憶はここでぷつりと途切れる。
どんなに絞り出しても、途切れた先は見当たらず……。
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「……く様。お客様。邪魔ですどいてください」
「え、あ、ごめんなさい!」