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第2話 静寂の理由

 風音が頭に響く。

 自分の足音が、爆音に聞こえる。

 地球が自転している音が聞こえてきそうだ。



 それ程、この国は静か–––いや、無音だった。


 これは僕が旅を初めてちょうど5年になった日に偶然訪れた国だった。


 国名シレンセ。人口は5000人にも満たない、小さな小さな国である。



 …うん、来たのは本当に偶然だった。

 しかも原因はとても下らないこと。


 本来はここより南東に位置する、港町ポートルイスコを目指していた。


 確かに、向かっていたはずだった。

 しかしどうやらこの辺りは霧になりやすいらしく、運悪く僕も霧の餌食になった。当然道も方角もわからなくなる。草原のど真ん中だったのでそこでいつまでも止まってるというわけにもいかなかったので直感だけで歩き続け、


 いつの間にか、僕は道に迷っていた…。




 …まあ何とも情けない話だが、何時までもくよくよしていたってどうしようもないからといって歩きだし、一番近くにあった国がここ、シレンセだったのだ。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 しかし、この国は実に不思議な国である。


 都市部の外見は他の国と大差無いビルが立ち並び、多くの人で溢れている。


 農村部もそうだ。長閑な田園の風景が広がっている。





 外見、は。

 じゃあ、何が違うのさ、と。



 自動車の五月蝿いエンジン音がない。

 機械の駆動音がない。


 果てには、


 人の声さえほとんど無い。



 この国は、静寂に包み込まれているのだ。




 街のいたるところに『雑音を発するなかれ』という旨の立て札が立っている。さっき目にした雑誌にも、『無駄な音を発したら罰金』などと書かれていた。



 静か、と言ったって、人が居ないわけではない。少人数とは言えども、ちゃんと国民はいる。


 ただ、静かなのだ。


 …ん?会話に不自由はないのか?情報の伝達はどうするのか?


 不思議に思った僕は辺りを見回すと、


(ああ、成る程)


 人々は皆、筆談という古式な手段で会話をしていた。魔法…とは少し違うが、テレキネシスを使うという方法もあるはずなのだが、それを使う時にノイズが出るから仕方なく筆談が会話の手段になっているらしい。



 いやいや、それにしたって不便なはずだ。


 この国はいったいなぜ、ここまで無音に拘るのだろうか…。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 僕は街の中心部を抜け、郊外へと出た。




 …さびれている。

 いや、そのレベルじゃない。

 誰も居ない。

 何もない。

 紙にペンを滑らす音も、足音も、鳥のさえずりさえない、完全な静寂に包まれている。


 見渡す限り、崩れかけの廃屋、枯れた木、そして墓標。

 壁には銃弾の跡。

 焼けて草の生えない野原。

 激戦が終わった直後のまま、時間が止まってしまったかのようだった。



 こつん。


「あっ…と……うわぁぁっ!?」


 周りを見回して歩いていると、突然足に何かが当たり転びそうになった。

 叫んだ理由はそれではない。

 体勢を整えてから足に当たったものを見ると、–––

 長年雨風にさらされ、なんとか形がわかるほどにまでボロボロになっている白骨–––頭蓋骨だった。

「あ…え…え…?」

 まさか、と思い辺りの地面を見ると、

「う、そだろ…」

 辺り一帯、同じ様な白骨死体がゴロゴロと転がっていた。服を着ているものとか帽子を被ったものもあったが、ずっと野晒しにされて風化されているのは一目でわかる。




 僕がこの景色に唖然していたその時、背後から誰かの足音が聞こえた。



『お主、旅人か』



 振り返って見えたのは、紙にしっかりとした字でかかれた、その文字だった。


 そこに居たのは一人の老人だった。杖をつき、顎鬚を長くのばした白髪の、いかにもこの国の歴史を見てきたという風貌の老人–––老紳士だった。



『ええ』


 僕も声を出すのはためらわれたので紙に書いて返答する。さっきつい叫んでしまったのは仕方ないと思って頂きたい。


『そうかそうか。この景色、驚いただろう?』


 静かに音を一切発さずに笑いながら、そう書いた紙を見せてくる。


『はい。この町、一体以前何があったんですか?何故こんなに静かなのですか?』



 老人は顔を顰め、難しい顔をしたあと、とうとう口を開いた。


「...この町の過去に興味があるか?」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 30年程前、第三次世界大戦が勃発した。

 きっかけは2人の異なる宗教の神父のけんかだった。その神父たちがいた場所、そして第三次世界大戦の主戦場となったのが、ここシレンセだったのだ。

 毎日毎日空襲がき、爆撃機の音が国を満たした。

 本来人を救うためにあるはずの魔法や科学も、無情・冷血な殺戮兵器へと変貌してしまった。


 多くの人が重傷を負い、もっと多くの人々が死んでいった。

 –––結局、最後にはこの国は焼け野原になり、負けた。



 終戦後、シレンセは恐ろしいほどのスピードで国を復興させていった。ガスを、水道を、電気を整備し、他国と比べても劣らない街を作った。


 しかし、国の一部だけはわざと復興を進めなかった。



 それが、ここだ。


 戦争勃発の原因となった国なのに、戦争の主戦場となったこの国なのに、その国シレンセの国民なのに、それを忘れていい暮らしをしてていいのか–––そう、当時の国王がそう提唱したらしい。



 せめて戦争の悲惨さを忘れないためにも、そしてそれを後世まで受け継がせるためにも、とあえてこの場所–––シレンセで一番被害が大きかったここを、一切人の手を加えず、復興させずに保存しているのだ。


 そして、心を落ち着かせ朗らかに暮らすため、毎週末、一切雑音を出さない「静寂の日」を制定したのだ。


 お主は、ちょうど「静寂の日」にここに来たのだ––––––。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 その老人がそう話し終えると、僕を真っ直ぐ見詰めて、最後にこう言った。


「この事実を知る物は、もう儂以外居ない。

 こうして人に話したのも、初めてじゃ。儂はもう先が短い人間だ。そなたは旅人と申したな。なら、この話を、色々な人に話して回ってほしい。もう、醜い争いを二度と繰り返さない為にも、な」




 僕は静かに深く頷き、もう一度この景色を見回し、目に焼き付けてから、その場を立ち去った。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 人々は争う。

 醜く、情けない。

 でも、それに気付かずに争い続ける。

 五月蝿く叫び、怒り、暴れる。

 そして、争いが終わってから、人々は自分の行いを反省する。

 静かに静かに、反省する。





 –––もしかしたら、


「静寂」があるからこそ、

 この世界は戦乱と平静のバランスを保てるのかも知れない–––。

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