第1話 崩壊
八月六日
『帝国軍の大虐殺 一般市民200名以上死亡』
今日未明、我が国アゼロニアの帝国軍が今月三度目にもなるホロコースト(大虐殺)を実施した。今回殺害された市民は、我が国の国王を批判する市民団体の約200人で。帝国軍は今回のホロコーストについて、「我々は我々の正義を貫いたまでだ。この国を素晴らしいものにするための、最善の方法だ」と述べた。
(八月某日、帝国新聞より抜粋)
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それは確か暑い–––いや熱いと言っても過言では無いだろう–––夏の日だったと思う。
旅人である僕、ハーバルト=セインは、大陸のほぼど真ん中にある国「大アゼロニア帝国」を訪れていた。
僕はつい昨日まで氷で覆われた極寒の地にいたから、この暑さはかなり身体にこたえるものだ。
さてここ大アゼロニア帝国は、世界で唯一の帝国主義の国であり、「花の国ローザリア」や「孤島国マーニャ」など数多くの国々を支配している。また、国王の命令が絶対の絶対王政の国でもあり、この国の国民の大半は国王の命令に苦しめられているという闇もある。
今僕がいる酒場でも、国王の我が儘の話題でもちきりである。
「まーた国王の無茶振りだよ!!もうやってられっかっつーの」
男が半ギレでそう言い、ジョッキをテーブルに叩きつけた。
「おいおい落ち着け、でもまあ20時間労働で休憩が5分だもんなあ...絶対狂ってる」
横に座っていた店主が男を宥める。
「君達も国王に直接訴えりゃいいのに」
「バカ何を言う!」
男がガタガタっと音を立てて立ち上がる。
「こないだの新聞見てないのか!?またホロコーストあったんだぞ!?国王に歯向かい何てしたら、
俺らだって殺されちまう!!」
「えと、ちょっとすんません…いいっすか…?」
熱を帯びてきた二人の会話に僕は口を挟んだ。
「「んあ?」」
「えーとですね、、」
「あーー…、、、」
今の会話を聞いていて訊きたい事があったから話しかけたのだが、いざ口に出そうとすると頭の中が真っ白になってしまうのが僕の悪いクセだ。
まあとりあえず。
「僕旅人でこの国についさっき来たばかりなんですけど、『またホロコーストあった』って言ってましたけど、またってことは大虐殺が以前にもあったと…?」
「ああそうだよ。もう指の数じゃ足らねえ程な」
優に十回は超えているということか...。
大虐殺なんて残酷なことがそんなに頻繁にあってはならないのに...。
「今回は市民団体だけで済んだけど、前は地区丸ごと一掃されたこともあったよな」
「それは国王の勅令で?」
「ああ当然だ。この国で軍を動かせんのは王しかいねぇんだ」
惨い...。
「それは何時頃から?」
「もうかれこれ2,3年は経ったっけかな...」
長い。長すぎる。
その間に何百人何千人という命が理不尽に奪われていたと考えるだけでもう鳥肌が立ってくる。
「つーかいいからもうそろそろホント虐殺は止めて欲しいよなぁ」
「だからそう言うならあんたも直に不満言いに行きゃいいいだろ」
「俺はまだ死にたくねえ!」
再び男と店主がヒートアップしてきたので、僕はそそくさとその場から立ち去った。
「...…まあ、こうなってから国の財政が安定してきたのは確かだからな...一概に国王が悪いとは言えねぇんだよなぁ……」
店を出る直前に店主が呟いたのを僕は確かに聞いた。
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王の政策に不満を言っただけで処刑。
恐ろしい話である。
僕は今までの旅で、言論を統制されている国に幾つも立ち寄ったが、大虐殺を行うほど過激な国は初めてである。
……これはきっと、何かがある…
僕は直感的にそう感じた。
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宿屋へ向かう途中。
それを僕は早くも目撃してしまった。
『抵抗するな!この団体全員、トラックに乗り込め!』
拡声器越しに聞こえてくる、威圧感のある声。恐らく帝国軍のものであろう。
「あっ…!」
僕は息を飲んだ。
喋っていた軍人の足元に、恐らく見せしめになってしまったのであろう、少年の骸が転がっていた。
「お、おいっ!!」
震える声で僕は帝国軍へと近付いて行った。
「何だ平民風情が。気安く近付くんじゃねーよ!」
バシィっと、軍人が持っていたライフルの銃身で胴を叩かれる。
『早く出てこないと次の見せしめを殺すぞ!60数える間に出てこい!』
さっきのとは別の声が、近くにあった教会に向かって怒鳴りつけていた。左足でその「見せしめ」とおぼしき人をグリグリと踏みつけ、右手に持った機関銃を額のあたりに突き付ける。
残虐過ぎる。
『59!58!57!56…』
カウントダウンが始まる。
あの教会の中にホロコーストの対象–––恐らく国王の政策を批判した人達が籠城しているのだろう。
『……6!5!4!3!2!…』
彼らの最後–––最期の抵抗、最期の足掻きなのだろう、軍のカウントが1になるその瞬間まで教会からは誰も出てこなかった。
『ゼロ!』
その瞬間ガチャンと南京錠の開く音がし、一番正面の扉から顔面蒼白になっている青年が出てきた。
「おい、他の奴等は」
「か、はっ…!」
踏みつけていた「見せしめ」を軍人が解放し、今度は青年に問い詰めた。
首をがっしり掴み、言わなければ殺すと言わんばかりの威圧感を放って。
「な…中にはあとっ…13人いる…!今か…ら…出てくる…は、ずだ…」
苦しそうに顔をゆがめながら答えるその青年を僕は見ていられなくなった…。
青年の言った通りすぐに建物の中から人がぞろぞろ出てきて、それを帝国軍の連中がトラックに荷物のように「積み入れていく」様子を、僕はただ黙って見ていることしかできなかった。
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八月九日
『国王死去 ストレスが原因か』
八月九日明朝、我が国の国王がお亡くなりになられた。死因はストレスによる急性心臓機能不全(心不全)とみられる。「昨晩迄は元気でおられたのに」と王室の方々は悲嘆に暮れている。
故国王のお世継ぎは故国王の息子になる模様。………
(八月九日 帝国新聞より一部抜粋)
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本当に突然だった。
僕がこの国に滞在して3日目、突然国王が死んだ。
人が一人死んだというのに、いや、人一人―それも国王が死んだから、国内はお祭り騒ぎになっていた。
「20時間労働から解放だ!!!!」
「やっとくたばったか!国王めが!!」
「明日から私たちは自由なのね…!」
「ああ、やっとこの国に平和が…!」
この国では、国の全ての実権を国王が掌握していた。
商工業から、戦争まで、全てを。
しかし国王の亡き今、生前に国王が決めた理不尽な、非人道的な国民の制約は解かれたのだ。
広場では人々は躍り狂い、
工場では歓喜の声が響き渡り、
国民皆が笑顔を取り戻した瞬間だった。
…そう、「瞬間」だった…。
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翌日、全てが崩れた。
国内が悲鳴で満ちた。
昨日の歓喜が嘘だったかの様に。
この国では、全ての実権を国王が掌握していた。
国王たった一人が掌握していた。
国王一人しか掌握していなかった。
その、たった一人が死んだ。
貿易の方法を知る者は居ない。
他国から攻められても、軍を動かせない。
果てには、国内でも土地や金を巡って内乱が始まった。
今まで国民を苦しめていた国王が死に、そのせいで国内はたったの1日で荒れてしまった。
国王の重臣は言った。
––––––国王は最期、狂っていた。
国王はこの国の全てを掌握していた。誰の協力も得ず、1人で、全て。
色々な人と接し、色々な人と争い、色々な国と戦い、色々な人を処し–––、。
国王の努力によって、かつては経済が危うかったこの国は安定した。
しかし、国王は頑張りすぎた。
世界の、人の闇を見過ぎた。
そして、国王は誰も信じなくなった。
理不尽な制約、反乱する者の処刑、全ては人間不信のせいだった。
だから、私は国王を責められない––––––と。
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きっとどんな所にも、
誰にどんなに理不尽と思われても、
どんなに嫌われようと命令を出し続ける人がいる。
従う人々は、命令を出す人々の真意を、血の滲むような努力を、一切考えずに歯向かい、彼等を殺してしまう。
その結果がこれだ。
–––己の身を、心を削ってまでして平静を保とうとする者がいて、反乱し抵抗し、反感を持ちつつも、仕方なくでもそれに従う者がいる。
だからこそ、この世界は崩れずに保てているのかもしれない–––。