表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

2話

まず結論を言うと、結局、世界は僕が死ぬことを許してはくれなかった。

理由は知らない。きっと誰にもわからない、というか誰にこんな怪奇で悪趣味な話をしろというのか。朝起きて、支度して、家を出て、電車にはねられて、気がついたらその日が全てリセットされているだなんて、信じる奴の脳内を覗いてみたい。というより僕も半信半疑だが、なんせ自分の身に降りかかってきた事態なので黙ってそれを受け取るしかなかった。いや、この非日常に圧倒されているというべきか。とにかく列車にはねられることには成功したはずなのだが、その後結局また6月23日の朝、それも毎回同じ時間に目が覚めて、毎回同じタイミングで彼女から送られてくるクッキーメールに驚いてスマホを落とす(画面はやっぱり割れていない)ので、ここまでがどうやらテンプレ化をしているらしい。そこまでこの世界は完璧に構成されているのか、となんだか感心を覚える。


結局死に損ねた日陰者の僕は、今日は大学を休むことにした。講義など受けられる状態ではない。しかし無断で休めば夏目が不機嫌になるのは目に見えていたので、彼女にもそれを伝えた。勿論本当のことは伝えていない、伝えるわけがない、というか伝えられない。こんなことを言えばきっとあいつは真剣に話を聞き心配してくれるだろうが、そっちの方がきっと面倒である。今までも、あいつのお節介に助けられるよりは、振り回される方が多かった。


息を腹の底から深く吸い込み、はあ、と大きなため息。どうも疲れた。肉体的というより、精神的に。それもそのはず、僕の体感ではもう6月23日を7回も経験していることになり、そうなると4回も列車に飛び込んだことになる上、首をつったり、動脈をナイフで切ったりと他のやり方で試しても無駄だったのだから、疲れが出るのは至極当たり前である。僕はベットの上へ勢い良く倒れこんだ。微かに響くキシキシという金属の音。いや、精神的に疲れたっていうのもよく考えればなんだかおかしな話だ。もう僕はとっくに神経衰弱しきっていたのに。

ふと天井と目が合う。天井は今日も、つまらなそうな白をしていた。


僕は、確かに非日常的空間に憧れていた。世の中の人なら一度でも、タイムマシンに乗りたいだとか、パラレルワールドへ行きたいだとか、そんな願望を抱いたことがあると思う。特に僕の場合はそれが顕著で、小学生の頃なんかはSF映画に浸り、常日頃妄想力を爆発させていた。その影響が少なからずあったのか、僕は今理系の大学に通っている。しかし、こんな非日常は初めてだ。想像すらしたことがなかった。死ぬことが、できない。その仕組みはわからないがとにかく、死ねない。人類が今まで最も憎み、嫌悪し、そして恐れてきた死という概念に、僕は触れることすら叶わない。これは夢だと思って頬をつねってみても、結局痛覚は機能する。非現実な出来事には数年前にも遭遇したが、あの時よりももっとずっとこっちの方が、サイエンス•フィクション的だ。しかし、こんなにありがた迷惑な話も中々無いだろう。僕は一刻も早くこの世界から姿を消してしまいたいのに。それが二年前、あの事件以来密かに心にとどめてきた、ただ一つの願望だったのに。


すっかりぐしゃぐしゃになった思考回路を休めるために、僕はのっそりとベットから起き上がってキッチンへ向かった。ぴかぴかのシンク、油のシミひとつないガス台、伽藍堂な冷蔵庫。一人暮らしにはかなり贅沢なキッチンなのだが、残念なことにほとんど家事をしないので、この空間だけ生活感の欠片もない。僕はおもむろに珈琲のパックを取り出して、ポットからゆっくりお湯を注いだ。深く香ばしい匂いが鼻をつつく。所詮貧乏学生が厚みのない財布と睨み合ったとして、専用の機械やら豆やらを手に入れられるわけもないのだが、僕はこのままで十分満足だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ