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1話

心地よい夢がふっと終わりを告げ、途端、目の前を迷子のようにうろちょろと漂う光の存在に気づく。どうやらカーテンの外で穏やかな眩しさが朝を知らせてくれていたようで、そのどこか懐かしいぬくもりをいつまでも身にまとっていたい、と思いながら、僕は毛布を頭まで深く被り、縮こまった。気持ちの良い朝だ。こんなのは久しぶりかもしれない。

まどろんだ意識の中、僕は毎日毎朝、おとなしく学校へ行くか、それともこのまま二度目の眠りに落ちるか、かなり真剣に悩む。幸い思考を巡らせているうちにいつも正気に戻り、布団から飛び起きてせっせと朝支度をはじめるが、今回もその例に漏れず、いつの間にか目を覚ました僕の意識が朝を認識して、ゆっくりと活動を開始させていた。そっとまぶたを開け、そのまま緩やかに時計の針を見やると、なんと、目覚ましが何故か止まっている。そして、時計は平然と遅刻確定の時刻をさしていた。思わず毛布を蹴って飛び起きる。いつもならもうこの時間には家を出て駅へ向かっているのに。思考もままならない中、急ぎ足で洗面所へ向かおうとした。



「あれ? 」



ふいに出した間抜けな声が部屋に響き、壁に染み込む。突然、言い知れぬ違和感。この部屋に、時間に、僕に、全てに違和感。そして次の瞬間、急に目眩のような何かが襲いかかってきて、僕はその場にうずくまった。「デジャブ」というか、なんというか、いや、僕は一度だってその感覚を体験したことはなかったが、何の迷いも疑いもなくはっきりとこれこそが「デジャブ」なのだと自覚できるほど不可思議な何かを今、強烈に味わっている。

そしてそれはふと、気まぐれに僕の頭の中へ降りかかった。そうだ、そういえば、



「僕って、死んだんじゃないのか? 」



脳みそが嫌な音を立てて回転する。あれは夢か? いや、確かに、確かにあの日、僕は朝起きて、駅へ急いで、線路へ飛び込んで、それで、



「死んだ、のに」



もう訳がわからなくなっていた。死んだはずが、死んでなくて、僕は、生きている? そんな滑稽な、勘弁してくれ。もしかしたら全部悪い夢なのだろうか。 実はこれも夢か。

僕は、轢かれた。轢死。れきし。それはそれは見事なマグロになって、ネットニュースの話題の種となり、小さな記事に事故車両と僕の名前が並ぶ。それを当たり前のように人々は受け流し、当たり前のこととして今日が息をする。しかし今僕は、当然といえば当然のごとく、きちんと正常な肉体をしていて、生々しい事故を物語るものも、勿論血の跡など、どこにもない。いつも通りの、僕の部屋で、いつも通りの、僕だ。

事態の恐ろしさに今すぐトイレに駆け込んで胃液から何から吐いてしまいたい衝動を抑え、僕は恐る恐る今日の日付を確認した。



6月23日



それは、あの特急列車に飛び込んだ時と同じ日付だった。

さっぱりわからない。あの日奇跡的に命からがら助かったのだろうか? それなら何故日付が戻っているんだ、おかしい……おかしい。

嫌な汗が全身からふきだしてくる。ただ僕はこの奇妙に茫然としていた。



その時。



ピロリロリン



「っ!?!? 」



僕は日付を確認するために手に持ったスマホが突然声をあげたことにとにかくびっくりして、思わず手から離した。それはもうすごい音でフローリングに激突していたが画面は割れていないようでホッとする。もし仮に、今ドッキリなんかされてみたらきっと僕は心不全であの世へ直行するだろう。

壊れるところだったスマホをそっといたわりながらメールボックスを開くと、それは彼女からだった。



『今日ね、昨日作ったクッキー持ってきたから、講義終わったら隼人くんに渡しにいくね!


夏目』



その間抜けな文体と内容の薄さに苛立ちを覚えた。全くはた迷惑な幼馴染だ、と消化不良の感情をすべて彼女に擦り付ける。今はもうクッキーどころじゃないんだ。あんな甘ったるい物を食べたらますます気分が悪くなって、元から不衛生だった精神がますます異常をきたし始めそうだ。いや、もしかしたら僕はもうとっくに異常者で、この世界も僕が見ている幻想なのかもしれない。そう考えれば考えるほどその考えが今の状況にぴったりと、それこそパズルのピースの様に当てはまっている気がして、なんだかもう笑えてくる。僕は一体全体、どうしてしまったんだろうか。それとも、この世界がおかしくなってしまったんだろうか。何にせよ、僕はもうこんな世界でクッキーを食べたいとも思えなくなるほどに疲弊し、擦り切れていた。だからあの日僕は飛び込んだ。振り出しに戻ろうが、僕のやることはただ一つ。

もう一度やり直すだけだ。今日を、最初から。




そして、僕は家を出た。今度はプリンを平らげて、部屋の電気も消した。


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