表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集 窓の向こうの四季を見つめて

まだ、夜は明けない。

作者: 翠霞

 冬は、日が短い。

 やっと夜が明けたと思うと、いつの間にか日が暮れている。


 朝早く、蛍光灯の白い光に満たされた家を出る。いつもと同じ靴を履き、玄関のドアを開けると、夜だった。マンションの廊下は明るいが、手すりの向こうは真っ暗である。空の色は濃紺、その中に、街灯のオレンジの光が浮いている。早朝なので、道路を走っている車は少ない。空気は冷たく澄んでいて、青白い月が綺麗だ。

 真っ暗ではあるが、空は、あの吸い込まれるような黒々とした濃紺ではない。さらさらとなめらかな、そしてどこか気品のある深い色だ。東の山の方を見ると、山の連なりの向こうの空がかすかに赤い。山の向こうでは、すでに日が昇っているのかもしれない。

 太陽が見えるのには時間がかかるが、街が明るくなるのは早い。駅に着くころには、街は、青い薄闇に包まれていた。車の少ない静けさと、青い空気に満たされた街に、あのオレンジの光は無粋だと思う。夜明けも、日没も、言葉から受ける印象はオレンジ色だ。しかし、実際の夜明けは、空の青が薄くなったところに、オレンジに光る太陽が昇っていくことを言う。青白く眠っていた世界に、太陽が目覚めの光を与えるのだ。オレンジのあたたかい光を嫌うわけではないが、あの街灯が、青白い街の美しさを、そして目覚めていく感動を、奪ってしまっているように思えてならない。

 少しずつ、青い闇は薄くなっていく。電車を降りた時には、言葉には収まらない何かを秘めた空気の青さは、光によって随分薄まっていた。街は、少しずつ目覚める。窓からは部屋の明かりが漏れ、朝のあわただしい活動が増えてくる。山の向こうが、色が分からないほど明るい。もう少ししたら、あの山から太陽が顔を出すのだろう。そうすれば、この夜明け前の一瞬の感動も失われてしまう。今日もまた、いつもと同じ、あわただしい一日が始まるのだ。そして日が暮れ、夜を越え、夜明けを待ちながら家を出る。冬の寒さの中でしか成り立たない一日。もうすぐ、冬が終わる。冷たく澄んでいた空気はかすみ始め、太陽はあたたかみを増していく。そして、春が訪れ、桜が咲く。また終わってしまうのだと、感傷に浸る暇もなく、目的地についてしまった。見慣れた顔が横を通り過ぎていく。見慣れた人が門のそばに立っている。それらは皆、夜明け前の感傷から、人を現実へ連れ戻す者たち。嫌でも世界は回り、春は訪れるけれども、最後の抵抗なのか、なかなか太陽は昇ってこなかった。


 まだ、夜は明けない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ