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染色される少女

作者: 綾桐悠希

 少女は透明でなくてはならない。体は勿論の事、声も、瞳も、少女を形作る全ては透き通っていなくてはならない。なぜなら少女に色を宿すのは、血の繋がりがある兄の役割だからだ。

 これから先、軽薄な男と重ねるかもしれない口唇、女の事しか頭にない男の手を繋ぐかもしれない手、絡めるかもしれない指。少女の美しい体の一部が穢される可能性を考えるだけで、松実朝人は気が狂いそうになるのだ。

 だから。

 完全に自分の精神が崩壊する前に、少女をリセットできなくなる前に、永遠の美しさを保つ処理をしなくては。

 彼は真面目である。幼い頃から勉強一筋で、それは高校に入っても変わらなかった。

 朝人は小学生の頃、得意科目だった理科の授業で骨格標本に興味を持った。そして現在に至るまで一つの、秘めやで細やかで、けれどしっかりとした輪郭を持つ欲望を持ち続けている。

 〈自分の手で人間の骨格標本を〉

 朝人は素直で頑な、純で邪で、輝かしく昏い欲求を抱えながら、平坦な毎日を、ありふれた学校生活を、生真面目に歩んでいた。

 彼の家は大変厳しく、高校にあがるまではパソコンを使う事は疎か、携帯の所持すら許されていなかった。進学祝いだと言って両親が携帯を与えてくれた時は、どれだけ嬉しかった事だろう。それまで友人と学校以外で連絡を取る事は不可能だったから、朝人は心の底から喜んだ。両親に感謝もした。

 けれど高校でクラスメイトとアドレスの交換をしても、ボタン一つで簡単に切れてしまう縁に意味を見出せなかった。

 薄い遣り取りではなく、僕にはもっと大切なものがあるーー。

「朝にい、何してんの?」

「う、後ろから話しかけんなよ、驚くだろ」

 慌てて端末をポケットに突っ込み、妹の日向を振り返る。画面には〈透明骨格標本の作り方〉というタイトルが表示されていたが、少女は気づかなかったようだ。気づいたとしても、意味は判らないだろう。

「朝にい、最近ずっと画面見てるよね。目、疲れないの?」

「まぁ、慣れだよ。でも最近、少し眠りが浅くなったな」

「ふうん」

 年頃の兄がこそこそとネットに繋いでいれば、妹としては公序良俗に反するサイトでも見ているのではないかと邪推してもよさそうなものだが、日向は思いつきもしないらしい。尤も少女の年齢はまだ十五にも届いていないから、当たり前と言えばそうだ。

 どこまでも純粋で自分の望む水のような日向に、朝人は満足そうに小さく頷く。

 あと五年。それまで少女に余計な虫がつかぬよう、しっかりと見ていよう。彼は妹の柔らかな髪を撫でながら、未来を夢見る。

 日向は当然一人だ。この世でたった一人の、自分の妹。

 失敗は許されない。それまでに魚や動物で練習を重ね、完璧な標本を作れるようにしなくては。

 まだ小学生になって三年しか経っていない少女は、兄の掌の下で不思議そうに瞬いた。

初めて透明骨格標本に出会ったとき、こんなに綺麗なものがあっていいのかと思いました。展示会会場が東京になく、あったとしても小規模なのが残念でなりません。




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