第七話 緊張の糸
助けに来たのは同じく森にいたあの人。
青年ユエ・アルフォースは、つまらなさそうに狼達を一瞥すると、座り込んだハルティアに視線を移す。
「大丈夫かな?」ユエは座り込んだままのハルティアに手を差し出した。
ハルティアは突然現れた彼に驚きつつ、差し出された手をつかみ急いで立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。あの、あなたは………きゃっ」
「おっと」ユエはハルティアを引き寄せ、突進してきた狼を剣で斬り伏せる。
「予想以上に……凄い数だな」
整った顔を気怠げに歪め、ハルティアを抱いたまま、寄ってきた狼を斬る。ヒュンという音を鳴り響かせ、ユエは狼の中を踊るように剣を振るう。
ユエの厚い胸板に押し付けられたハルティアは、気怠げに剣を振るう彼の顔を見て、頬を染めた。
男の人なのに、なんて綺麗な人なんだろう。見た目が異常な程良い友人達で見慣れた彼女の目をも、ユエの容姿は魅了する。男なのがもったいないなと、ハルティアは場違いな感想を胸に抱いた。
「すまないね、派手に動き回ってしまって」
ぼーっとするハルティアを別の意味に捉えたのか、ユエは剣を構えたまま、彼女に謝る。我に返ったハルティアは、首を振りながら、慌てて彼と距離を取った。
いけない、いけない。ハルティアはパンパンと自分の頬を手で打ち、改めて彼を見上げる。
騎士の人、じゃないのかな? ティルフォンで見かける騎士とは違い、彼が白いコートを着ただけで、鎧を纏っていなかったので、彼女は反射的にそう思った。
「いやあああ!」アンネの絶叫が轟き、ハルティアの顔が再び張り詰める。すぐさまアンネの元へ走り出そうとする彼女の肩をユエが掴み、「大丈夫だ」と言った。
その言葉と同時に、アンネを襲おうとした狼が、リュキアの回し蹴りによって、吹き飛ばされた。
「恐かったね。もう大丈夫だよ」リュキアは優しく声を掛けながら、優しくアンネを抱っこする。
「君達、大丈夫かい!?」 レルネを伴ったファウマが、メアとミユの元に駆け寄った。レルネは狼で埋め尽くされた辺り一面を見回し、「うわぁ」と顔を歪める。
ミユとメアは予期せぬ救世主に、目を丸める。ファウマは怪我をしたメアを見るなり、血相を変えた。
「ひどい傷だ……来るのが遅れて、申し訳ない」
「い、いや……かすり傷なんで、全然平気です」
メアは面食らいながら首を振るが、その真っ赤に濡れる肩を見れば、平気でないことは一目瞭然だ。 ファウマは懐から包帯を取り出すと簡単に止血をし、二人に付いてくるよう促した。
「メア、無事か!?」カロンに無理矢理連れてこられたリュウトが、ファウマに連れられてきたメアに駆け寄る。メアは大丈夫だと言い、周りを見回した。
「彼がこの辺りに結界を張ったから、狼は近付いてこない」
ファウマがカロンを指して、彼女達を安心させるように言う。アンネとハルティアもリュキアに伴われてやってくると、ファウマは彼女達を見回し、「ここにいてくれ」と頼んだ。
「え、でも……」踵を返す彼らに、ハルティアは戸惑ったような声を掛ける。隣にいたメアも肩を押さえつつ、戦場に舞い戻ろうとするファウマを呼び止めた。
「待って、あたし達も戦える!」メアの言葉を肯定するように、リュウトも続いた。
「守られるのは性に合わない。狼共への礼もまだだしな」
ギロッと狼を睨みつける彼の視線に、何故かレルネが身を震わせた。やられたら、きっちり礼をする。殺気立つメア達に、ファウマが困ったように眉根を寄せた。
ファウマが口を開くよりも先に、 傍観していたカロンがフンと鼻を鳴らした。
「さっきまでやられていた奴らが何を言う。怪我人がいれば、狼共がさらに興奮して厄介になるだろう。お前らがいても邪魔なだけだ」
正論で、バッサリ切り捨てる彼に、メアは何も言い返せない。悔しそうに彼を睨むメアを見て、ファウマが「言いすぎだろう」と窘めた。
戻ってきたリュキアがメア達に優しげな笑みを向ける。
「ごめんね、口の悪い男で。魔物を討伐するのは私達の仕事だから、君達はここでゆっくり、休んでいて」
言うなり、リュキア達は狼の群れの中に戻っていった。彼らがずっと戦い続けていたユエと合流するなり、狼がどんどん地面に倒れていった。
「市民もいるんだ、あまり大きな術は使うなよ、カロン!」
ファウマの注意の後、轟音と青い火柱が狼の群れを焼く。 あれだけ苦戦した狼が次々と倒されていくのを、メア達は唖然と見守った。
それからものの数十分後。広場にひしめいていた狼達は、きれいさっぱりと一掃された。
狼の死体を焼くカロンの隣、レルネはフウっと息を吐き、血の付いた剣にもたれるようにして座った、。
「つかれたぁ~! なんだったんだろう、あの異常な数……」
うんざりと零す彼にリュキアも同意を示す。
「確かに、あの数は異常だったね。……やはり、先程のあれのせいでしょうか?」
ファウマは頷き、死体で溢れた広場を見回した。
「だろうな。仲間の死臭を嗅いで、本来この辺りにいない狼の群れも合流してきたんだろうね。…………でも、死人がでなくて本当に良かった」
ファウマはメア達の方へ顔を向けて微笑む。唖然とする彼女達へ近付き、「終わったよ」と声をかけた。
「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
ハルティアがファウマ達に向かって深く頭を下げる。にこっと彼女が笑うと、照れたレルネが胸を張った。「いやいや。それほどでも」
「お前は、ほとんど休んでいただろうがっ」調子づく彼の頭をカロンが叩いた。
ハルティアに促され、メアとリュウトも若干渋々ながらもそれぞれお礼を言った。
「ありがとう、ございましたあ」ミユはお礼を言ったあと、じっとファウマ達を見つめた。静かな緑の双眸は、何処か探るような眼差しだ。
「どうかしたのかな? お嬢さん」
彼女の視線に気がついたユエが、声を掛ける。ミユはちらりとユエを見ると、愛想のいい笑みを浮かべた。
「いえね? なんでこんな田舎の方のしかも、森の奥地に高名な"聖騎士様"ご一行がいらっしゃるのかなあと不思議に思いまして」
若干の敵意を含んだ声に、死体を焼いていたカロンが眉を顰めて振り返った。彼が何か言う前に、ハルティアが驚きの声をあげる。
「え、聖騎士!? この人達が?」
「うん、そだよ~。ほら」ミユは手前にいたファウマの、白いコートの胸の辺りを指差す。 そこには、太陽の紋が刻まれた銀色のバッチがあった。
国最強の聖騎士の証しであるそのバッジを見たハルティアは、目を丸くした。まさか、かの有名な聖騎士と出会う日がくるとは! 感動するハルティアとは反対に、メアは嫌な予感に顔を曇らせる。
「んで? なぜに聖騎士様がたがこんな所へ?」
ミユは再び笑顔で聞くが、その目はメアと同じく警戒の光を灯していた。
リュキアがフッと笑って、警戒する二人を見回した。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私達は、ちょっとした用でこの先にあるティルフォンへ向かう途中なんだ」
安心させようと言った言葉は、ハルティアの顔も強張らせた。そのちょっとした用の内容がわかったからだ。メアはぎりっと肩を押さえる手の力を強めた。
ミユは「へえ」と相槌を打ち、顔色一つ変えずに、首を傾げた。
「へえ。ちょっとした用ですか。それってなんですかぁ?」
「お前達には関係が無いことだ。騎士の用に、子供が無闇に詮索をするな」
痺れを切らしたのか、カロンが面倒くさそうに会話を切り上げようと口を挟んだ。しかし、ミユは唇の端を持ち上げ、ニッと笑った。
「つまり、詮索をされては困る内容と? いや〜、流石は騎士様方だ。苦労されているようで」
カロンがムッとしたようにミユを睨むと、レルネが慌てて会話に参加した。
「別に怪しいことをしようってわけじゃないよ? ただ、少々危険な任務だから一般人に言えるようなことじゃないんだ。ごめんね」
「えー、でも」会話を続けようとしたミユを、とリュウトが溜め息と共に止めた。
「騎士達を困らせるのもそれくらいにしろ。どうせ、お前も事情は知っているんだろう?」
途端、ミユはあっけらかんとした顔で悪びれもなく頷いた。
「うん、もちろん。ソフィーさんの護衛で来たんですよね? お疲れ様で~す」
ポカンとしたカロンは、自分達がからかわれていたことに気づくと、拳をぎりっと握りしめた。レルネが今にもその拳を振いそうな彼を必死に宥める。その目の前で、彼を怒らせた当の本人はその様子を見て肩を震わせて笑うのだった。
性悪め……。リュウトは深く溜め息を吐いた。彼も騎士にはいい感情を持っていないが、やり過ぎだと思った。普段こういうことを止める役であるハルティアは、緊張のため、固まったままだ。
ソフィア様の知り合いか?……なぜ、護衛のことを知っている?
リュキアは睨みつけるように、こちらを見てくるメアを不思議そうに見る。秘密事項である都までの護衛のことを知っているとなると、ただの子供というわけじゃないのだろうか。
ファウマも同じ考えらしく、探るような視線を彼女達に向けている。
騎士と少女達は押し黙り、ピンっと、広場に再び緊張の糸が張られた。そんな広場近く、斜面の上では、二つの人影が息を殺して彼らをじっと観察していた。