第四話 はた迷惑な決定
主人公の仲間達登場
テトラとの騒動から二日。年季が入った教室にアクアの憂鬱そうな溜め息が響く。その一件からテトラが口をきいてくれないのが原因だ。
「ん~? あーさん、まぁた嫌な予感でもしたの?」
茶色がかった長い黒髪をツインテールにした少女が丸いうすい緑の双眸で、彼女の横顔を伺う。心配よりからかうような口調だ。
「うん、そうなんだよ。なんか、厄介ごとが舞い込んできそうな予感が……」
テトラと喧嘩したことでショックを受けていることを歳上の威厳的な問題で言いたくなかったアクアは、嘘を吐く。それに気付くこともなく、相手の少女は腕を組み、したり顔で頷いた。
「あーさんは、面倒ごとに巻き込まれる運命にあるんだからしょうがないねぇ。もう諦めちゃいなよ〜」
「やかましい! 君もどうせ巻き込まれるんでしょーがっ」
「今度こそは逃れてみせましょーぅ」
「薄情者っ」
面白そうに言う少女の頭を平手で殴り、アクアは机に突っ伏した。
「ああ~。なぜに私は平穏な生活を送れないんだあ~っ」
「なにを今更」
叩かれた少女、ミユ・エイジェスは呆れたように言った。
そんな二人のやり取りをクスクスと笑いながら見ていた薄桃色の髪の少女、ハルティア・スイートピーが同情するように突っ伏したアクアの肩に手を置く。
「とかいいながら、結局は助けちゃうんだよね~。アクアは」
「馬鹿だよねえ~」
ミユとハルティアはお互い頷き合うと、声をあげて笑い出した。二人とはよく、騒動に巻き込まれたアクアに巻き込まれたり、助けたりしている仲である。
「あぁ、でも。この前のモグラ退治みたいな事は勘弁して欲しいなぁ」
ハルティアの言葉にミユもああと返す。
「大量発生して、巣ごと潰したもんねえ。あれは厄介だった」
思い出話をしながらのほほんと笑う二人を、アクアは恨めしげに見つめた。
「他人事だと思って……」
「だって、他人事だもん」
さらりと言い切るミユに、アクアが飛び掛る素振りを見せると彼女は一目散に逃げ出した。ハルティアが、「物壊しちゃダメだよー」と注意する。期待はしていなさそうだが。
「でも、アクアの予感は当たっているかもね。ソフィアが王都に出発することを決めたらしいよ〜」
ハルティアはいつの間にか後ろにいる親友のユナ・カーティスを振り返る。ハルティアの薄桃色の瞳が、遠くを見るように天井を見上げた。
「……ってことは」
「うん。イージスさんのことだから、ソフィアの同行にアクアをつける可能性が高そうだよね〜」
布に包まれた長い棒のようなものを抱え、ユナは結んだ金の髪を後ろに払う。のほほんとした雰囲気ながらも、どこか隙のない動きでハルティアの隣に移動した。
並んだ二人は同情の視線をアクアに向ける。彼女はちょうどミユを追い詰め、とび膝蹴りをかましているところだった。
「でも、アクアならきっと何とかするよね」
今までの経験から、心配したところで骨折り損だろうということをハルティアは知っていた。
ユナは翡翠の瞳を細め、ニコニコと頷く。
「あはは〜、そうだねぇ。アクアがついているならソフィアも安全だし。……もし、二人が危なくなったらユナ達が助ければいいし」
「そうだね」
二人はミユによけられて壁に激突し、呻いているアクアを見てやれやれと苦笑を零した。今回もどうやら大変な事になりそうだと。
アクア達が騒ぐ教室の真下の空き部屋ではソフィア・ラカリエールと、背中まであるミルクチョコレートの髪をした少女メアリー・クロードことメアが、声をひそめて話し合っていた。
ソフィアは昨日、父から聞かされた舞踏会の件を、一番の親友であるメアに相談していた。メアはソフィアの話を聞き終わると、気の強そうな髪と同じ色の瞳を険悪に細める。
「なにその無茶な催しは! あんたを政治の道具にする気が見え見えじゃん!……ちょっと、本気で行く気?」
「ええ。本気よ」
にっこりと笑うソフィアの顔を見つめ、メアは諦めたように肩を落とす。彼女が一度決めた事を覆すことなど滅多にない。親友の性格をよく理解しているメアは早々に説得を諦め、割り切るように微笑む。
「じゃあ、あたしもついて行こうかな。その旅路に」
「ええ!?」
メアの思っても見ない提案にソフィアは驚きの声を上げる。微笑む彼女の瞳を見て、彼女が冗談を言っていないことを確認すると慌てたように詰め寄った。
「駄目よ!これはとても危険なことなのよ? そんな事にメアを巻き込みたくはないわ!」
途端、メアは不機嫌そうに目を細めるとソフィアの頬を軽くつまむ。
「な、なひぃする……」
「ソフィア・ラカリエール」
メアは真っ直ぐにソフィアの目を見ると少し怒ったような顔で口を開く。
「ソフィアはあたしの大切な仲間なんだよ。仲間が危険な時に黙って見ている人間なんている? ソフィアはあたしのことを親友だと思ってるわけ?」
「当たり前じゃない!」
即答するソフィアにメアは「よし」と微笑む。
「だったら、なんでもかんでも自分で背負い込まないで、あたしをもっと頼れよ! 親友には迷惑かけていいんだよ。掛けすぎは困るけど」
最後をおどけたように言うとメアは、ソフィアの緑髪をポンと撫でる。姉のような頼もしさは彼女がソフィアよりも一つ年上なのも相乗して、磨きがかかっている。
ソフィアは自分の心に渦巻いていた不安に、メアが気づいてくれたことに胸が熱くなった。いくら自分の大切なものを守るためとはいえ、自分が殺されるかもしれないことに、不安を感じないはずがない。
ソフィアは無言でメアを抱きしめた。血の巡る生きた体温が、守るべきものの尊さをより一層彼女に感じさせた。
皆が安心して暮らしていけるためにも、この争いは早く終わらせなきゃ。絶対に。
この瞬間、ソフィアはこの素適な親友を守るためならばどんなことでもしようと決意を固めるのだった。
しばらくしてソフィアが去ると、メアの幼馴染の少年、リュウト・サージェスが部屋に無言で入って来た。
彼はいつもしかめっ面をしていて、今も相変わらず不機嫌そうな顔でメアの前まで歩いてきた。
「厄介なことになりそうだな」
とある筋から事情を知ったリュウトが開口一番に先行きの暗雲を示した。メアが全くだとばかりに両肩を竦める。
「うん、本当にね。どうなっちゃうんだろうねえ、この国も」
二人は同時に深くため息を吐くと、顔を見合わせて苦笑した。
「で? お前もソフィアについていくのか?」
「もちろん」
なにを当たり前な、という顔でメアが即答する。リュウトは小さくため息を吐いた。
彼はメアを危険なことに巻き込ませたくないのだが、彼女の性格をよく理解しているので、説得するという無駄なことはしない。
そんな彼の気持ちを知るメアは心配してくれる彼に心の中でありがとうと呟く。面と向かって言うのは恥かしいので、口には出さないが。
「お前が行くなら、俺も行くが……。あいつがいるなら心配なさそうだな」
あいつという言葉にメアはニッと笑みを浮かべた。
彼は昔から警戒心が高く、過去のある事件からはメア以外の人間には心を閉ざすようになってしまった。そんな彼が信頼するのが、あいつと呼ばれた少女だ。
「あたしらはほんと、アクアには頭が上がんないねぇ」
あいつは心を閉ざすこいつと正面から向き合い、彼に人を信じる勇気を教えてくれた。過去の事件で絶望したあたしの心を救ってくれたのもあいつだ。
本人にしてみれば深く何も考えなかった事だろうが、それで二人が救われたのは事実。少なくともメアはずっとアクアに感謝をして来た。これも照れくさいので、口にはして来なかったが。
「かかる火の粉も多いがな」
リュウトが今までの騒々しい日常を振り返り、不機嫌な顔で言った。額縁以外に潜む彼の親しみの情を感じ、メアは小さく噴き出した。
「ま、厄介事を多々運んで来ても、ほとんど解決してくれるんだ。アクアが行くなら、今回も何も心配はないって」
「それは大げさだと思うがな」
と言いながら、彼はメアの言葉に同意している自分に気づいていた。そんな自分に呆れたように眉根を寄せ、噴き出すメアと共に空き教室を後にした。今頃阿呆な騒ぎを起こしている、頼りになる友人の元へ行くために。
因みにアクアがソフィアに付き添う事は明確に決まっているわけではない。だが、この二人や上にいるハルティア達はそれを確信していた。騒ぎある所に彼女あり。本人のあずかり知らぬ所で事はトントン拍子に進んでいたわけだが、当の彼女はそんな事を露ほども察せず、ミユとのん気にじゃれ合うのだった。
そしてその翌日。運命は大きく動き出した。
ミユ・エイジェス
・茶系の黒髪をツインテールに結んでいる。薄い緑の瞳。女
・アクアの友人(悪友)
ハルティア・スイートピー
・薄桃色の肩まで伸ばした髪と同色の瞳。女
・アクアの友人
ユナ・カーティス
・セミロングの金髪を後ろで束ねる。翡翠の瞳。女
・アクアの友人
ソフィア・ラカリエール
・緑髪を肩まで伸ばす。同色の瞳。女
・上級貴族
・アクアの友人
メアリー・クロード
・ミルクチョコレート色の長髪と同色の瞳。女
・アクアの友人。クラス委員長。
・愛称のメアと呼ばれることを好む。
リュウト・サージェス
・ブラックチョコレート色の首筋まである髪と同色の瞳。男
・アクアの友人。メアの幼馴染。