第三話 嫌な予感
主人公登場。
大国アームルメイデンの西に位置するティルフォンは、”水の都”、”水上の楽園”と呼ばれ、国で一番美しい町と讃えられる町である。国境近くの辺境にあり、凶暴な魔物が跋扈する地でも、その美しさを求めて数多くの旅人達が石畳を踏みに来るのだ。
そんな町の新芽が生い茂る木の上に座った少女は、吹いた風の冷たさに身震いする。
何だろう、今の氷のように冷たい風は。なんというか、厄介ごとの気配がした。
いつも外れることのない嫌な予感に少女は顔を引きつらせる。はて、自分は何か悪い行いをしただろうか。少しふくらみのある胸に手を当てて彼女は熟考するが、心当たりは皆無だった。
「ってことは……また、あいつらかな?」
ボソっと彼女が呟いて思い描くのは仲の良い友人達の姿だ。少女はよく、友人達の厄介ごとに巻き込まれては大変な目に遭っていた。もっとも、彼女が持ってくる厄介ごとの方が、頻度が高いのだが。
「全く……たまには、のんびり過ごさせてくれないかなぁ」
全く自覚はないようだが。呑気な少女は肩を落とし、ティルフォンの美しい街並みを眺めた。風に靡く少女の美しい銀色の髪が太陽の光を受けて宝石のように輝き、星が瞬くような光を宿す青い瞳が憂鬱そうに細められる。
本人の気分とは真逆にその姿は苦労してこの町の石畳を踏んだ旅人達が見たら、目を輝かせることだろう。これこそが芸術だと詩人だったら叫ぶかもしれない。そうなってもおかしくない程、彼女の容姿は世俗から浮き出てたものだった。
「アクア~!」
彼女がしばらく空を眺めていると、下から八歳ぐらいの男の子が少女の名を叫んだ。少女、アクアは男の子に視線を移すとキョトンとした顔で、小さく首を傾げる。
「テトラ? どうかしたの?」
「たいへんなんだよ! アクア!」
何が大変なのだろうか。わたわたと要領を得ない説明をして慌てるテトラをアクアは不思議そうに眺め、木の上から飛び降りた。膝を曲げて衝撃を殺し、固い石畳の地面に降り立ったアクアは胸元にかかった銀髪を後ろに払う。
「それで? どうしたの?」
「とにかくたいへんなんだよ! アクア! 絶体絶命の危機っ」
わたわたと慌てるテトラを落ち着かせようと、彼女は静かに彼の瞳を覗き込む。その目測通りテトラはすぐに落ち着きを取り戻した。頬が熱を持ったように赤くなってはいるが。
アクアは「よし」と微笑み、先を促す。テトラは頬をパタパタと手で煽ぎながら、事の発端を始めから説明しだした。
「明後日にね、アンネのお誕生日会が開かれるんだけど」
アンネというのは、テトラの妹だ。彼は妹思いの優しい兄と近所で有名だった。
「でね? 昨日、僕らのお母さんが森で魔物に襲われたじゃない? その時に、隣町で買って来たアンネのプレゼントを落として来ちゃったみたいなんだよ。アンネは、そのプレゼントをすごく楽しみにしていたから……とても残念がって」
「……へぇ〜」
アクアは段々嫌な予感がしてきた。こういう時もそれは全く外れてくれない。その先の展開を何となく予想しつつ、彼女は引きつった笑みでテトラに先を促す。
「それでね?アクア。僕とアンネと一緒に森へ」
アクアは皆まで言わせずアクアはきっぱり「却下」と言った。どうやら厄介事の運び手は、”あいつら”ではなかったようだ。
そんなことだろうと思ったよというような彼女にテトラは不満そうに頬を膨らませる。
「まだ全部言ってないじゃん!」
「言わなくてもわかるって! プレゼントなら私が取って来てあげるから……来週までには。ゴホン。危ないから君は家でお留守番していなさい」
「それじゃあ遅いよ! それにアクアはめちゃくちゃ不幸なんだから、一人で落としたプレゼントを見つけるなんて奇跡、起るはずがないでしょ!」
”不幸”という二文字の鋭き槍がアクアの心に刺さり、彼女が胸を押さえて血反吐を堪えるように呻いた。そう、彼女はよく言う不幸体質で「神様に嫌われているんじゃないの?」と言われるくらい運がなかった。ティルフォンの名物と呼ばれるくらいに。
アクアは辛うじて浮かべた引きつり笑いで、テトラを見下ろす。
「そう言うなら、私に頼むな!」
「だって、お父さんたちにも駄目だって言われたんだもん!」
「じゃあ、諦めなさい!」
「やだ!」
笑みにも限界というものがある。アクアが眉根を寄せてテトラを睨むが、負けじと彼も睨み返した。その間を冷たい風が吹き抜け、二人を見知った町の住人が、微笑ましそうに横を通り過ぎていった。
そして根負けしたのは年下の少年の方だった。
「もういいよ! アクアのバカ!」
足元にあった小石をアクアへ向けて蹴っ飛ばすと、テトラは勢いよく走り去っていった。
「アンネと二人で森に行ったらだめだからね!」
アクアは飛んできた石を軽くかわしながら、遠くなっていく彼の背中に向けて叫んだ。全てお見通しのようだ。
全く。人のことを不幸だなんて、失礼な……。ちょっと運がないだけなのに。
ニュアンスは大事だ。アクアは不幸と言われるのをひどく嫌っている。相手が年下の少年でなければ、むきになって言い返していただろう。
「ああ……もう。とりあえず、帰ろう」
行き場のない胸のもやつきを抑えつけ、自宅方向へ足を向けると頭に衝撃が打ち付けた。コツンと石畳に落ちたのは、先程避けた石だ。どうやら後ろの木の枝に当たって跳ね返ってきたらしい。
アクアは地味な痛みに座り込み、テトラのテトラの"不幸"言葉を思い出し、忌々しげに木を睨みつける。
「私はけして、不幸ではない!!」
ドンッと思いっきり幹を殴ると頭をさすり、いくらか気持ちが済む。こんなある意味奇跡的な不運が襲っても彼女に認める気はないようだ。認めたら負けではあるが。
舌打ちを零してアクアが立ち上がると、頭上から不吉な音が聞こえた。雷のようなバリバリと言う音で、天気を心配した彼女が空を仰ぐと。その額に鋭く尖った木の枝葉が刺さった。
「うそ……………………………だろ」
崩れ落ちたアクアの頭上で鴉がカアカアと馬鹿にしたように鳴く。天は何処まで自分に試練を与えるのか。アクアは殉教者のような面持ちで冷たい石畳に伏した。
そんな彼女の横を町の住民が、また何かやっているよと呆れ顔で通り過ぎて行く。石畳と同じくらい冷たい彼らにアクアの目頭が熱くなるが、泣いても負けである。
そんな彼女を慰めるのは冷気を含んだ風だけだったが、それも少し後には厄介事の種となるのだった。
アクアは再び崩れ落ち、あまりの痛みにしばらく起き上がれないのだった。
アクア
・銀色の肩過ぎまである髪と青い瞳。女
・本編主人公
・超不幸体質
テトラ
・茶髪、同色の瞳。男
・アクアの知り合い。