第二話 氷雪の霊宝
騎士様達の御登場。
双子の会議から二日後。ユエを含む聖騎士達はソフィア護衛のため王都ザノアヴェールを出発した。
今回、ラカリエール家令嬢、ソフィアを護衛するために急遽編成された隊は若い聖騎士の四人と、聖騎士なりたての少年の計五人で編成された。上流貴族の護衛にしては少ない人数だが、隊のメンバーを選んだ騎士団長はこれでいいと、納得していた。
今回、その隊の隊長を任された首筋まである金髪の穏やかそうな男の騎士、ファウマ・リリディルは他の四人を見ると小さく笑った。
「まさか、君達とまた組むことになるとはね。そうなる予感はしていたけど」
ファウマの言葉に他の四人は各々の反応を見せた。見ているだけで個性が溢れ出ているメンバーだが、不思議とまとまっているように見える。
「本当ですよね。僕も驚きましたよ!」
この中では一番歳の若い少年レルネ・シニディアが、少し癖の付いた明るい茶髪を揺らして、人懐っこい笑みを浮かべて言った。純朴そうな少年だが、騎士団長とファウマがその成長に期待する一等級の原石だ。
「にしても……。また貴様と同じとはな」
何処か高圧的な雰囲気を醸し出す茶髪の男、カロン・グライディスがユエを鋭く睨む。しかし、睨まれた当人はやれやれと言ったように肩を竦め、いかにもつまらなさそうに言った。
「それはこちらの台詞だな。また、足を引っ張るなよ?」
”また”の部分を強調して言ったユエにカロンがピクッと目を吊り上げると、そこにタイミングよく癖のない赤髪の男、リュキア・ヴェスターが割り込んできた。
「君がいてくれるとは何よりも心強い。今回も、よろしく頼むよ、ユエ」
リュキアが微笑みを浮かべて少し大げさに言うと、ユエは流石だなと言うように肩を竦めた。このようなやりとりは日常茶飯事のようだ。
カロンが物言いたげにリュキアを睨むが、何も言わずにそっぽを向く。実際、ユエの実力だけは騎士団でも飛び抜けているので、カロンは何も言い返せないのだ。
それら一連の様子を見て、ファウマは小さくため息を零す。今回も先が思いやられるな……。
いつだったかの記憶が蘇りかけるが、出発前から胃を壊すのは如何かと思い直し、目の前の諍いごと遠くに放置した。
「……ああ、そうだ。君達、ちょっと来てくれ」
言いながらファウマは引いていた馬を止め荷車に乗り込み、布に包まれた棒のような物を抱えて降りて来た。レルネが不思議そうに首を傾げる。「なんですか? それ」
飛び抜けた才能から、少々他の騎士とは違う五感を有する彼ら。そんな彼らの肌にひしひしと伝わってくる、冷気にも似た力の波動。他の三人も訝しげに目を細め、ファウマに無言で尋ねる。
ファウマは彼らの視線に困ったような苦笑いで応えると、巻かれていた布を取り払った。布の中から現れたものを見て、彼らは驚愕に目を見開く。
「んなっ! それは!?」
「”氷雪の霊宝”じゃないですかっ!?」
カロンとレルネが驚きの声を上げ、ファウマは何とも言えない顔で肩を竦めた。
一早く冷静さを取り戻したリュキアが、困惑したように尋ねた。
「ファウマさん、どういうことです? なぜ、”雪の女王”の杖がここに?」
今から約七年前のこと。
大陸北部の大国ノーランスを一人の女が一夜のうちに滅ぼした。その女は"雪の女王"と呼ばれる、強大な魔力と長い寿命を持つ人に似た容姿をもちながらも、人とは異なる種族、魔族の女だった。
ノーランスを滅ぼした後、さらに他の国々へと侵攻しようとした雪の女王を倒すため、アームルメイデンを始めとする大陸の七大国連合軍が立ち上がった。さらに他大陸から来た魔導士ギルド”断罪の王族”も加わった大戦争の後、ようやく封印に成功したのだ。
その女王が愛用していた杖が今、ファウマの手の中にあるものだ。
杖は”氷雪の霊宝”といい、大国ノーランスを一夜の内に滅ぼした忌まわしき杖なのである。
リュキアは太陽の光にあたって輝く、杖に装飾された宝石を眺めながら眉根を寄せた。七年前の戦争に彼やカロンとユエも参加していた。だからこそ、あの杖が巻き起こした氷雪の惨劇が、今なお鮮明に彼の脳裏に再生される。
雪の女王封印後、あの杖は行方不明となっていたはず。それが何故ここに?
訝しむリュキアの心中を察して、ファウマが事情を説明した。
「調度半年前、先王アイヴァニー陛下の下へ突如現れたんだ」
「現れた?」
「ああ。どうやらこの杖は、雪の女王に代わる自らを持つに相応しい主を探しているようなんだ」
主を選ぶ杖など聞いたことがない。絶句するリュキアを横目に、ユエは「なるほど」と呟く。
「半年間、数々の魔導士やマスターが杖を手にしたが杖はだれも主には選ばなかった。そこで、"聖騎士"である我々に回ってきたということか」
ファウマはユエの勘の鋭さに目を細め、正解とばかりに頷いた。
「杖と言えども、魔の一族が所有していた魔道具だ。下手な者達に渡れば……ね」
ファウマが切った言葉の先には、七年前の惨劇の重みがあった。リュキアは畏怖と厄介なものを、見る眼差しを青く光る杖に向けた。
押し黙る先輩騎士達と違い、当時の戦争に参加していなかったレルネが小さな好奇心からファウマに尋ねる。
「ちなみに、ファウマさんはどうでした?」
ファウマは苦笑いを零すと杖を手に持ち、前へ軽く傾けた。途端、青色に輝く光が辺りを覆い尽くす。
『っ……!』
レルネ達は目を瞑り、腕をかざした。光はすぐに収まり、杖は彼の手から離れ空中に浮いている。
「この通りマナは出せたのだが、杖は認めてくれないらしい」
残念のそうなホッとしたような顔でファウマが杖に手を伸ばすと、それは気ままな動きで宙を滑り、カロンの前で止まった。さあ、試してみろと言わんばかりに杖が揺れる。
カロンは驚いたように杖を凝視すると、意を決したように杖に手を伸ばす。しかし彼の手が杖を手に触れた瞬間、杖は瞬く間にレルネの前に移動した。
「…………いきなりかっ」
触れただけで杖に嫌われたようだ。リュキアは肩を震わせて笑いを堪え、レルネに試してみるよう促した。
レルネも杖に手を伸ばしたが、結果はファウマと同じだった。リュキアやユエも杖を手にしたが、光がでただけで結果は同じだ。
「……ユエでも駄目か」
手元に戻ってきた杖を見てファウマは長々と息を吐く。あてが外れ、途方に暮れたような顔だ。そんな彼を笑うようにフワフワと浮かんだ杖を見て、レルネが首を傾げる。
「ファウマさん。この杖の属性って、氷ですよね? だったら、氷の属性を持つマスターに試させてみたらどうですか?」
「ああ。私やオズマさんもそう思って何十人のマスターに試してもらったのだけれど……。誰一人として光すらもでなかったよ」
そうですかとレルネが肩を竦めた。その傍らでユエがぼそりと呟く。
「中には、触れただけで嫌われた奴もいるがな」
「黙れ!アルフォース!!」
「ちょっと、やめなよ二人共」
今にも互いに得物を抜きそうな二人をリュキアが呆れたように止める。そんな様子を横目に、ファウマは澄み渡った空を溜息を吐いて見上げた。
魔族が使っていたような強力な魔道具。人間で扱えるような者がいるとすれば太古から戦闘を生業とする、あの一族だけだろう。……もっとも、あの一族は戦争と同時期頃に滅んだと言われているが。ならば、この杖を扱える者はもういないのではないだろうか。
自由気ままに宙を泳ぐ青き杖。戦争と共に忘れられていく遺物を憐れむようにファウマは目を細めた。主無き道具に生きる意味はない。その存在意義は少し騎士と同じような感じがした。
「我々も……いや、これ以上は失言だね」
騎士の鏡とも言うべきファウマであっても、今回の任務には何か思う所があるようだ。しかし彼は一人の人間である前に、国を守る騎士。迷いを振り払うかのように、彼は頭を振った。
「というか君達、いつまで遊んでいるんだい?」
ファウマが呆れたように一触即発のカロンとユエの間でオロオロするレルネに加勢し、早々に説得を諦めて放置したリュキアごと説教した。
その背後。誰も気づかないような一陣の風が杖から湧き上った。主を求める声のように、それは迷うことなく何処かへと飛んでいく。その先には、彼らが目指す町、ティルフォンがあった。
一陣の風は空を仰ぐ、一人の少女の美しい銀髪を優しく揺らした。
ファウマ・リリディル
・短い金髪と金色の瞳、男。
・ユエたちよりも階級は上。
ユエ・アルフォース
・深い藍色の髪をポニーテール風にしている。髪と同色の瞳。男
・聖騎士で実力はトップクラス
カロン・グライディス
・茶金色の髪と青い瞳。男
・聖騎士であり、貴族。
レルネ・シニディア
・明るい癖毛の茶髪と同色の瞳。男
・史上最年少の聖騎士
リュキア・ヴェスター
・癖のない真っ直ぐな赤髪と薄紫の瞳。男
・聖騎士