プロローグ
本編は基本的に三人称です。
〜とある異世界の縮図録〜
四十八個の大陸がある世界。
そこは一つ一つの大陸が各々の文明を歩んできた、様々に異なる多くの”世界”が集まって出来た、此処とは別の、不思議な世界である。
大陸の一つ一つは無限の可能性と冒険で溢れた未知なる世界。人はその全てを短い寿命で見れないことをよく嘆いている。
しかし、そんな無限の可能性がある世界だからこそ想像できないような危険と深い絶望が必ず存在するのだ。
そんな無数の可能性と脱出不能な運命が待ち受ける、美しくも残酷な世界の中央に位置する大陸メオ・ホルビナスでは、忘れられていた記憶が蘇ろうとしていた。
その記憶は、多くの人々の運命を歯車に乗せてゆっくり動かし始める。
これから起きる事はただの叙事詩となるか、または新たな世界の転換点となるか。未来を見通せない者達に結末は予想もつかない。
ただ一つ。全ては物語の序章よりも前に始まっていた。誰も気付かぬうちに、ひっそりと歯車を狂わせて。
〜数年前の舞台裏〜
中央大陸メオ・ホルビナス。とある朝の一時のこと。
「世界を育む大いなるマナよ。我らを見守る気高き王よ。我らの呼びかけに答え、ここに集いたまえ。我らは汝に肉を与え、汝は我らに血を与えたまえ」
朝日が包む町の大広場。その広場にはローブに身を包んだ十歳前後の子供たちがわくわくした顔つきで集まっていた。
その目線の先には純白のローブに身を包んだ初老の神官が杖を地面に突き刺し、祈祷を捧げていた。神官が言葉を紡ぐたびに広場には薄い霧が現れる、霧が出る度に子供たちは目を輝かせていく。
なにせ、今日の儀式をずっと待ち望んできたのだ。そんな子供たちの喜びは想像を超えるものだ。これは彼等の未来を決めるかもしれない、転換点なのだから。
この世界には神魔妖怪、呪魔法など言葉では説明出来ない不可思議な存在と力が人と共存している。この中央大陸の住民もまた、その内の一種を扱い、長い文明を築いてきた。その力は“マナ”と呼ばれる。
人間や動物を含めた全ての万物に宿るマナを操る人々は属性マスターと呼ばれ、一人につき一つの属性を自在に操ることができるのだ。
例えば水のマスターは乾燥地帯に雨を降らせ、植物のマスターが作物を植えれば、畑が出来る。人の生活と発展に、密接に関わるこの力は大陸の住民にとって、一つのステータスだ。
今日の儀式は自分の属性を知り、大陸に満ちるマナを五感で感じてその存在を知るためのものだ。早い話が属性マスターになるために必要な儀式である。
これによって農夫になるか、戦闘職に行くか。無限に広がる子供の未来が、かなり分岐する。と言っても、それを自覚している子供は皆無に近いのだが。
「我らは汝と共にあり、汝は我らと共にある。大いなる力よ。今、我らは汝と一つにならん……」
神官が言い終えると同時に彼の杖から無数の光が現れ、広場にいる子供たちに降り注いだ。
光は子供の達の体に染み込むようにして消え、少しの間彼らは眩い光に包まれた。
途端、先ほどまで広場にあった神秘的な空気が子供たちの歓声によって跡形も無く吹き飛ばされる。
「やった!これで今日から俺も一人前のマスターだぜ!」
「おい!おまえの属性はなんだった?」
「フフ。私のはねえ」
「お母さん、お父さん!見てみて!」
「いくぜ!むん!」
子供たちは自分の力を確認すると満面の笑顔を浮かべ、親や友達と一緒に広場から離れていく。まだわからない将来よりも、明日からの新しい生活の方が魅力的なのは当然だ。
儀式を終えた神官は彼らの様子に微笑むと杖を手に取り、ゆっくりと歩き出す。疲れた体も、子供達の無邪気に喜ぶ姿を見見ていれば軽くなった。
広場のあちこちでは自分の属性を知った子供達があちこちでマッチ程度の火やら、結露程度の水などを出している。扱えるマナが少ない彼らにはそれが限界なのだろう。
彼らがこれからどのような大人になっていくのか。神官は孫の将来を楽しむ老人のように、口元を緩める。
ふと彼の視線が、広場に佇む一人の少女を見つける。
その少女は顎に手をあてて眼をつぶり、なにかを真剣に考えているようだ。その様子は満面の笑顔で駆け回る他の子供達からひどく浮いたものだったので、彼は気になった。
「こんにちは」
神官が優しく微笑みながら少女に話しかけると、彼女は閉じていた目を開き、顔を上げた。その顔を見て彼は一瞬、息を呑んだ。
少女はこの辺りでは珍しい銀色の髪をしており、その瞳はとても十歳とは思えぬほどの知性の光が宿った見たことも無いほどきれいな青色だったのだ。
少女は固まった神官を見上げ、不思議そうに首を傾げる。
「こんにちは?」
彼は少女の声で我に返ると誤魔化すように微笑みながら少女に目線を合わすために屈んだ。
「難しい顔をしていたけど、どうかしたのかね?」
少女の瞳が数度目瞬く。彼が自分の些細な気配に気付いたのが驚いたようだ。海のように青い瞳が一瞬遠くを見つめ、元の世界に帰って来ると、小さな肩がそっと竦められた。
「考え事をしていたんです」
「内容を聞いてもいいだろうか?」
「属性のことです」
ゆっくり言葉を選ぶような口調の裏に、真剣な色を彼は感じ取った。彼は少女に目線を合わせ、先程の彼女と同じく難しい顔で「ふむ」と相槌を打つ。
多様な種類のある属性には、ときたま困ったものがある。もしや目の前の少女はその類のものを引き当ててしまったのか。彼は審判したような顔つきになった。
「君の属性はなんだったんだい?」
「氷です」
そこで少女は微かに眉を寄せた。やはり何か問題があったのだろうか。彼は心配になり少女に問いかける。
「その力がどうかしたのかい?」
少女は思い悩むかのように眉間にしわを寄せ、目をきつく閉じる。まるでこの先の言葉が運命を決めるような、物々しい様子だ。
彼は息を飲んで少女の次の言葉を待った。
「この力で、ですね……」
真剣な顔で話す少女に神官の顔も厳しくなっていく。少女は真っ直ぐに神官の目を見た。彼は微かに緊張した顔で少女に先を促す。
そして、少女はいよいよ覚悟を決めたように口を開いた。
「カキ氷は作れないかなあと、悩んでいるんですよ」
未知の力を手に入れた子供達はこれから、とのような運命を辿って行くのだろうか。それを知る者は誰もいない。
無邪気な明日への期待だけが渦巻く、明るい朝の広場。子供達の歓声を遠くに聞き流しながら、彼らを一歩未来へ押し出した神官は、ゆっくり大きく息を吸った。
「すまん、もう一回言って?」