7、創る
城へと戻り応接室へと行くと、キサネアさんと三人の新しく来た巫女さんがソファにいた。
説明なのか、教義とやらなのか、話をしていたようで、一同ソファから立ち上がって頭を下げる。シュトレイはそのまま続けろと言ったが、何か思い出したのか、ああそうだ。と言う。
「キサネア、お前は、創り変えを理解しているか」
「はい」
「創り変えが必要な者だった。湯浴みや召し変えが必要だが、出来るか」
「出来ます。ですが、侍女も理解しているかと」
「そうか。確認次第二人連れて来い」
「畏まりました」
シュトレイは、キサネアさんの返事を聞くなり応接室を出て、自室の浴室へと入って行く。
浴室へと入ると、今まですっかり忘れていた金属球が床にゆっくりと降りて来た。
どういう原理か分からないけれど、球体の半分程床にめり込むと、一瞬にしてその金属が消えた。まるでシャボン玉が割れた様に。
驚いて、シュトレイに聞こうとして…中から現れた子の嗚咽に気がついた。
「あらら。いきなり連れて来ちゃったからなぁ」
(…私の時もいきなりだったよね)
「う…だって沙耶ちゃんの時は実体ないから話できなかったし、焦ってた、から」
実体がない、っていうのは、今の状況で言うと、私の身体に入ってない時って事かな。確かにそれ言われると言い返せないけど。
だけど―――
(焦ってたって、なんで?)
「…秘密」
(えー秘密にする様な理由なの?)
「……」
シュトレイは何も言えないのか、はぐらかすつもりなのか、だんまりを決め込む。
そんな独り言の様にも見えるやり取りが聞こえていたのか、その子が起き上がろうと身体を捩っている姿が見えた。
トントントン
と、手を貸すべきかと悩み始めた所でノックの音がして、入ってきたのはメイドのコーディさんとスンさんだ。
「湯浴みが終わり次第創り変えをする。準備しろ」
「恐れながら闘神様、よろしいでしょうか」
「なんだ」
「神の器様の目に留まる事を考えますと、こちらで行うより別の場所の方がよろしいかと」
「ふむ…良い所はあるか?」
「はい、いくつか思い当たる箇所がございます」
「そうか。では任せる」
そう言うと、シュトレイはさっさと浴室を出てしまう。
ダイニングへ移動しソファに座ると、大きいため息を一つつく。
「思わず勢いで突っ走っちゃったけど、沙耶ちゃんには見せたくないなぁ」
(え? 何が?)
「でも、今が一番託宣の巫女を使いたいし…はぁ」
(……)
また私を置いてけぼりにしてる。というか、独り言なのかな? ゼロ距離な訳だから、聞こえちゃうだけで。
だとしても、それが分からない訳ないよねぇ?
シュトレイは疲れてるのかなぁ? 周りを気にする余裕がないから、私を置いてけぼりにするとか。でも、神様って疲れるものなのかな?
「ねぇ、沙耶ちゃん」
つらつらとどうでもいい事を考え始めた所で、そう呼び掛けられる。どうしたのかと返事をすれば。
「あの、ね。さっきの子、創り変えするんだけど、その方法がちょっと…ホラーというか、スプラッタというか」
(え、何それ。というか、創り変えってどういう事なのかさっぱり分からないんだけど)
「ああ、うん。あの子、手足に異常があるでしょ? だから、その部分を切除して、新たに創ってあげるんだ。遺伝子にも紐付けるから、ちゃんと成長するし、自分の身体との違いもないから問題はないよ…だから、あの、視覚的にショックだと思うけど、信用、してほしいんだ」
ゆっくりと説明されるけれど。切除って、え、切り落とすってことだよね? 創るって、義足みたいなものなの? でも成長するとか言ってるし…どういう物なんだろう?
視覚的にショック、は…切り落とすなら血とか出るし、切り落とした手足とかも、だよね。うぅ…テレビとかでもそういう場面は映さないようにとかするのに! でも、見た事ないからどうなるか分からないや。
そういえば、本人はどう思ってるんだろう。それがいい事だとしても…やっぱりそこは本人の意思だと思うし。
(本人が、それでもやりたいって言うなら、私が怖がってもやるべきだと、思う、よ)
「あぁ、本人ね。確かに説明もしないで連れて来ちゃったしね。家族にも後で説明しないといけないかなぁ」
(うん、そうしてあげて。どんな理由で地下の部屋に居させたのか分からないけど、ちゃんと世話してあげてたみたいだし)
「沙耶ちゃんありがとう。僕ってそういう所気がつかないんだよねぇ」
確かに、冷酷に見える時、あるもんなぁ…と、思ったけれど、それは言わないでおく。
そういえば…私にはそう言う感情は向けないな。はぐらかされたり、後でなんて言われるけど。だからかな?たまに冷酷な面を見ると、途端に怖くなるのは。
お風呂で綺麗にされたその子が、バスローブに包まれてコーディさんに抱かれて来た。
髪の毛、グレー、というかシルバー?やっぱり、グレーかな。キューティクルがきらきらしてるからシルバーに見えただけみたい。
それにしてもほんと、いろんな髪色があるなぁ。
「お待たせしました」
「本人の意向を聞きたい。そこへ座れ」
シュトレイがそう言うと、コーディさんはソファにそっと腰掛けさせ、メイドさん二人はソファの両サイドに控えている。
やっぱりメイドさんは一緒に座らないものなのか。
「お前は、ミンファ、ミンファ=キュリアスだな?」
「は、い」
「身体が皆と違うのは分かっているか?」
名前を聞いた訳でもないのに、なんで分かるんだろうとか、いきなりそう聞く!? もうちょっとオブラートに包もうよ! とか思ったものの、じわりとその目が滲むのを認めて、はっとした。
その子―――ミンファちゃんは声が出せないのか、おずおずと肯く。
「それが治るとしたら、どうする?」
「! …な、治る、です、か?」
「ああ」
「で、でも、ママ、魔法士に、頼むお金ない、から」
治ると聞いて、ぱっと明るく聞き返したものの、何か思い出したのか、俯いてそう言う。もしかして…
(ねぇ、シュトレイ、魔法士って人なら治せるの?)
「ん、んー? コーディ、スン、魔法士は治せるものなのか?」
「はい、治せると言っても、作られた物を融合させるだけですので、感触や感覚などは到底比べ物になりません。ですが、それでも生活に支障が無くなりますので、利用する者はおります」
(義足みたいな物かな? でもそっか、そうすると、まだこの…ミンファちゃんは10歳位かな? 小さいから、身体の成長に合わせようとすると何回も作り直さないといけないし…どれ位の値段か分からないけど)
「そうだねぇ…まぁ、ミンファ、お金ならいらないよ? ただ、託宣の巫女として城に詰めてもらうけどね?」
「…え?」
”お金はいらない”という言葉にか、”託宣の巫女”という言葉か。ミンファちゃんは目が零れ落ちんばかりに見開いて、呆然とこちらを見つめて来る。
シュトレイはくすくすと笑うと、
「お前は託宣の巫女としての器が一番いい。沙耶ちゃんには劣るけど、魂が変化する者だったら神の器としても選定されたかもしれない」
「え…?」
「どうする。治して、託宣の巫女になるか、治さずに家に戻るか」
「託宣の巫女、は…神の、寄り代…」
「そうだ」
「あ、あた、し、が?」
「あぁ」
シュトレイがそう返事をした途端、ぼろぼろと涙が零れだす。声を上げないのが不思議な位だ。
けれど、ミンファがこくりと肯くと、シュトレイがメイドさんに命じて部屋を移動し始めた。
(え? どこいくの?)
「創り変えする所に。」
(ミンファちゃん、巫女になるって、治してって、言ってないよ!?)
「肯いたし?」
(……あ)
それが返答だったのかと思わず呆然としてしまった。
そうして目的の場所はすぐ近くだった。
(ここは?)
「侍女の為のバスルームだねぇ」
「はい、そうです。闘神様、出来たら飛び散らないようにしていただけるとありがたいのですが」
「ん、そうだね」
「えっ?」
「あれ、わからなかった? まぁ、いいや。さくっと終わらせちゃおか」
シュトレイが入っている事に気がつかなかったのか、ミンファちゃんが驚いたように見つめてきたけれど、シュトレイ…なんでそんなカルいんだろう。
ミンファちゃんを抱き抱えていたコーディさんが、タイルの床の上にミンファちゃんを仰向けにさせる。バスローブを解くと、ただ包まれていただけで、裸だった。
シュトレイ見るんじゃない~~~と、叫ぶも華麗にスルーされた。いや、少し笑われたけど…
「お前達はどうする」
「片付けの準備をしてもよろしいですか」
「あぁ。終わったらまた湯浴みさせるが」
「畏まりました」
そう言うと、出て行くメイドさん達。
(いやーロリコンーサイテー)
「目測誤ってもいいなら服着たままでもいいけどね?」
(うぐっ…)
「さて、と。じゃあ、沙耶ちゃん…気をしっかりもってね?」
(う、うん)
返事を返すと…両腕を頭の上に上げ―――次の瞬間には、ミンファちゃんの両肩、両足付け根共に切り離されて大量に出血し、バスローブも、床も、真っ赤に染まった。
(―――――!)
しかも…胸に、2本の幅広い剣を柄の部分まで突き立てて居て。これじゃ、死んじゃうよっ!
(ぃ、ゃ…ぁ…)
「…よく、見ていて…?」
ずる、と、剣が引き抜かれていくと同時に、きらきらときらめく光が辺り一面に舞った。
その光が切られて出血していた所に集まったと思ったら、腕が、足が、徐々に形成されていく。
胸を貫いていた剣が、全て引き抜かれると…完全に、その歳相応の身体に変わっていた・・・
(う、そ…うぅ…でも、切った腕とか残ってるんだ)
「うん、ごめんね。これはこういうものだから」
くるりと背後を向いてくれて、視界には入らなくなったけど。
でも、本当にこれで大丈夫なのかな? 本当に、問題なく動けるのかな? いくら大丈夫だと言われていても、確認したい。
バスルームのドアを開けると、二人は待っていたのか、新しいバスローブを持って待っていた。
「そのままだけど」
「畏まりました。用意が済みましたらどちらへお連れしましょうか」
「応接室にキサネアがまだ居るはずだ」
「では応接室へお連れします」
その言葉に、”そうして”とだけ返すと、シュトレイは…ダイニングへと戻る。
「沙耶ちゃん、大丈夫?」
部屋について、ソファに座ると心配そうに声を掛けてくる。
(うん、まぁ、ちょっと、怖かったけど…血もいっぱい出てた、し)
「う…切り取らないと、駄目なんだ…あ、でも、痛みはないから、安心して」
(そういえば、痛がってなかったね。でも、胸に剣突き立てるなんて、視覚的にヘビーだわぁ)
「あれは、心臓と脊髄に細工をする為で…えぇと、嫌いに、なった?」
(へ?)
なんで嫌いになるという話になるんだろう? ああ、ああいう事をなんでもない事のようにやるから? でも、それをいったら―――
(外科医を嫌いになるかって聞かれても、普通嫌いにならないでしょ?)
「…確かにそうだね」
(うん。そうだよ)
そう言うと、安心したのか、急に、紅茶がいい? コーヒーがいい? なんて聞いてきて、上機嫌になるものだから、
(お調子者~)
なんて思わず言って、シュトレイのせっかく浮上した心をどん底まで落としてしまって、そこからまた浮上させるのに骨が折れたりもした。