5、闘神を知る者
メイドさんがテーブルへと並べてくれた食事を、シュトレイによって毒見された後で食べる。
流石お城、写真とかテレビでしか見た事ないコース料理が朝から食べられるなんて! と、感激してしまった。だって朝は忙しいし、庶民だもん。しょうがないじゃない!
食事を終えると、シュトレイは食卓を出て廊下を歩いて行く。目的地はすぐ傍の部屋だったみたいだけれど、ここは何の部屋だろう?
「ここが応接室って所だね。…フィル茶を用意しておいて。僕は飲まないからカップは一つで」
「かしこまりました」
背後から声が聞こえてびっくりした。私が気がつかなかっただけで、メイドさんのイザベラさんがついて来ていたみたいだ。
ソファに座ったシュトレイは、目を閉じてしまい、それと同時に私も視覚による情報がまったく得られなくなる。
うぅ…何も見えない。疲れてる、のかなぁ。応接室って事は、誰かと会うのかな?
コンコンコン
シュトレイに声を掛けたほうがいいのか迷い始めた頃、ドアをノックする音。それが聞こえると、ぱっと目が開かれた。
「入れ」
入出を許可すると、入ってきたのは昨日シュトレイが身体を使っていて、倒れた巫女さんだった。
少し、顔色が悪いみたいだけど大丈夫かなぁ。
「座れ」
「いえ、私は闘神様の」
「座れ?」
「…位が、ちが」
「死んでみるか?」
ひゅっと、その巫女さんの息をのむ音が聞こえてしまった。
どうして座るのを拒否するのか分からないけれど、だからといってすぐ死ね死ねいうのも…
(シュトレイ、ちょっとそれはどうかと思う)
「分かってるよ。…ほんと、レヴァン家は わ か り す ぎ て 困るよ。ねぇ、キサネア?」
「っ…う…」
びしり と、音がしそうなくらい、その巫女さんの顔と身体が硬直した。かと思えば、いきなりがくりと膝を床に着いていて。
「だから座れと言った。今お前に居なくなられては困る」
「は、い」
「手はいるか」
「…いいえ」
それらのやり取りをひやひやしながら見ていると、昨日とは違って、シュトレイにも少し心遣いが有るようにも見えた事に安堵した。
巫女さんは少しふらついていたようだけれど、ソファへと座ると、メイドのイザベラさんがノックをして入ってきた。
ワゴンを押して入ってきたイザベラさんは、応接セットの傍に止まるとお茶を注いで巫女さんの前に出す。
「あとは僕がやるから下がっていいよ」
「かしこまりました。御用の際はお呼びください」
そう言って優雅に一礼すると、出て行った。あぁー綺麗な金髪碧眼をもっと見てたいなぁ。とはいえ、シュトレイがずっと見てくれないと私には見れないんだけど。
「それ飲んで待て。フィル茶だ。少しは回復の手助けになる」
「ありがとうございます」
巫女さんはそう言って、おずおずとカップに手をつけて飲んでいるけれど。待てって、どういうことかな?
「沙耶ちゃんに説明してなかったね。それ、キサネア=ヴォン=レヴァン。代々、僕―――闘神の思考性を記録して研究している家なんだ。だから、僕の嫌いな事は大体わかる。」
(え? そんな人が巫女なの?)
「理由は大体だけど分かってるよ。だからこそ、必要なんだよねぇ。お前、穢れに気がついていたな?」
つ、と、巫女さんに視線を投げてシュトレイがそう問えば、びくりと身体を震わせた。カップをテーブルへ戻すと、涙が滲んだ目を上げる。
「申し訳、ございません。わ、私、託宣の巫女としての力が僅かですがありましたので、レヴァン家当主により不義がありそうだから調べる為にと―――」
「それらは俺がヤる。本来ならばレヴァン家が行う事ではないだろう。今日の午後、四名の託宣の巫女が来る。お前にはその教育を任せる。」
「そ、そのような重要な事、私にはっ!」
「託宣の巫女の、一番重要な事はなんだ?」
「清らかである事です」
「俺が、一番嫌う事は」
「裏切り、と、伝え聞いております」
「結構。それが魂にも刻まれていそうなお前に頼みたい。今回俺達神が重要視している箇所が、穢された。レヴァンはこれをどう見る?」
なんだか、シュトレイがいつもと違う雰囲気だ。巫女さんは最初こそ脅えた様な顔をしていたけれど、シュトレイと打てば響くように会話している。
内容は分からないけれど、口を挟める感じじゃなくて、なんだか置いてかれて行く感じがする。
呆然と成り行きを見ていると、いきなり巫女さんがソファから立って、シュトレイの足元に土下座していて。
「当主の言質ではありませんが由々しき事と…申し訳ございません、私どもレヴァンがもっと目を光らせていればこんな事には…っ! 私も、調査に手間取り、っ!」
「レヴァン家が責を負えばいいという問題ではない。問題は神殿だけではないしな。今、レヴァン家の影響力もなくなっているだろう。まったく、俺からレヴァンを遠ざけてどうしたいんだ。正しく伝えない為か? 正しく綴らせない為か? だがそうする事で自滅するのはシュトラータだろうに」
「そ、れは…闘神、さ、ま…」
「レヴァンは、やっぱり分かってるんだな。当主はお前の兄だったな。いつ来る」
「早ければ明日…ですが、闘神様…お願いします、どうか、どうかっ」
「捨てないよ。今はまだ。何より、後始末する前に捨てるなんて面白くないだろう? 心配する事はない。レヴァンは連れて行く」
「民は、民には、きちんとした教義が行き渡っておりますっ! ですから」
「中枢にクズがいるだけだ。今後によって考える。…座れ。そんな事されても、俺の心は変わらない」
「は、い」
顔を上げてソファへと座る巫女さんだけど、さっきより顔色が悪い。シュトレイに薦められてお茶を口にしているけれど、目が揺れている。
さっきまで話していた事がショックだったんだろうか。内容が分からないけど、必死にお願いしていたし。
(シュトレイ、巫女さん休ませてあげたら? 顔色悪いし)
「あー、うん、休んでどうにかなるものじゃないと思うけど。沙耶ちゃんには見せたくなかったんだけどねぇ。」
(え? …さっぱり分からなかったから気にしてないんだけど)
「そお? うん…このキサネアは信用していいよ。他はまだ―――」
シュトレイが信用していいと言うのだから、信用していいんだろうな。年齢が分からないけど、落ち着いて見えるし、こんな綺麗な人だと、友達というよりお姉さまって感じがするなぁ。
そんな事を考えていると、シュトレイは何か考えているのか、黙り込んでしまった。
「キサネア。侍女、は…レヴァン家の血筋の者か。直系ではないようだが」
「はい。詳しくは当主から説明があると思います。」
「そうか。…お前は綴れるのか?」
「いえ、綴るのは、今では当主のみとなっております。ですが、伝える事はレヴァンに連なる者全ての義務となっております」
「では、正しく伝えろ」
「必ず。魂に誓って。」
綴るって、どういうことだろうと思ってシュトレイに聞けば、明日か明後日には見れるからとはぐらかされてしまった。
その後は、急にシュトレイがコーヒーを淹れてくれて、巫女さん…キサネアさんと話をする時間をくれた。
話した内容は身体は大丈夫なのかとか、どうして昨日は倒れてしまったのかを聞いたりした。
巫女の能力の器が小さいと、その器からあふれた力で身体に影響がでるんだとか。少し悲しそうに、『ぎりぎり巫女になれるという理由で潜り込んだ私が悪い』のだと言う。
その話に意気消沈してしまったが、キサネアさんがドレスを褒めてくれて。
やっぱり女同士、キレイな物の話や甘い物の話は弾む弾む。城下町に出られるようになったら一緒に出掛ける約束までした。
―――シュトレイの許可は必要らしいけど。
そんな、久しぶりの女子トークに時間が経つのも忘れて楽しんでしまった。
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