55.愛するということは?
話は終わったらしく、神殿から出ると、今度は国王様自ら馬車に乗って出迎えてくれた。
「闘神様、神の器様、お初にお目にかかります。中央国で王を勤めています、カッファーと申します。宮殿の一角にお部屋をご用意致しましたので、王宮へとご案内致します。神の剣の皆様もどうぞご一緒に」
「ああ、厚意感謝する」
「ありがたきお言葉です。さ、どうぞ」
前回会ってるけど、お忍びだったから…お初に、なんだろうな。少しいたずらっ子みたいに笑ったし。
それにしても王様なのに、すごい低姿勢! 王様よりも神様の方が偉いのは分かるけど…なんだかこういうの見ると、やっぱり神様なんだなと思う。
シュトラータでは、敬われてはいるけど…フレンドリーという感じだから、私としては助かるんだけどね。
馬車には、王様、シュトレイ、フェイさん、私の四人で乗っている。内装は、やはりというか座席はふかふかだし、壁も綺麗に彫り物があったり綺麗だ。
「前回は大したおもてなしも出来ず、心苦しいばかりでしたが…今回は色々とご用意致しましたので、気に入られると良いのですが」
「十分だ。それに、本来の目的は違うだろうに」
シュトレイは苦笑しながらそう言った。さっきの三神との会合が目的の一つだろうとは思うけど、他にも訪問の目的があるのか聞いてみる。
「今はもう必要なさそうだが…対害獣の技術を強化する事、だな。後は、お披露目も一つだぞ」
「お披露目?」
「沙耶の」
「!?」
うわぁ! そ、そういえばダンスの復習とか、思いっきりさせられたけど、この為!?
うぅ…緊張するよぅ…
「確かに、お披露目という意味合いもありますが、闘神様は神殿に定住するようなお方ではないので…こういう時でしか、私共と接する機会が持てないという理由もありますよ」
城で開催するパーティへの参加申し込みが多くて、政務官が大変な事になっていると王様は笑う。
そういえば、三神は神殿には住んでないけど、すぐ傍に住んでいる。そう考えると、今私たちが住んでいるのは元は貴族が使っていた所だ。神殿に住まないのは、元人間だから、なのかなぁ?
そう考えていると、フェイさんが教えてくれた。害獣退治で国から長い間離れている時もあるし、民の近くに施設を構えることも多く、そこに住み込んでしまう為、定住場所を用意しないのだとか。
それに、基本的に食事も睡眠も必要としないという理由もあるそうで。食事に関しては聞いてたけど、睡眠もとらなくていいなんて…今と全く違う事に驚いた。
うーん、熱中してると寝食忘れて、なんて人がいるけど、そんな感じなのかなぁ?
「あれ? でも、今までの神の器はシュトレイと一緒に行動してるの? 行動してないなら住んでる場所はあるよね?」
「それは…」
「場合によるな。それに一緒に住んでいても、俺があちこち飛び回っているから…だからだろう」
「伝言とかは?」
「会わなければ分からない事もあるだろう?」
むむ…そういうものなのか。でも、なんかすっきりしないなぁ。時々、シュトレイだけで出かけてる時もあるけど、ちゃんと帰ってくるし、シュトレイがつかまらないなんて事、ないと思うんだけど。
今は害獣被害が少ないし、害獣が出ても簡単に討伐できるみたいだから、今はそのおかげ、なのかな?
「そうだな…今後は変わるかもな。ただ、俺は神殿に篭りっきりになるのは好かん」
「…確かにどこかで大人しくしてるシュトレイなんて、想像できないなぁ」
必ずしも忙しく動き回っている訳じゃないし、書類仕事したり、私の勉強に付き合ってくれるから…大人しく出来ないっていう事もないだろうけど。
まぁ、イメージとして闘神が家で大人しくしてるのもどうかと思うけどね。
さて、そんなやり取りをしている間にも、お城に到着です。
門は馬車で通り過ぎたけど、入り口で降りれば、煌びやかな制服を着た様々な年齢の方がずらりと並んでいて。
「こちらが宰相です」
「ようこそいらっしゃいませ。まずはお疲れでしょうから、お部屋を用意しております。厩舎へはこの者がご案内致しますので、その後で神の剣の皆様も同じお部屋までご案内致します。」
「あぁ、そうしてくれ」
ずらりと並んでいる人全員、紹介されるのかと思いきや…あっさりとしてる。しかも、宰相さんの名前も聞いてないよ。こういうのって、役職と名前でセットで紹介されるものだと思ったのに。
でも助かるかな。疲れてる訳じゃないけど、ここで全員の紹介されたら立ちっぱなしだし、大変だよね。
通された場所は、パーティでも開けそうな場所だった。丸テーブルと椅子が置かれ、お茶とお菓子のセットがあった。
私達にはフェイさんがお茶を淹れてくれたけど、メイドさんもちゃんといて、遅れてきた神の剣のメンバーにもお茶を用意してくれた。
一息ついた頃、王様とさっき出迎えてくれた人達が来て、一人ずつ役職はもちろん、名前もちゃんと紹介されたけど…お、覚えていられるかなぁ。
「予定は通例通りとなっております。では、どうぞごゆっくり」
紹介が終わると、王様がそう言って出て行ったけど…部屋とかどうするんだろう。
「あの、シュトレイ。部屋とか、は?」
「あのドアがダイニングへのドアだ。廊下からも行けるがな。神の剣は、あっちのドアが隊長の部屋になるな。他の者は、フェイ、頼む」
シュトレイがフェイさんに声を掛けると、皆を集めてぞろぞろと出て行った。どうやら、いつも使う部屋があるそうで、フェイさんが知っているのだとか。王様も特に場所を言わなかったから、そこを使えと言う暗黙の了解らしい。
また、食事は基本、この部屋で全員揃って摂るのだと聞かされた。パーティがある時は私達は無理だけど…なんだか学校の修学旅行みたい。
そうして、私達もダイニングへと入ると、ネアさんとメイドさんが荷物を運び入れていた。皆を慌てさせちゃったけど、気にせずそのまま続けてもらう。寝室へはここからしか行けないらしいから、仕方ないよね。
服とかアクセは作れるからいいんだけど、宝石だけは持って来る必要があったし、化粧道具も使い慣れた物がいいという事もあって、持って来た荷物はすぐに片付けられた。
…メイドさんと一緒に寝室に入ったのはいいんだけど…その設えにどうしたものかと悩んでしまう。いや、綺麗だよ!? 綺麗だけど…ベッド一面、真っ赤なバラの花びらが乗ってるって…どう反応すべきなの!?
「…き、きれい、ね?」
メイドさんは、嬉しそうににこにこと笑うだけである。けれど、急に背後から腰に腕を回して抱きこまれた。
「ちょ、シュトレイ?」
「俺達には無意味だが…習慣というか、慣例というか、ここでは、ハネムーンに当たる夫婦の寝室は毎晩こうだぞ。まぁ、ここまでするのは皆が皆できるとは限らないから、使う花びらの数を減らしたり、花を生けるだけという場合もあるが」
「そ、それでこうなってるのね…でも、どういう意味合いがあるの?」
ていうか、離して欲しいし、耳元で話さないで欲しい。なんかこそばゆいし。
「新婚夫婦がベッドでする事、といったら、アレしかないだろう?」
「アレ? …!」
くすくすと笑いながら、声質を落として耳に囁かれた事に思い至って、思わず顔が熱くなる。くるりと身体を反転させられて、はずかしさから顔を見られたくなくて俯くけれど、するりと顎を掬い上げられて、上向かされた。
「期待に応えて、しようか」
「っ…」
囁くように言われて、また何を言っているのか分かって、嫌に心臓の音が煩い。でも…シュトレイの表情が…哂ってる事に気がついてしまった。
「その気も、ないくせに…からかわないで」
「気なら、常にあるぞ。ただ、まだ時期じゃないだけだ…」
「そもそも、その時期ってなんなのよ」
シュトレイにしか分からない事で、拒否されて…どうしたらいいのか分からない。
少し拗ね気味に言ってしまった気はするけれど、シュトレイは『そうだな…』と言って、ダイニングへと促された。ソファに座れば、皆に席を外すように言った為、二人っきりに。
「沙耶。好きでもない男とするのは…ある意味強姦だろう?」
「で、でも、結婚してるし」
「確かに結婚はしてる。だが、俺が欲しいのはその心だ。だから今は、置いておいてくれ。心が伴わないのに、無理に抱いたとして…心が手に入るか?」
「ぅ…そ、そんなの、わからないよ。でも、日本でも昔はそういうのあったみたいだし…ゼロではないと、思うけど…」
シュトレイは、大恋愛の末に幸せな結婚、みたいな、そういう風になりたいって事、なのかな? 恋愛だと、いきなり…その、身体からなんてないだろうし。
今はもう、シュトレイを“好きでもない男”っていう括りじゃないし…
「…その、私は、いいと思ってる、よ?」
「流されてる、または気の迷いではないと、言い切れるか?」
おずおずと、思い切って言ってみれば、ぴしゃりと言い返される。
確かに、もう結婚しちゃってるし、顔はいいし、生理的に受け付けない訳じゃないからっていう考えも、あるけど。
「妥協や、消去法で、その身体を差し出したら…今度こそ、本気で怒るぞ」
「っ…わ、わかんないよ…なんで、ダメなの」
シュトレイが私に求める答えが、分からない。
「何度も言っているだろう? 心が欲しいと。完全な、心が」
なんとなくいいなと思っているだけじゃ、まだ足りないって事か。でも、愛って、なに…?
「だからといって、好きになるように努めるのは、違うと思うがな」
「う…」
難しいなぁ。どうすればいいんだろう。
「沙耶が悩む事はない。沙耶の心が手に入れられないのは、俺の力が足りないだけだ」
シュトレイの力が足りないっていうのも、どうなんだろう。
恋愛って、お互いに惹かれあうものだと思っていたんだけど…シュトレイは、私の何処に、惹かれたんだろう。適応率が、とか言ってたけど、まさかそれだけじゃないよね?
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