53.今後のために
また別の日。シュトラータの東に位置する鉱山一帯に、シュトレイ専用の鉱山があるとかで、剣に乗って移動中。
シュトレイが物を作り出す時に、その鉱山から自動的に掘り出されるらしく、また埋蔵する金属の種類といい量といい、他の鉱山とはケタ違いだとか。
しかも、埋蔵量に一役買ってるのが大地神だそうで、秘匿されているっていうんだから驚きだ。
色々出したりしてるから勘違いしちゃうけど、確かにシュトレイは加工する神で、金属を生み出す神じゃないもんね。
「ここだ」
到着したのか、そう言う。上空から示された山を見下ろすが、びっしりと木々に覆われている。他の山々も同様だ。
「ここ? んー、木だらけで全然鉱山って感じじゃないよ」
「水湖神と火焔神によって幻影をかけられているからな。神の目なら惑わされないが…もし人が一歩入ったとしても、惑わされて数歩で出される様になっている」
説明を聞いている間にゆっくりと下降すると、木が生い茂る山肌から一瞬で、切り立った岩肌にぽっかりと穴が開いている情景に変わる。
「景色が、変わった?」
「ここはもう幻影の内部だからな。さっきも言ったが、神の目を使えば幻影に惑わされないぞ」
「むぅ…でも、これでやっと鉱山って感じね」
そう言うと、シュトレイはそっと地面へと降ろしてくれた。
うん、今までだっこされてたの。剣に乗るって、幅とか狭いよ!? 恐いよ!? って騒いでたら抱き上げられたっていう訳。
「足元、気をつけろ。人が来る事を想定していないからな」
手を差し伸べられて、そう言われた。確かに足元に大小さまざまな石や岩の一部が出ていて、ごつごつしている。
シュトレイの手を取って、開いている穴の中に入る。すると…岩肌にびっしりと、オフィーリスっぽい金属の結晶や、金や銀、様々な鉱物が見える。
日本でも、鉱山跡に行った事があるけど…ここまでしっかりと金属があるなんて。…でも…
「ねぇ、物を作る時はここから金属を使ってるのよね?」
「そうだ」
「いつも材料の事考えてないから、現実味がないというか分からないというか…」
「細かい事は俺が調整しているから、分からなくても構わない。そうだな、ここ、見ているといい」
そりゃ、神様の能力だから、説明された位で分かるとは思えないけど、なんとなくでも知りたいのに。
そんな心情を置き去りにされて、指差したのは…金色の岩壁だ。そして、見ている金の岩が消えたと思ったら…しゃらりと澄んだ音を立てて、金色の鎖が垂れる。
「これ…」
「そこにあったゴリーヌ…金で作った。そうだな、こっちも見ていろ」
そう言って、今度は近くにあった銀色の岩を指す。そして、目の前に先程の鎖を垂らすと、また銀色の岩がなくなると同時に、金の鎖に銀色の鎖が足されて長くなった。
「わぁ…ほんとに、ここの金属を使ってるのね」
「そうだ。作ったものをこうして…消してしまえば戻るし、また何日かすれば、大地神の力で補充される」
シュトレイが垂らしていた鎖を消してしまうと、消失した金や銀の岩がまた表れてびっくりしてしまった。
原材料の倉庫としてこの鉱山にあって、倉庫から取り出して使うってことかな。元に戻るのは、溶かしてまた材料に戻すようなものだろうか。
「でも、やっぱり、どうやってここから…物が作られるのかが気になるよ」
地球では、岩から金属を取り出して、熱で加工したりしている訳で。そういった、工程というか手順を知りたくて聞けば、シュトレイは困った様な顔をする。
「物を作る時に、どの金属を使って何を作るのか、というのは考えるが…この鉱山から、というのは考えないからな。なんと言ったらいいか…自動処理されているというか」
「そうなの?」
「人が作業する時は、材料を加工するだろう? だが、この鉱山はある意味無尽蔵だ。だからその様に創られた」
「…ん? 創られた?」
確かに材料を心配する必要がないなら、考える必要はないのか。けれど、シュトレイの言葉尻に疑問がまた沸く。創られたというのは、どういう事なんだろう。
「何もない所から、俺たち神が生まれた訳じゃない。自然発生した訳でもない。分かるな?」
「じゃあ、シュトレイ達、神様を作ったのは…誰? 会えたりする?」
そう聞くと、少し悲しそうな、困った様な表情で笑うだけで、応えてくれなかった。
鉱山内には様々な金属があるらしく、中を移動しながら種類や使い道とかを説明してくれた。
やっぱり、名称が日本と違って、ゴリーヌは金だし、シルフォンヌはシルバー、ペリュエはプラチナだった。銅とかクロムとか、もっと他にもこの世界の名前と一緒に説明されたけど…多すぎて、最後の方は聞いてる振りしてたのは秘密。
そして、中央国にも正式訪問する事に。ネアさんはもちろん、チェルシーさんとコーディーさんも一緒に。
神の剣が、全員着いて来たのは驚いた。その間に害獣がでたらどうするのかと疑問を口にすれば、城の軍でも十分なのだと言われてほっとしたのだけれど、シュトレイが少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「だが、どちらかと言えば、この訪問の方が危険性は高いぞ」
「え? どうして?」
「あの国が出てくるからな。忘れたか? 以前中央国からの帰りの事を」
そう言われて思い出した。道具を使われて、能力を封じられ…穢されそうになったのも。
「で、でも…神の剣がいるのに、同じ事が起きるの?」
「今代の王がどの様に考えているかにもよるな。フェイの話だと、随分と軍を増強しているようだし、街道近くの国境沿いにもかなり兵を配備しているしな」
「え…」
ちょっと、それって仕掛けてくる気満々じゃないの!? そう叫ぶと、何の気もなしに『そうだな』と返された。
何でそんなに落ち着きはらってるのよ~~~!
「慌てても兵は引いてくれないし、来たら撃退するだけだからな」
「むぅ…あ、でも、その国は…シュトラータと戦争をしたい、の? その割りに攻めてくる様な話を聞かないんだけど」
そう、そんな国があるらなば、シュトラータは常に戦争をしている事になるはずで。でも、平和だと聞いてるし、平和だからシュトレイが蔑ろにされた訳で…
「あの国は、な。シュトラータに、というよりは、俺を消したいだけだ」
「シュトレイを? えっと、国単位でシュトレイに恨みがあるとかそういう事?」
「国というか…馬鹿げた恨みだがな」
そう言って、シュトレイは少し悲しそうな表情をする。何か、戦争の理由があるみたいだけど…話してくれない。
フェイさんに聞いても、シュトレイが起きている時に、必ずこういった事が起こる為に常に準備しているに過ぎないとかで、理由は分からないみたい。
でも…シュトレイに戦争を仕掛けるって…かなり無謀だよね。だって…最近神の目の応用で、細かい条件付けが出来る事に気がついたんだけど…その条件に、気分とか思考まで含まれている事に驚いた。
だから、条件付けに“攻撃”としてしまえば、遠くても分かってしまう。攻撃を当てる事が出来ないなら、怪我する事も無い訳で。
でも、そもそもシュトレイって…人間と同じ様な傷で死ぬの…? 急に不安になって、シュトレイに聞いてみれば。
「どう思う?」
「どう思うって…」
「弱点、というなら、沙耶だがな。だから、この間の様に勝手な事はするな」
ぐりぐりと頭を撫でられて、しっかり目線を合わせて念を押される。分かっていると答えるけど…
「その、注意するし、もう自分で防御も出来るけど…」
「それでも、あの国に関しては駄目だ。他にどんな手を持っているかわからないからな」
そりゃそうだけど。あれ? どんな手を持っているか調べられないのかな? それこそ神の目で見れば良さそうなのに。
シュトレイは何故か、満足そうに私の頭を撫でているだけで移動中暇だし、ちょっと見てみようっと。
まずは、“神の器を封じる物”かな。
しばらく様々な条件で調べてみたけど、上手くイメージができてないのか、それとも条件付けが良くないのか、成果がない。
“封印する物“や”繋がり“で調べると何も映し出されず、”悪意ある物“や”武器“で調べると、映し出されるものの、それが繋がりを封印する物なのかが分からない。
でも、これはこれで危険な訳だから…覚えていて損はないんだろうけど。
封じる物を調べるのに熱中して、肝心の“傷で死ぬのか“の問いを、すっかり忘れてしまった事に気がついたのは、後日になってからだった。
神の目の成果が出ずに気分が下降してしまうという問題があるものの、順調に中央国へ向かっていたが、出発から四日経った頃だろうか。緊張感が漂ってきた。
原因は中央国への街道で、一番その国に接近する場所へと近づくからだそうで。確かに周りの景色を見ると、以前襲われた場所付近である事が分かる。
「戦いになるの?」
「さぁ? 相手次第だな」
「…話合いとかして、根本的な解決はしようとしないの?」
「当初は、しようとしたぞ。だが、聞く耳持たなくてな」
当初、というのがいつなのか見当もつかないんだけど…なんだか正面からすごいプレッシャーが。
うん、その主はフェイさんなんだけど。この話ってもしかしてまたシュトレイの“秘密”なんだろうか。神の器だけは知っていた可能性はあるけど、じゃあなんで今、フェイさんが居るここで話すんだろうっていう問題が。
「闘神様、それ、話していただけるんでしょうね」
「いずれな。今はまだ時期じゃない」
「……」
あ。フェイさんが項垂れた。時期じゃないってどういう事なんだろう?
「だが、そうだな…そろそろ本気で始末をつけるのもいいだろうな」
「し、始末って…」
「話し合いに応じればいいんだが、な。そうでなければ…神の力がどういう物なのか…身を持って知ればいい」
そう言って哂ったシュトレイの表情が…とても恐くて、ぞくりとしてしまった。
けれど、そんな表情も一瞬で、すぐにいつもの様な穏やかな顔に戻って、ほっとした。
しばらく進むと、やはり衝突は避けられなかったようで。シュトレイは一応話しをしてみると言ってくれたけど…
「くれぐれも、ここから出るなよ」
「分かってるってば」
「…キサネア。頼むぞ」
「畏まりました。この命を掛けて」
その、ネアさんの言葉にびっくりしてネアさんを見れば…シュトレイは私の頭を撫でて、馬車から出て行った。
「ネアさん、命を掛けるって…」
思わずそう聞くと、にこりと笑う。
「レヴァン家の者は、闘神様の言葉に絶対に背けないと…以前お伝えしたと思います。今回は、闘神様自ら制約を施されましたから…絶対に、ここから出ないでくださいませ。でなければ…」
「…殺される、って事?」
「少し、違います。けれど、結果は同じです。ですから、ここで大人しくしていてくださいね?」
ちょっと! 制約って何よ! とんでもない脅迫じゃないの! しかもシュトレイからそんな事聞いてないし!
「うぅ…」
「いくつか刺繍のパターンも持ってまいりましたし…ゆっくりしましょう」
「うん…シュトレイに“見るな”って言われてるし、そうしようかな」
そうなのだ。神の目で見るなと言われてる。理由は、人を殺す所を見られたくないのだとか。私も見たくないけど…でも、見ていなくても、すぐ傍で無駄に命が亡くなっている事を思えば、気分は落ち込んでしまうのだけれど。
どうして、シュトレイを殺したいのだろう。その確執は、いつからなのか。話し合いで、どうにかならないのか。そんな事を考えながら、刺繍を刺して行く。
どれ位経っただろうか。外から呼びかける声が聞こえた。
内容は、戦闘が終わり、シュトレイがすぐに戻るとの事だったのだけれど…後に続いた言葉に、ネアさんと一緒に首を傾げてしまった。
「どう思います?」
「闘神様が出るな、とおっしゃっている訳ですから…出迎えなくとも問題ないかと。それに…神の剣の者に伝令を頼むとしても、どうかと思います」
そう、“外で出迎えたら喜ぶ”と言われたのだ。確かに出迎えたら喜びそうだけど…これが罠の可能性も有る訳で。
「出迎えるなら、そこで出迎えればいいよね?」
「そう、ですね。その方が安心ですし、確実です」
「じゃあ出迎えるのはそれでいいとして…伝令っぽい人はどうしようかな」
馬車の後部の乗り口近くにネアさんと立って、出迎える準備をする。メイドさんが簡易の椅子を持って来てくれたのでそれに座りながら、ネアさんに問いかける。
「神の剣なら問題ないんですが…もし罠を仕掛けに来た者ならば、このままにしていては逃げられてしまいますし」
「逃げられても、背後は分かってる訳だし、捕まえる必要もなさそうだけど…でも一応捕まえておく?」
「外に出るおつもりで?」
「ううん。神の目で見て、オフィーリスで囲って閉じ込めようかなと。あ、でも…見るなって言われたけど、この周りだけなら大丈夫よね」
シュトレイが帰還してるのかを見てしまえば、嘘かホントか分かるんだけど…嘘だった場合、シュトレイとの約束を破った事になっちゃうし。この付近なら大丈夫なはず。
ネアさんは困ったような顔して笑っているけれど、ダメとは言わないし。そうして、その伝令が居る辺りを神の目で見る。
格好は確かに神の剣の格好してるけど、まだ全員の顔熟知してないからなぁ。そんな事を考えながら、その人の周りを一瞬でオフィーリスで囲ってしまう。
「よし、完了! 神の剣の人だったら申し訳ないけど…後は、シュトレイに任せればいいよね」
「それがよろしいかと。…丁度いいので、お茶にしましょうか」
ネアさんのその言葉の後で、すぐにお茶が供された。フィナンシェっぽいお菓子が添えられていて、皆でテーブルに付いて、お茶です。
「あ、おかえりなさい!」
あれから何度か同じ様な伝令だったり、戦況が思わしくない為に手を貸して欲しいという、どきっとする伝令が来たりしたけど、シュトレイは笑顔で帰って来た。思わず駆け寄って出迎えれば、嬉しそうに笑った。
「ただいま。で、外にあるアレは一体なんだ?」
「うん、伝令の人なんだけど…多分嘘…ぽい人が何人か」
帰還するっていう伝令が二人と、その後で戦況が思わしくないって言う人が三人。帰還するっていう話の後で、戦況がっていうのは明らかにおかしいから、前二人は嘘なんだと判断した。
戦況が思わしくないとの伝令は、聞いた後に目の前が真っ暗になった。戦況が思わしくないなんて聞いて、想像したのはシュトレイが死んでしまう事。
呆然としていたら、ネアさんに手をしっかり握られて、大丈夫だと抱きしめられた。もしこの伝令も嘘で、私が封じられたら困るのは闘神様だ。と、叱咤してくれた。
その状況をシュトレイに説明すると、傍で聞いていたフェイさんが外へと出て行ってしまう。けれど、その後でふわりとシュトレイに抱きしめられていて。
「よく大人しくしていたな。俺は伝令など一切出していないから…隊長が自己判断で行っていなければ、全員敵が差し向けた者、だな」
「…そ、か」
「キサネア、よくやった」
「ありがたきお言葉でございます」
「…そういえば、ネアさんに聞いたけど…制約って何? レヴァン家の人って…シュトレイに背けないの?」
そっと胸を押して、見上げてそう言うと…困った様な顔をした。
「…こんなに、良くしてくれるのに…私の行動一つで…死んじゃうかもしれないなんて、嫌」
「今はまだ…沙耶が、ちゃんと聞き分けてくれれば問題ない」
「じゃあ、いつまで待てばいいの?」
「それほど掛からないと思うがな。今の所、あの国をどうにかするまで、かな」
「…うん、わかった。でも、ちゃんと言って。じゃないと、気をつけようが無いから」
そう言うと、分かったと応えてくれたけど…その後で、額にキスされた! ネアさんもいるのに、恥ずかしい…
気にしているのは私だけなのか、ソファに促され、お茶が用意された。もう夕食だからか、ハムやベーコン、野菜等が出された。
それを摘んでいると、フェイさんが戻って来た。どうやら隊長も伝令を出していなかったそうで、隊長も付き添って伝令の人を確認する事に。
その間は危ないからと、また大人しくしているように言われた。
結果として、伝令で来た人は神の剣の人でも、シュトラータの人でもなかったようで。その人たちはシュトラータへと送って、背後関係を調べるらしい。
それと、やっぱりというか、敵軍とは話し合いが出来なかったようで…あれだけ帰ってくるのに時間が掛かったから、予想はしていたけど…やっぱり悲しいな。
シュトレイが“どうにかする”って言ってたけど…どうするつもりなんだろ。穏便に済めばいいんだけどなぁ。
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今まで放置していた『あの国』をどうにかしようと、闘神様が決意を新たにしたっぽい。
今までは撃退してれば良かったけど、封じる物なんて作られたから、放置して置けなくなった模様。