52.ソウルフードは大事です
醤油と味噌をそのうち買いに行くという言質を取ってから、二週間程たったある日の朝。
朝食を摂りながら、急に切り出された。
「今日、ガルダン地方へ行くぞ」
「ほんと!? やった~」
やっと醤油と味噌が買える! そう思うと、すごくうれしいし、その地方がどんな風景なのかも気になる。
でも、行けるのはうれしいし、待ってたけど…
「なんで急に? 昨日の夜教えてくれてもいいじゃない?」
「嫌か?」
「ううん。嬉しいし、楽しみ。でも今日用事あったらどうするのよ」
「次の日でも構わないぞ。それに、夜に言って、楽しみで眠れないなんて事になったら困るだろう?」
う…。大丈夫とは思うけど、確かにそんな事もありそう。でも、だからって…
「引越しの時も急だったし…」
「サプライズは喜ばれると思ったんだが」
「…確かに嬉しいけど」
「なら、これからは事前に言おう。それでいいか?」
「うん。ありがとう」
確かにサプライズは嬉しい。でも、最近は出かけることもあるから用事が重なっちゃうと困るもの。
「でも、どれくらい掛かるの?」
「そうだな。通常であればかなり掛かるが…少し、強行しようか。そうすれば一週間もあれば行って帰って来られるかな」
強行って、どうするのかと聞いてみれば…商人を装った馬車で向かうらしいんだけど、その馬車ごと金属で包んで、上空を直線距離で飛ぶらしい。
まるで飛行機のようだけど…でも、こんな事出来るなら、中央国に行くときもすればよかったのに。それを言うと、困った様な顔をした。
「あれは、あの国が今こちらに対してどういう状態なのか知りたかったからな。…沙耶を危険に晒したかった訳じゃない」
「それは…私があそこから出なければ良かっただけだから」
「それに、少数だけで移動するのはよくやるが…馬車ごとというのは、飛行機を見たから」
「え? そうなの?」
「今まではその発想が無くてな。だが、今はまだ秘密にしておいた方がいいな」
そう言って、フェイさんに秘密にするようにと言っている。秘密にするのは、軍事的に有利になるとか言ってるけど…確か、唯でさえ軍事が強いはずで、そこまで心配する事もないと思うけど。
多少の、不安要素はあるんだろうけどね。
食事の後で、見繕いなどの準備をする。商人として偽装するらしく、神の剣メンバーも護衛として三人来た。
流石に、要職のメンバーは何かあったら困るという事で、男性の一般兵ではあるけれど。
その一人が商人の三番目の息子という事で、ちゃんと商人らしく見える様に、馬車や服装等シュトレイは駄目出しされたそうで。
この人選はフェイさんがしていたようで、用意周到だなと感心してしまった。
そうして、向かうメンバーが乗り込むと、馬車を金属で包んで出発だ。
「シュトレイ、これって外はやっぱり見えない、よね?」
「沙耶なら見えるだろう? 目を使えば」
「そ、そういえばそうね。ついでだし練習しておくわ」
馬車内は、広いスペースにソファとテーブルが置かれ、ネアさんによりお茶が用意されている。お茶を一口、口に含んでから、神の目を使うべく集中する。
使い方は、見たい場所をイメージして、どのあたりに表示するかを願うだけ、らしいんだけど…見たい場所をイメージって、卵が先か鶏が先かっていう状態でいまいち上手く行かないんだよね。
一回見えれば、もう少し右とか、拡大とかはすぐ出来るんだけど。
神の剣のメンバーとシュトレイで、話をしているんだけど…気になってしまう。
「ガルダン地方の商隊は、シュトラータには来ないのか?」
「山がありますから、どうしても回り道になります。だからあの山手前の街で止まってしまうんです。中央国は、シュトラータよりは近いですし、流石に中央というだけあって、市場も活発で利益も見込めるでしょうが」
「利益が見込めれば、可能性はあるか?」
「あると思います。あとは道中の安全を確認しませんと」
「ガルダン地方へのルートは、未確認なのか?」
「中央国への街道辺りまででしたら確認済みなんですけど…それ以上先になると、無駄になる、とかで」
「…無駄、か?」
「いえ。必要な事なのですが、やはり遠征する距離が遠くなるとお金が掛かりますから、その辺でいろいろあったようですよ。今はやりやすくなったみたいですが、反対に今まで確認できなかった場所で優先順位を考えると、ガルダン地方への道は使われていませんから、後回しになっていますね」
「場合によっては優先度を上げさせるか。それはともかくとして……沙耶、集中が途切れてるぞ」
「ぅ…」
いやだって、そんな傍で色々話されてるとね!? どうしても気になっちゃうじゃない?
そういえば、以前、地図見せてもらったけど…確かにシュトラータを囲むように鉱山があって、シュトラータはその山を少し切り崩す形で国を作ったって、歴史書にあった。
でも、それが醤油と味噌がある地域を遠ざける原因になっていたなんて! うーん。山が邪魔ならトンネルっていう手もあるんだけど、この世界でそれが出来るかどうか、よね。
「うーんと…フェイさん、地図ってあります?」
「えぇ。こちら、どうぞ」
「ありがとうございます。シュトレイ、あのね…トンネルって、できる?」
「そうだな。人力でも掘れるし、安全性に関しては俺が力を使えばいいが…問題は害獣だな。前は知能が発達したやつにかなり手を焼いたんだが…今はどうなってる」
「今は不思議なほど、過去に手を煩わせた種が出ません」
フェイさんがシュトレイの問いに、間を置かずに答えると、シュトレイが考え込んでしまった。
「…後で調べるとして、実際にトンネルを掘る事になると、向こうの国とも協議が必要になるだろうな。だが、出来上がれば物流がもっと活発になるだろうし、悪い話ではないはずだ」
「そういえば、お米って…ないの?」
「あぁ…今はまだない。だが、何ヶ月かすれば出来上がるだろうな」
ん? 今はって、保存が利かないとか、出来ても量が少ないからすぐ消費されちゃうとかなのかな? そう思って聞き返してみると、元々この世界にはお米がないのだとか!
だから、地球の神様が種をシュトレイに持たせてくれたらしく、シュトラータの沼地で今栽培中なんだとか。
し、知らなかった。というか、いつそんな事していたのよ。確かに時々居なかったけどさっ!
そんなこんなで、どこにトンネルを掘るかなんて話をしているうちに、目的地である人気の無い森の中を通る街道に到着した。人気のない場所にしたのは、街に金属の塊が降りたら驚くだろうとの配慮からだ。
そこへ降り、馬車を覆っていた金属を解除すると、神の剣の…商人の息子のラルスさんが馬車を操縦する為に御者席へ。他の二人は馬車の横を馬で併走する。
シュトレイがいるから、併走しなくても安全は確保できるんだけど、一般の商人を装ってるから必要なんだそうで。
でも、シュトレイに、街につくまで神の目の練習をしろと強要されてしまった。ほんと最近スパルタだよ…
ガルダン地方は、ネラリア王国という大国が治めているらしい。でも、結構温厚な王国らしく、街行く人も、温かい人ばかりだった。見た目は少し日に焼けたような褐色の肌色をしていたけれど、あとはシュトラータとの違いはなかった。
気候は少し温たかいかな? と言う位で、多少の違いはあれど、神の手が入っている為に暑過ぎるという事もないそうで。
そんなこんなで、ガルダン地方の大都市で物凄い量の醤油と、お店の料理を堪能した。
その後で味噌を求めてガルダン地方南部のテティス地方にも行った。やっぱりそこでも味噌を大量に買い込んで…そうしてシュトラータへと戻った。
「…でも、こんなに買い込む必要もないと思うんだけど」
台所と、食材庫に運び込まれた醤油と味噌を見てぽつりと呟けば、シュトレイがくすくすと笑う。
「まず、シュトラータの人にこの味を知ってもらわないとな。道中で話していただろう? ガルダン地方へのルート開拓の話を」
「それとこれとが関係するの?」
「美味しいものが手に入るならば、仕入れたいと思うだろう? そんな町人や商人の声が大きくなれば、優先度が上がると言うものだ」
な、なるほど。まぁ、シュトレイが優先度上げろと鶴の一声上げるだけで良い様な気はするけど。
「ということで、美味しい料理、期待してる」
「え…」
「まずは味噌汁かな。ダシはシュリーフィッシュでとったものが近い。ネア、頼む」
「畏まりました」
び、びっくりした。美味しい料理とかいわれるから、どんな凄い物を期待されてるのかと思ったけど、お味噌汁ならなんとか。でもお豆腐がないんだよね。味噌があるのになんでかなー。にがりがない、もしくは知らないっていう可能性もあるけど。でも、自分で豆腐作ったことなんかないし、にがりってどういうものか知らないから作れないじゃない!
あー! お味噌汁にお豆腐は必須でしょ~~~! 油揚げも~!
「はい、お味噌汁! でもねシュトレイ、お豆腐も油揚げもお味噌汁には必須でしょ!?」
「う、うん? そうだな」
「なんとかして」
「…豆は買ってある。あとはにがりをどうするかという問題をクリアすればいい」
配膳の時に、思わずシュトレイに詰め寄れば、困惑した表情だったものの、そう返答が帰ってきた。
…お米といい、お豆腐といい…ありがたい事だ。でも…
「お豆腐の作り方、わかるの?」
「一応は。あっちの神にソウルフード位は覚えろと言われてな。沙耶を見守っていた十四年間で、色々と勉強したものだ」
「そうなんだ。でも、見守ってって…」
「怪我や事故などで、失う訳にはいかないから、な。とはいっても、力を使う事が出来ないから、実際はあっちの神が守っていたんだが」
な、なんか知らない間に神様に守られていたなんて…お祈りとかすっごい適当だったよ!? うわー失礼なことしてないと良いんだけど。
「そう言う訳だから、時間は掛かるけど準備はしている。ただ、やはり物流が整ってないから、今回みたいにルートが出来ていなかったりすると、余計時間がかかる」
「うん。ありがとう。楽しみに待ってるね」
そういうの、言ってくれればいいのに…そしたらこんな、詰め寄って言う事もなかったのに。
なんだか、だんだん嫌な子になっていく…嫌われたくないのに、なんでこうなっちゃうんだろう。
次の日から数日、シュトレイが醤油と味噌を使った料理を作っていた。
「味はどうだ?」
「すごく、美味しい、デス」
シュトレイは、料理も完璧でした…!!! 日本では、料理は今まで週に一回するかしないかだったから、得意って言うほどじゃないしレパートリーも少ないけど…
「何故片言…」
「だって、私よりレパートリー知ってて美味しいって、ずるい」
「俺はこの世界の食材は分かってるからな。アドバンテージってやつだろう」
「…でも」
目の前に出された料理は、サバ味噌もどきだ。意外とパンと合うのが驚きだけど、ここ何日かで味噌味の鍋、筑前煮もどき、酢味噌和え、豚の角煮もどきが出された。“もどき“なのは、使ってる材料が違うからだけど、プロ顔負けの味と形で出て来た時にはもうびっくりした。神様で強くてイケメンで料理も上手いとか、ほんとずるい。
「沙耶も、これから上達していけばいい。それに、俺はこの世界の料理は疎いぞ。作る必要も、食べる必要もないからな。」
「え? でも、今食べてるよね?」
「それは、沙耶と一緒に共有したいからな。それに、沙耶の愛情が込められた物なら喜んで食べるぞ」
「! がんばる。でも…日本の料理も、教えてね」
「そうだな。今度から一緒に作ろうか」
「うん!」
その後、何を作るかで盛り上がったのは言うまでもないだろう。
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意外と長くなったのでぶっちぎり。うだうだ進行すぎるなぁ…