4、闘神、動く
宙から眺めるは、己の為の神の器だ。よく眠っているのだろう、規則正しい寝息が聞こえる。
(いつもであれば、”起きる”前に力を使うのはあまり好ましくないんだが。)
そう、これやからやろうとしているのは、いくら目覚めが近いとはいえ意識体で行うなど、本来であれば出来ない事。託宣の巫女に降ろされねば扱えない力だ。それがどうして扱えるのか。
それは沙耶のおかげとも言える。まだ魂が変化していないとはいえ、力を十分に備えている。これも、イレギュラーな力ではあるが、助かっている。そう、だからこそ、神の器は沙耶でなくてはならない。これを失わない為にも、動かなければ。
するり、と苦もなくその身体に入り込み、一瞬でベッドの周りをオフィーリスで覆う。
そしてまた抜け出せば、己の婚約者は僅かな声を漏らしたものの、すぐ落ち着いた寝息へと戻る。
(これで安全は確保できたな)
これからする事に集中すると、意識がどうしてもこっちに向けられないから、万が一の為にシェルターを作った。オフィーリスで作ったのは、どんな金属での攻撃も、どんな魔法も通さないのと、金属だからこの様に一度設置してしまうだけで永続的に守れるという利点からだ。
念の為穴がないか周りから確認するが、穴などあるはずもなく、その出来栄えに満足した。
そうして、探し物をするために意識体でシュトラータ上空へと飛んだ。
飛ぶ、と言っても、地表から50メートル離れた位で、国中”視えるように”中心位置へ陣取る。
そうして、”眼” を開く。
その眼は、ただの眼ではない。神の眼、だ。全てを見通せる、望みのモノを探し出せる、眼。それで何をするのかといえば、託宣の巫女となる者を探し出す為。
託宣の巫女は、神の寄り代。俺が”寝ている”時でも託宣の巫女がいれば、力を貸したり出来るし、他の三神を呼んで意思の疎通を図れたり出来る。
だから、本来であれば託宣の巫女は重要視されるし、保護されるものだ。だというのに―――
よくも穢してくれたものだ。ああ、本当に腹が立つ。
(三人、出来れば四人が望ましいが、最悪一人でもいい。・・・三神には悪いが)
あの時身体を借りた託宣の巫女の精度の低さから諦め半分にそう思った。だが、アレが何故、託宣の巫女など―――
ふと、思考に沈みそうになった意識を、”眼” から入ってくる情報に戻し、精査していると、最低ラインを超える者が結構いる事に驚いた。
(俺が起きる時期に、わざと仕組んだか。それとも俺を軽く見ているのか。…できれば『巫女となる条件』を知らなかったなんていうバカな理由じゃない事を願うばかりだが)
上がってくる情報から、常に上位四名をキープするようにして選んで行くが、ふと感じた強烈な力に思わず気持ちが高鳴る。
―――こいつは、魂が変化する者であれば神の器として選出してもいいくらいだ。沙耶には劣るが。
(こんな者が居たとは。選別者の目が悪いのか、責任者が悪いのか。…ファルからの報告待ちでいいか)
そんな事を呟いた時、情報が出尽くしたようだ。上位四名に”神の印”を施すと、城へと戻る。
城の部屋へと戻ると、ベットの周りに展開していたオフィーリスを見る。
それに問題が起きていない事を確認してから、己の婚約者の身体へ入り解除する。
(くすくす…ほんと、よく眠ってる)
身体を抜け出してじっと、寝顔を見入ってしまえば、早く触れたい。早く抱き締めたい。そんな感情が暴走しそうだ。
けれど心配なのは、その心。こっちはこんなにも好きなのに、好きになってくれるだろうか。愛してくれるだろうか。
身体に入っても心までははっきり分からないし、表情を見る事が出来ない。
託宣の巫女に入っていた時は見れたけど、魂を縛ってしまい、却って良くない事をしてしまった。
そう、俺は”唯一人”を愛する。代わりなんていない。邪魔になるであろう、前の神の器と過ごした愛しい記憶も消してしまう位だ。
だから―――その相手から愛されないなら、逃げられないように心をも縛るよ?
目が覚めた私は、まだ薄暗い室内に驚く。ベットから出て、カーテンを開ければうっすらと空が明るくなってきているようだけれど。
「うーん、昨日早く寝たからかな」
そう、この世界の灯りはランプや蝋燭の様な物で、いくらたくさんの灯りを灯されても暗かった為、早くに寝てしまった。
うん、明かりの大切さに気がついたよ。街灯なんてのもあるらしいけど、人が灯して歩くんだって言うんだから大変だよね。
そんな事を思い出しながら、洗面所兼浴室へと入り、洗顔と歯磨き等の身支度を整える。
昨夜、これだけは自分でしたいから、起きてすぐと、寝る前には身体に入らないで欲しいとお願いしたのだ。
多少は乙女としてのプライドがね…常に傍にいるらしいから、見られてるとは思うけど。
身支度を整え、昨日のクローゼットのある部屋に行く。そういえば、ドレスルームと言ってたっけ。
「服はどうすればいいのかな?」
そう呟けば、あっという間に身体を乗っ取られた。
「作るからいいよ。今日はロングドレス~♪」
またあっという間に、パジャマから抹茶色を薄くしたような色のドレスへと変わっていた。
目の前の鏡に映っているそのドレスは、詰襟で、けれど胸元が少し開いているタイプ。スカートはあまりボリュームがなくすらっとしていて、大人の女性のような雰囲気がする。
しかも、刺繍がすごく細かく入っている。ピンクプラチナのような、金と銀を混ぜたような、不思議な色の糸で、胸元から腰の下まである。
(うわー何この刺繍。すごい綺麗)
「んーちょっとお守りも兼ねてねぇ。ほら、後ろはこんな感じ」
合わせ鏡は昨日片付けちゃったから、鏡に背中を映して上体を捻って見せてくれた。
後ろは腰の下から裾に行くにしたがって左右対称に細くなっている。
「耳飾つけたいけど、髪の毛で隠れそうだなぁ。でもこの長い髪を纏めるのももったいないしなぁ」
ぶつぶつ言いながらイヤリングを取り出し、化粧台の上に置くと、脇にあった小卓の上のベルを鳴らす。
…やっぱり音が鳴らなかった。
そして現れたメイドさんはピンクっぽい紫色の髪色のスンさんだった。
「お呼びでしょうか」
「髪を耳飾が見えるようにしたいんだけどねぇ、髪は出来るだけ纏めたくないんだよねぇ」
「かしこまりました。でしたら…そうですね。失礼します。ここをこの様に纏めてみてはいかがでしょう。飾り付きのクリップで留めるだけでもいいですし…」
「細かい所は任せるよ。ただ、バカっぽくならないように頼むねぇ」
「は、はい」
それらのやり取りをただ聞いて居ただけだけど…
(ちょっと、シュトレイ…バカっぽく見える髪形ってあるの?)
「バカっぽく見える髪形? 一応ないとは思うけど、こっちの世界のここ十五年位の流行が分からないんだよねぇ」
(なるほど)
「…発言よろしいでしょうか。」
「いいよ~」
「バカっぽく、とは意味合いが違いますし、下町の子位しかしませんが、幼く見える髪形というものでしたらございます」
櫛で丁寧に髪の毛を梳かしていたスンさんがそう言う。発言の許可を貰っていたのはびっくりしたけど。
(幼くかぁ。それならありそうだけど、でもなんで下町の子限定?)
「下町の子位しかしないって、どういう事?」
「はい、生活事情と申しますか、身支度に人も時間も掛けられませんので、簡単に一つ結びや真ん中で分けて二つに結ぶ位なので・・・」
(あーわかった。確かに幼くっていうか、子供っぽいかな)
「そっか、ありがと」
軽い感じでシュトレイがお礼を言うと、スンさんはにっこりと笑って手を動かす。
そうして出来上がったのは、真正面からしか見えないからなんとなくだけど、耳の上辺りから髪を取って両方三つ編みにして、後頭部で纏めたみたいだ。
スンさんが鏡を持って来てくれて、後頭部がどうなっているか見せてくれた。
後頭部で三つ編みを丸めてお団子にしてあり、その周りに沿う様に、シルバー素材に薄緑色の宝石で花の様に作られているものが飾られていた。
しかも、端からも宝石を連ねた物が垂れ下がっているけれど…これ、一番下の宝石がクローバーの形になってるよ。しかも葉一枚ずつを繋げてる訳ではなくて、一つの宝石をその様に削りだした物で。
(わぁ、すごーい)
「気に入ったみたいだね。よかった」
シュトレイが満足そうにそう言った後で、スンさんに朝食の用意が出来ているか聞いていた。準備はしているけれど、もう少し掛かるとかで、紅茶を飲んで待っている事になった。
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いつも長文になるので今回短めにして見たつもりですが、それでも長文ですねorz