38、中央国へ行く事になりました。
ぐずぐずと悩んでいても、日々は過ぎて行くのだけれど。
「え? 中央国に?」
「ああ。一通りやる事は終えたし、何より三神にも挨拶に行かないとな」
朝食を食べた後、ソファでお茶を飲んでまったりとしていると、シュトレイにそう言われた。
確かに、巫女を通しては会ったけど、ちゃんと会った方がいいんだろうなぁ。それに、あの時はそんなに話せなかったし。
「本当だったら、沙耶が自活出来る様になってからの方が良かったが」
「え? 自活って?」
「一人でもちゃんと身を守れる様に、だな」
身を守れる様にって、どういう事なのかと思っていたら、どうやら道中で危ない場所を通るのだとか。
…どういう、”危ない場所”なのか教えてくれないのは、なんでなんだろう。地形的に危ないのか、治安が良くないのか、いろんな理由があると思うんだけど。
「それと、本当ならこの城でもパーティが行われる。貴族向けのお披露目という名目だがな。ただ、人員変えたばかりだし、うまく調整つかないみたいで、もう1、2ヶ月は掛かる。それを悠長に待っていられる状況じゃないから」
「そうなの? でも、確か三神が王様にも会わせたいとか言ってたよね? もしかして向こうの偉い人たちとも会うかも知れない?」
「そうなるな」
「それって、いいのかな? この国の王様とは会ったけど、偉い人とかにはまだ会ってないのに」
「問題ない。あちらに行くのは、『三神に会う為』であって、『王に会う為』ではないから。それに、三神を蔑ろに出来ないのは、その力を思えば、誰にでも分かる事だ」
む、言われてみればそうだね。三神がこの世界では一番重要な神様だし。もし、偉い人を紹介されたとしても、不可抗力って事か。
「と、いう事で、今日中に身を守る術位は覚えてもらう」
「え…それって護身術みたいなもの!? 一日で覚えられる訳無いじゃない!」
「護身術と言えばそうだが、それほど難しくない。自分の周りにオフィーリスを張り巡らせればいい」
言われた事に、以前シュトレイがそのような方法で身を守るから、攻撃が当たらないなんて言ってた事を思い出した。確かに当たらなければいいんだよね。
「だから、ちょっと外に出ようか。室内でもいいが、大きさを誤ると部屋を壊しかねないから」
「う、うん。…ん? 壊しかねない?」
「例えばこのテーブルの中央に、オフィーリスで作ったそれが現れたらどうなる?」
示されたカフェテーブルに、金属の膜が現れた所を想像する。金属で、攻撃を防ぐんだから、通り抜けるなんて事はないよね、きっと。という事は…
「分断、される?」
「そうだ」
「え、じゃあ…その、人とかは…」
「もちろん、同じ事だ」
「っ…そんな、出来ない。人を巻き込むかもしれない方法なんて」
周りの人を巻き込むかもしれない防御方法って、なんなの!?そんなのアリなの!?そう憤怒していると、シュトレイがくすくすと笑う。
「大丈夫。俺がついてる」
「どう大丈夫なのか分からないんだけど」
「そう、だな…」
シュトレイは少し考えているのか、黙り込んでしまった。なんだろう、難しいことなのかな?そう思っていると、そっと耳元に、『これからいう事は秘密だよ?』と、囁かれて、ぞくりとしてしまった。
「くすくす…沙耶は、俺。俺は、沙耶。分かるか?」
「とんちしたい訳じゃなくて」
「そうじゃない。この世界での、存在としてそうであるという事だ」
「…どういう事?」
「言ったとおりの事だ」
「わかんないよ」
教えてくれるのはいいけれど、私がわかるように教えて欲しいよ。
結局分からなくて、そんな危険な護身術はやりたくないとゴネてみる事にした。
「危険な所を通るといっても、シュトレイが一緒にいるんでしょう? だったら問題ないじゃない」
「それはそうだが、覚えなければならない事だ。今やろうが、後でやろうが同じ事だろう?」
「……ヤだ」
「沙耶」
「…恐い、から嫌」
シュトレイに呼ばれた声が、怒っているような感じがした。思わず横にあったクッションを抱き込んで顔を埋め、シュトレイの視線から逃げる。
すると、深いため息をつくのが聞こえ、そっと頭を撫でられた。
「わかったよ。今は無理にさせないでおく。だけど、保険を」
言われた事にどういう事だと、そろそろと視線を上げれば、ひょいっと抱き上げられていて。
「え? ちょ、どこに」
「この手も、あまりやりたくないし、見せたくもないんだが、しょうがない」
苦笑を浮かべてそんな事を言うシュトレイだけど、どんどん移動して行く方向は、ベッドルーム!?
「ちょ、シュトレイ!?」
「沙耶に、迷子札を付けるだけだ」
「まいご、ふだ…?」
いや、だから意味分からない! 迷子札を付けるってどういう事、ていうか、だからってなんでベッドに寝かされるの!? しかも肩を押さえられて、身体の上に跨るようにベッドへ乗り上げて来て。
「暴れるなよ。…手元が狂っても知らんぞ」
「っ―――な、な……な、に、を」
真昼間、太陽の光が差し込んで、視界を遮る物もない状況だというのに、一瞬でドレスが消され―――裸にされた。
驚いて、身体を隠そうとしたけれど、その胸元に付き立てられた小ぶりのナイフに、がちがちと体が震え、声が途切れてしまう。
「い、や」
「傷付ける訳じゃないから心配するな。大人しくしていろ。ああ、眼は瞑るな。しっかり見てろ」
「や、なに、するつも、り」
「いいから、黙って」
シュトレイの手に握られたナイフは、銀色の中にミルクを零したような色をしていて、違和感がある。けれど、尖ったその先端が、きらりと光るのを見ると、身体が強張ってしまう。
そんな心情をまるで気にしていない様に、ゆるゆるとシュトレイの左手が胸元を撫でる。その感触は、場所を探しているようにさまよい―――ある一点で止まった。心臓があるとされる場所。
「…ここか。恐くないからしっかり見ておけ」
そんな事言われても、恐いに決まってる! 身体から一気に嫌な汗が噴出して、思考が追いつかない。
だけど、トスン。と、軽やかな音を立てて、ナイフが突き立てられたかと思ったら、一瞬でそのナイフが消えた。
「…え?」
「―――うん、ちゃんと機能してるな。ほらここ、触れて、感じて」
左手をシュトレイに握られて、さっきナイフを突き立てられた辺りに掌を押し付けられた。
「な、に?」
「ここに、あるだろう?」
そう言われるけれど、先程からの恐怖と混乱で、うるさい位にドキドキと鳴る心臓。それ位しか、分からない。
何を言っているの―――?
「知覚ではない。感じて」
「…ぁ…」
なんだろう、これ。確かに、何かがあるのだと、わかる。
「あくまで保険。その時にきちんと機能するかどうかは分からない。いや、機能はするが…」
「その、機能ってどういう風になるの?」
少し困ったような表情をして言い淀むシュトレイ。説明が難しいのかなと思って、そう聞いてみれば…少し考えて、ニヤリと笑う。
「ヒミツ」
「っ! 言えない様な変な機能なの?」
「いや、教えてしまっては、自己防衛する気なくなるんじゃないかと思って」
「ぅ…いや、そんな事、ないよ」
「そんな、いかにもバレたっていう様な顔して言われてもな?」
くすくすと、本当に楽しそうに笑って言われ、何も言い返せない。
確かにその通りですよ。だって、今まで自衛が必要な世界じゃなかったもん。せいぜい知らない人に付いて行くなとか、ネット犯罪に気をつけようとか、そんなものだったし。
「それより、いつ沙耶がこの状況に気がつくのか、そっちが気になるな」
「え?」
そう言われて、はて? と、シュトレイを見てしまう。と、シュトレイの視線が、私の目ではなく、下の方…?
「っ!!! い、いやあ!!! ばかっ!」
「ふふふ…ほら、錯乱してる場合じゃないだろう?」
あれからずっと、裸のままだったんだ! ていうか、触られた!
しかも、手で身体を隠そうとしたのに、手首を取られて、ベッドに押さえつけられて。
「離してっ」
「まだまだだな? 力を使えばすぐだろうに」
シュトレイにそう言われて、はっとした。そうだ、力で服を纏えばいいんだ。でも、何を?
あーもう、取りあえずバスタオル!
「…それでなんで、バスタオルになるんだ」
「い、いいじゃない。咄嗟に思いつけなかったんだから」
離して。と、言えば、シュトレイは苦笑して、手を離してくれる。ベッドに乗り上げていた身体も、ベッドサイドへと降り立っている。
バスタオルを押さえて身体を隠しながら、なんとか上体を起こせば、シュトレイがベッドへと腰掛けた。
「沙耶。俺は、基本、物ならなんでも作ったり改良したりする事が可能だ。人体でさえ、だ。まぁ、人体に関しては、ない物は作れないがな」
「どういう事?」
「今はまだ知らなくていい。だから、沙耶。これから何でも欲しいと思った物は、自分で作れ。ただし、日本に居た頃の物に関しては、出来ない物や、作らない方がいい場合もあるが」
服やアクセサリーは、どんな物でもいい。そう言われて、今の格好を何とかしてみよう。シフォンのワンピにキュロットで。
「…それは、許可しない」
「ふぇっ!? あ、ちょっと!」
せっかく上手く出来たと思ったのに!
ぼそりとシュトレイが言ったかと思ったら、あっという間にドレスに変えられていて。
「むぅ。なんで駄目なの!」
「生足出すのは駄目」
「じゃあレギンスとか、キュロットにタイツとかは?」
「…それならいい。だが、今日はこれにしておいてくれ」
シュトレイはそう言うと立ち上がり、そのまま手を差し出してくる。その手を取って、ベッドから出れば、そのまま腰を抱かれてダイニングへと戻る事に。
もう、こういうの、慣れないからほんっと恥ずかしい。
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