37、こ、こんなの、知らない
目の前に広がるのは、一面のひまわり畑だ。鮮やかな黄色が、目に飛び込んでくる。
「すごい、こんなにひまわりが咲いてるの、見たの初めて!」
「そうだろうな。ただ、これはここでは名前が違うんだが、なんだったかな」
花には疎くて。シュトレイはそう言って苦笑いを零す。
疎い割りに、ひまわりと同じこの花があるって分かってるなら、そこまでじゃないと思うなぁ。あれ、でも、今の気温、そんなに暑くないし、日本でいうと春先っていう気候だよね。日本でひまわりっていうと、真夏っていうイメージなんだけど?
「この花は、地球のひまわりとは違って、低温で咲く」
「そうなんだ。見た目そっくりでも、違いがあるのね」
「少し歩くか? この花は、この高さからの方が見やすいが」
そう言われて、どうしようかと考えてしまう。確かに、馬に乗っている今だと、丁度顔と同じか、少し見下ろす位の位置に花がある。
でも、ずっと馬に乗ってたし、少し降りようかな。
返事を返せば、シュトレイはひらりと馬から降りてしまう。そうして手が差し出されて、馬から降ろしてくれた。
「花は食べるな。食べていい草の判断はつくな? …行け」
「え? シュトレイ?」
馬から降ろされると、シュトレイは馬首を叩きながらそんな事を言う。驚いて見ていると、馬はゆっくりと歩いて行ってしまった。
「いいの? 馬…」
「今まで大人しくしていたあの馬が、唯の馬だと思うか? あれはかなり利口だ。放っておいても悪さはしない」
「でも、戻ってこなかったらどうするの?」
「神器をつけてあるから大丈夫だ。だが、呼べば来るだろうな」
むむ。そういうものなのかぁ。そう感心していると、いくら訓練された馬でも、頭のよさでいう事を聞きやすいとかもあるのだと教えてくれた。
確かに、乗る時も降りる時も暴れたりしないし、身じろぎもしないから、すごい乗りやすかった。シュトレイが馬を操るのが上手いからだと思ってたんだけど、それだけじゃなかったんだなぁ。
「おいで。バスケットは俺が持とう」
「あ、ありがと」
ふわりと籠を取られたかと思ったら、そっと腰に腕が回されて。
うわーうわーこれって傍から見ると、恋人同士だよ! …あ。一応夫婦だっけ、私達って。うぅ…まだ慣れないや。
歩いてひまわり畑を回ると、やはり見上げるばかりになってしまう。でも、その力強く咲いて、太陽を一杯浴びようとする姿に元気を貰った様な気がした。
しばらくひまわりを見ていて、おなかがすいてきたので、馬を呼んで小高い丘に来た。ここからひまわり畑も見下ろす事もできるし、近くにあの”闘神の花”がある。ここでは畑もあるけれど、所々にも咲いているみたい。
そういえば、闘神の花って呼ばれてるとは聞いたけど、本当の名前、聞くの忘れちゃったなぁ。
シュトレイが原っぱにシートを作ってくれて、そこへ座ってバスケットを開ける。手を布巾で拭いて、卵サンドイッチを食べると、すごくおいしい。
「おいしい?」
「うん、すっごくおいしい。シュトレイのは、フルーツサンド? おいしい?」
「ああ。はい、あーん」
「あー…っ!」
思わず口を開いて、雛鳥よろしく口に放り込まれたのは、今までシュトレイが口にしてたモノで。
「くくく、真っ赤だな。ああ、ほら、落とすよ」
「ぅぐ、んーんー!」
文句を言いたいのに、口の中が一杯で、ままならない。
別に、シュトレイが食べてるものじゃなくてもいいじゃない! なんでこんな事になるのよ~!
その後、なんとかどきどきしならがらも食事を終えたけれど、そんな心情で食べたから、せっかくのサンドイッチも、ほとんど味が分からなかった。
紅茶を飲んで、ようやく一息つけた所で、行儀悪いかもしれないけど、ごろりと仰向けになる。
「んー、いい天気~。そういえば、こうやって外に出たのって、あのパレードの時以来かも?」
「そうだな。ほとんど勉強でこもりっきりだったからな」
少し急ぎすぎたか? そっと頬を撫でられながらそう聞かれて、慌てて身体を起こして『そんな事無い』と口にした。
「字を読めるようになりたいって言ったのは、私だし、マナーとかそういうのは、必要な事だと思うし…たまにはこうやってお休みの日があればうれしい」
「そうか? だが、城下街に出る位の時間を少し取ろうか」
「いいの? うれしい!」
そう言って笑うと、シュトレイが微笑む。その瞳が、綺麗な翡翠色をしていて、じっと見つめてしまう。
と、急にシュトレイの表情が、急に真顔に変わって―――ぽすり、と、肩を押されて仰向けに押し倒された。
「シュトレ、いっ! んっ…」
何をするのかと言い募ろうとしたら、唇に重ねられた、それ。
え、ちょ、まって、なんでいきなりキスされてるの!? しかも、あの時と違って…強く唇を吸われて!?
「ぅむっ…んんっ…っ!?」
止めて欲しいと、シュトレイの胸を押し返すけれど、びくともしなくて。
そうこうしてるうちに、ぬるりと熱い物が唇を割って、入って来た。びっくりしているうちに、ソレは口内を蹂躙して。
うそ…話には、聞いてたけど…こんなの、知らない……
「っ、はっ…」
「…沙耶」
ようやく開放されて、呆然としてしまったけれど、耳の下辺りに触れる柔らかい感触に、ぎょっとした。
「ま、まって、シュトレイ! やだっ!」
「っ…あぁ、すまない。余りにも沙耶が可愛い瞳をするから、押さえが利かなかった」
首元にキスされるなんて…まさかこんな所で!? と、条件反射に近かったけれど抵抗してみれば、あっさりとシュトレイは引いた。苦笑を零しながら体を起こすと、手を引かれて身体を起こすのを手伝ってくれた。
でも、そう言われるとなんだが…
「私のせい、なの?」
「いいや、沙耶の全てが可愛くて、全て取り込みたい俺のせい。早く、落ちておいで。じゃないと、我慢ができなくなりそうだ」
『だからキスをしないでいたのに。』と、口を尖らせて言うシュトレイが、子供が拗ねている様に見えて、思わず噴き出してしまう。
「何故笑うかな」
「ぷぷっ…だって、ギャップがっ…」
カッコいいイケメンが口尖らせて拗ねるとか、合わなさ過ぎる! 子供だったら、かわいいんだろうけど…いつも、カッコいい姿しか見てなかったから、余計におかしく思える。
「…まったく」
「きゃあ!…ぁ」
また押し倒されて…そっと、唇が重ねられた。
城へ戻って、お風呂に入ってほっと一息ついたら、思い出してしまった。
―――シュトレイと、キスしちゃった。あんな、キスを。
思い出してしまうと、もう居ても経ってもいられなくなって、湯船に浸かったままじたばたしてしまう。
なんで今まで気がつかなかったの! やだ、はずかしい…思い出すな、私! 感触とか…うわわわっ!
散々じたばたとしていたけれど、今更無かった事にはできないし。と、強引に気持ちを切り替える。
そうすると、考えてしまうのは、あの時の気持ち。…翻弄されるばかりだったけど、嫌じゃなかった…その事実に気づいてしまった。
「好き、なのかな…」
ぽつりとそう、零してしまう。今だに、自分の気持ちが分からない。あんなに愛されているのに、自分の気持ちがはっきりしなくて、申し訳なくなる。
確かに、もう結婚はしちゃってる、訳だし、嘘でも愛してると言ってもいいとは思う。嫌いじゃないしね。でも、それもちょっと違うと思うし。
「あぁ、もう、ほんとにどうしたらいいの」
人を、本気で愛するって、どんな感じなんだろう…
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お待たせしました!
さらっとキスの描写を書き流したけれど、詳細に書いたほうがいいのか悩む。
詳細に書いたらコッチじゃNGなのか!?とか。
キスくらいで詳細もなにも無いだろうと言ったソコのアナタ!
うん、正解デス。