35、処罰って、こんなの・・・
シュトレイが長い間フェイさんと刀で遣り合っていたせいで、翌日に剣を創る事に。
イーヴィルさんには刀が欲しいとせがまれました。でも、シュトレイが刀は扱いが難しいからと、なんとか思い留まらせていたけど。
刀って、ちゃんと使えば強いんだけど、他からの攻撃を受ける時に、側面からだと少し弱いらしい。知らなかったなぁ。
でも、シュトレイに言わせれば、武器それぞれに長所と短所があるんだとか。だから、それをうまく使いこなす必要があるそうで。
そのうち実戦訓練もする。そう言われて、全力で拒否したのは言うまでも無い。
物造りができるようになってからというもの、毎夜パジャマとあのひらひらのサリューとで、シュトレイとバトルを繰り広げている。でも、寝る時にはパジャマだったのが、起きるとサリューに変わっていて、またそこでバトルをするという日々。
これも訓練になるから。なんて言われて、悔しいやら腹が立つやらで、なんともしがたい状況で。
「うぅ~シュトレイの馬鹿~」
「くくく、そんな顔しても駄目だ」
「あっ、ちょっ…」
もう!また顔中にキスするんだから!
あれ、そういえば、唇にキスされたのって、シュトレイが”起きた”時の、一回だけだ。どうしてだろう。恥ずかしい事言ったり、こういう事は、頻繁にするくせに、どうして…?
「ああ、残念。もう時間か。顔洗っておいで」
「う、うん」
いつの間にか、服も変えられてるし。なんか、すごいゴスロリみたいな服だなぁ。でも、スカートは膝丈まであるからよかった。
身支度を整えて、皆で食事を摂る。これも、随分と慣れて来たなぁ。
「ああ、沙耶。今日少し出かけてくるから、部屋で大人しく勉強していてくれないか」
「うん、いいけど。どこ行くの?」
「ちょっとした雑務だな。沙耶が気にする事はない」
「そう。わかった。いってらっしゃい」
雑務ってなんだろ? 買い物とかなら雑務なんて言わないだろうし。何かあるのかなぁ?
勉強といっても、シュトレイが作ってくれた字の対応表を見ながら、黒板に書いて練習だ。
ネアさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、何度も繰り返す。少しでも間違うと、ネアさんから指摘が入る。最近は、本も何とか読める様になった。
「…?」
ふと、なんだか、歓声の様な、街の喧騒の様な音が聞こえて、顔を上げる。
「どうしました?」
「あ。ネアさんは聞こえませんか?なんか、歓声みたいな声がするんです」
「…さあ? 私には聞こえませんね」
ネアさんには聞こえないのかぁ。でも、確かに聞こえるんだけど。まさか、お祭りみたいなことやってたりしないよね!?
そう思って、部屋のテラスへと向かう。
「お、奥様っ」
「なぁに?」
「いえ、どちらへ行くのかと」
「ちょっと確認しようかなって。テラスに出れば分かるでしょう?」
「空耳では?」
なんだか切羽詰ったように声を掛けられて、びっくりした。空耳、かぁ。でもまだかすかに聞こえるし、空耳だったらそれはそれですっきりするからいいんだけど。
「ちょっと疲れて来たし、ついでに気分転換になるかなって。」
「ではお茶を用意しますので、こちらへ」
「どうせだったら、天気もいいし、テラスでお茶もいいかも? ね、そうしませんか?」
「っ…はい。ではその様に準備します」
うーん、顔が強張ってる? なんだろう、何か問題でもあるんだろうか。
そんな事を考えながらも、気になるものは気になるので、テラスへの窓を開いて外へ出れば。
「やっぱり聞こえる。」
「…聞こえますね」
「ほら、空耳じゃなかった。でも、ネアさん、今日は何かあるんですか?」
「いえ、特にはないはずです。もしかしたら兵の訓練かもしれませんが」
うーん、言われてみれば、確かに聞こえてくる方向には訓練所があったはず。
そう思いながら、その方角を見ると、その上空に見えたのは…きらきらと光る物が、地面へ向けて落ちて行く様で。落ちる速度が速いのか、光が線となっている。
しかも、それが結構な量で、まるで雨が降っているみたいに見える。
「なに、あれ?」
「なんでしょう?」
二人して顔を見合わせてしまう。でも、なんとなくだけど、上空に雲があるわけじゃないから、雨じゃないと思うし、だとしたらこんな事できるのって、シュトレイ位しか思いつかないんだけど。
あ、でも、確かこの世界では魔法が使えるんだよね。シュトレイのドア解除位しか見たことないけど、どんな物なのかな。
聞いた話では、攻撃の魔法もあるみたいだけど、もしかしてそれかな? ネアさんに聞けば、そうかもしれないけれど、はっきりとは分からないという返答が帰ってくる。
「んーちょっと見に行ってもいいかな?」
「いけません。闘神様から部屋にいるようにと言われております」
「ちょっとだけなら大丈夫! これも勉強のうちだと思うし」
攻撃魔法なんて見た事ないもん。頼めば見れるだろうけど、やっぱり好奇心が勝る。だって、アニメとかで魔法とかカッコよかったし。どっちかっていうと、変身願望の方が強かったけどね。
強引な理論で、さっさとテラスから部屋へ戻り、移動してしまう。
けれど、食卓へ通じるドアの手前で、ネアさんにドアを背に隠すようにされて、道を塞がれてしまう。
「奥様、お願いします。私達レヴァン家の者は、闘神様の言葉に絶対に背けないのです」
「え。でも、大人しくしているようにって、ここから出るなっていう訳でもないと思うんだけど」
「そうとも取れる言葉です。ですから…」
言われてみれば、確かにそうとも取れる。でも、すごく気になる。うぅむ。
「ん? あれ。じゃあ、シュトレイの言葉に背けないという事は、私の言葉にも背けないって事になるのかな?」
「っ!」
「じゃあ、行きましょう?」
びくっ! と、身体を硬直させて、目を見開くネアさんの態度で、それが正解だと分かってしまった。
と、同時に、それを最大限利用させてもらう事にしよう。もしシュトレイに咎められても、私が強引に言い出した事なんだから、私が怒られればいい。
そうして、その場所へと行けば。
「なに、これ…」
「…奥様が見てはいけないものです。戻りましょう」
「そう言う訳には。だって、これ、シュトレイがやってるんでしょう?」
そこは確かに訓練場だけど、情景は一変していた。周りを埋め尽くすのは街の人達。そして、人々の目の前の地面には、鋭い剣先が天を指すように設置され、中央に細い通路。そして、頭上からはナイフが降って来ている。
そう、テラスから見えた光。それは、ナイフだったのだ。細い通路を通されるのは罪人らしく、その通路へと出される前に、罪状が読み上げられている。
細い通路へ出されたら、頭上から降るナイフを避けなければ、否応が無く傷を負うか、死だ。けれど、避ける事でバランスを崩せば、剣先の床に真っ逆さまだ。
遠くから見ているだけでもおぞましい地獄絵図。けれど、その現場の傍にいる、漆黒の鋼鉄鎧を着た、シュトレイ。
…こうしてる理由を思えば、止めたい訳じゃない。でも、シュトレイの心が、その鎧の色で表されてるように感じて。
「…シュトレイ」
「何故、ここにいる」
「私が来たいって言ったの。ネアさんは悪くない。私が強引な手を使っただけだから。…この人達って、朝議の時の人達、よね?」
出来るだけ違う方角を見ながら、シュトレイに近づいて背後からそっと声を掛ければ、重い声が、ここにいる理由を聞いてくる。それが咎めている様に聞こえてそう言えば、シュトレイは深いため息をつく。
「今は、帰ってくれ。このままだと、沙耶を傷つけてしまう」
「え? どういう事?」
「沙耶の存在は、俺を補う甘露だ。それを、奪ってしまう」
「わ、分からないよ。どういう」
「闘神様、奥様に話してもよろしいでしょうか」
「俺が話す。余計な先入観は、必要ない」
ネアさんは、シュトレイの言っている事が分かっているのか。でも、シュトレイが拒否しているから、教えてもらえなさそうだ。
『帰れ』と、また言われ、ネアさんに促されて来た道を戻るけれど…歓声と、罵声と、悲鳴。それをただじっと見ているだけの、シュトレイ。
今罰せられていたのは、シュトレイを蔑ろにしていた人達。その人達を、罰していると言うのに、全然、気が晴れている様子でもない。
シュトレイ、大丈夫かな。
あの時はシュトレイの心情を心配するばかりで、気にならなかったけど…部屋に戻って来て一息つくと、思い出してしまう。
血の臭い…人の呻き声、叫び声、断末魔…それらが、気持ちをどんよりとさせる。
映像では見たことあるけど、あくまで演技。そして、血なんかは極力押さえられてる。何より、映像だ。臭いなんて、する訳が無い。
それが、こんなリアルで、あんなに大量に人の死体だなんて。
心配したネアさんが、さわやかなオレンジの様な香りがする香料を焚いてくれて、部屋にいい香りが充満する。
甘い砂糖菓子と、紅茶も淹れてくれて。砂糖菓子は、口に入れるとほろほろと溶けて、口の中いっぱいに甘さが広がる。
おいしくて、気分は浮上するけれど、ふとした瞬間にフラッシュバックしてしまって、すぐに気分が落ち込んでしまう。
そんな事をしていると、シュトレイが戻って来た。いつものラフなシャツとズボンだけれど、要所にワンポイントの様に入れられた刺繍が、高級感を出している。
「おかえりなさい」
「ただいま。…本当に、見せたくなかったんだがな」
ソファに座ると、苦笑を零しながらそう言う。フェイさんが、メイドさんからワゴンに乗ったお茶セットを受け取ると、シュトレイと私に入れてくれる。
「もう下がっていい。夕食まで動かない」
「かしこまりました」
フェイさんは、ワゴンに乗ったお菓子セットをテーブルへと置くと、ワゴンに古い方のポットとカップを乗せて、出て行った。
「随分、気落ちしてるな。具合は?」
「だいじょうぶ。シュトレイこそ、辛そう」
そっと、辛そうに歪められている目元に手を伸ばせば、そのまま手を握られてしまう。
「沙耶、愛してる」
「っ…」
「今日ので、嫌いになったか」
「ちがっ…」
慌ててそう言うと、ふわりと微笑まれて、顔に一気に血が上る。と、いきなり抱き寄せられて、シュトレイの肩口に顔を埋めていた。私の肩にも、僅かな重みがある。
「俺の、甘露。まだ、熟してない。だから、大事に育ててる」
「あの、それ、一体何の事?」
そう言うと、くすっと笑ったかと思ったら、胸元に手を当てられて!?
「沙耶の、心。俺を、愛して。そうしたら、熟すから」
「あ、や、はなし、てっ」
「あぁ、ごめん。思わず」
ネックラインはそれ程広くなく、狭い位のドレスだけど、指先が少し肌に触れて。ていうか、胸触った!
真っ赤になって、ソファの上でだけど、シュトレイから逃げるように背中を向けて、うーうー唸っていると、愉快そうにくすくすと笑い声が聞こえる。
「ああ、そのドレスがなかったら、もっといい感触がしただろうに」
「っ!!! …シュトレイのスケベ!」
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