30、この国の生活、してみたいかも
パレード、と聞いて、車の上に立って移動するのかしら? と考えてしまうのは、やはり地球での凱旋パレードを見ているからか。
用意された馬車のある場所へと行くと、ホロがなく、座る場所があるだけの馬車があった。なるほど、これで移動するのね。そういえばこういう馬車も、京都とかにあったような?
しっかし、やっぱりというか…
「すっごい装飾…」
思わずそう呟いてしまった。小さな声だったけど、手をつないでいたシュトレイに聞こえたのだろう。くすっ、と笑うのが聞こえた。
「こういうのは目立たないと意味がないからな」
「そりゃそうだけど」
ふわりと抱き上げられ、あっという間に馬車へ乗っていてびっくりした。手をつないでたのに、その手を離された事にも気がつかないなんて。
…馬車に乗ったら乗ったで、また手を繋がれましたけど。恋人つなぎで。やっぱりこういうのはまだ恥ずかしいよ~!
そんな心情などお構いなしに、馬車はゆっくりと動き出す。本物の馬が引く馬車。本来ならこういうのも楽しみたい所なんだけど…恥ずかしいし、パレードに不安だしで楽しむ所じゃない。
徐々に正門へと行けば、シュトレイが起きた朝のように、すでに人垣が出来ていた。けれど、道の片側だけに人垣が出来ている。しかも私の座っている方に!
「沙耶。ずっとじゃなくていいから、手を振って」
「う、うん」
ゆっくりと、歩く速度と同じくらいで進む馬車。手を振ってみれば、そこかしこで歓声があがる。
「神の器様~こっちこっち~」
「うおーー! 今俺に手を振った!」
「いや、今のは私よ!」
「俺に決まってるだろ!」
「私よ! だってこんなにおめかしして目立つように来たんだから。これで病気知らずね」
「俺は商売繁盛だ」
ぇ。なにそれ? なんか神社とかお祭りであるような、ご利益があるみたいなモノは。
ざわざわとざわめく声を注意深く聞いてみれば、出世出来る! とか彼女が出来る! 子宝に恵まれる! と、様々な声がする。
い、一応神の器だけど、ご利益求められてもっ! ていうかシュトレイってそんな万能な神様だっけ!?
顔が引き攣らないように気をつけながら、できるだけ満遍なく手を振るようにするのは、本当に大変だった。
街外れ、と言っても、この街に来た人からすると街の玄関口に位置する場所にあるのだという、とても大きくて綺麗なホテルへと到着した。
今日はここで休んで、また明日移動するらしい。夕方位に別の街へ到着する予定らしく、それまでは森の中を馬車で移動するのだとか。森といっても、ちゃんと道は整備されているらしいけど。
ホテルに到着すると、案の定というか、従業員はもちろん宿泊客も総出で出迎えられましたよ。
フェイさん、ネアさんはもちろん、メイドさんも別の馬車で来ているので不自由はしないはずなんだけど…もう、なんていうか至れり尽くせりっていうの?
到着するなり、お茶と軽食を出してくれて。その後でお風呂も。身体を流す為に付き添われた時は、どうにかお願いして止めてもらったけど、映画みたいにやっぱり身の回りの事は他の人にやってもらうのが当たり前なのかなぁ?
髪のセットとか、化粧とか、お城でもメイドさんにやってもらっていたとはいえ、全部やってもらうというのはちょっと気が引けるし。
お風呂から上がれば、シュトレイはもちろん、他の皆もお風呂に入ったらしく、髪の毛がしっとりとしている。
この世界にはドライヤーがないから、出来てもタオルドライだもんね。私もそうだもん。とはいえ、何度も丁寧にタオルドライをしてくれたので、もう乾いてきてるけど。
「食事は大広間で皆と摂るんだが、どんなドレスにしようか?」
「え。どんなって…」
「ああ、忘れていたな。このパレードは、この国のファッションリーダーたる者かっていう意味もあってね。まぁ、俺の力を見せる場でもあるんだが」
何それ!? ていうか、もう街中パレードし終わってからそんな事言われても!!
シュトレイがいつも服装をちゃんとしてくれてるとはいえ、ファッションリーダーって…モデルでもないのに!
結局、色とスカートの丈だけ決めて、あとはシュトレイにお願いしてしまった。髪の毛はゆるく三つ編みにされたけど、一緒にリボンも編みこまれるとか、念の入れようにびっくりしたり。
そうして、シュトレイに手を取られ、大広間へと着けば、すごい人数が席に着いていて。しかも、全員総立ちで出迎えられた。
このパレード中は、始終こんな感じだったかというとそうでもなくて。
やはり、城から離れた街、といっても農村の様な所では、長老の家にお世話になりました。
日本の農村の様な、そんな造りで。でも、外観はカントリー風なお家で。豪華な食事じゃなかったけど、私にとっては身近な味だった。
そう、ちょっと違うけど、お醤油に近い味の煮た芋だったり、鶏肉だったりだったから。日本で食べてた味に近くて。
長老の一家は、おじいさんとおばあさんで…もちろん、長老の息子さん夫婦もいたけど、なんだか、家を思い出しちゃった。
ここの人達は、優しくて。果物を持って来てくれたり、ここで織った布で作ったひざ掛けを頂いたりした。
確かに、少し城の周辺地域より肌寒い気候みたい。シュトレイの服はそれを考慮して作られていたから、それほどでもなかったけれど、その気持ちがうれしくて。
それに、このひざ掛け、すごい綺麗なの。インド織りみたいな感じかな?しかも所々にレースの花があしらわれていたりしてすごくかわいい。
「ありがとうございます。すごく嬉しい!」
「神の器様に気に入ってもらえてよがった~」
ひざ掛けを持って来てくれたおばさんは、にこにことうれしそうな顔で笑う。
どうやってレースの花を作っているのか気になって、作り方を聞いてみれば、小さな糸巻きを指で張った糸に巻きつけるようにして作っているのだとか。
レースとかって、鈎針使ったりとかすると思ってたけど、違う作り方もあるのね。ちょっとやってみたいかも。編み棒でマフラー位しかやったことないし、それも友達に誘われて作っただけだったし。
やってみたいと言ってみたら、シュトレイに頼めばいいと言われて、はっとした。そ、そういえばそうだよね。こういう技術を作り出す神様だった、ね。
長老と話をしているシュトレイの所へと行けば、にっこりと笑ってくれる。
「どうした?」
「あのね、これ、作ってみたいの」
ひざ掛けの、そのレースの花を指してそう言えば、机の上に、巻かれた糸と何か板の様な物が次々と現れた。
「教えてもらっておいで。糸がもっといるようなら作るから、遠慮なく言えばいい」
「うん、ありがとう」
それらを持って戻れば、おばさんは丁寧に教えてくれる。シュトレイが色んな色の糸を出してくれたから、花びら1枚1枚色違いで作ってみたりした。
ちょっと不恰好になっちゃったけど、私が作った花と、おばさんが作ってくれた花をひざ掛けにつけてくれて。
夜、用意してくれた寝室へと行けば、セミダブル位のベッドが一つだけだった。
はずかしいけど、これが農村では精一杯なのかもしれない。お世話になっているのだから、わがままを言う訳には行かない。
それに…今までずっと、朝起きると必ずといって良い程、シュトレイの腕の中に抱き込まれているから、慣れてきてしまっていたりする。慣れってコワイ。
ベッドに入ってシュトレイに背中を向ける様に横になれば、いつものように腕枕をされて、腰に手が回され、あっという間に身体の向きを変えられてしまう。
もう、文句を言うのも疲れちゃった。僅かな抵抗として、眼を閉じている位だ。
「沙耶。この街はどう?」
「うん、すごい楽しかった。みんな優しいし。あの花、えっと、リリー編み、この街の名産なんだってね。こんな生活も楽しいだろうなぁ」
思わずそう答えれば、やさしく頭を撫でられて。
「沙耶が望むなら、そういう生活でも構わないよ」
「そうなの? ずっとお城にいなきゃいけないと思ってたけど」
「何かあれば城に行かなければならないが、移動は力を使えばそれ程掛からないからな。やってやれない事もない」
「そうなんだ。…楽しい、だろうなぁ」
不本意だけど、あったかくて、なんだかすごく落ち着く。僅かに香るのは、柑橘系の香り。お風呂に入ってたオレンジのような物の香り。
「くす…おやすみ、沙耶」
「う、ん…」
辛うじてそう答えただけで、あっという間に眠りへと落ちる。その間際に、おでこに柔らかい感触が、したような気がした。
誤字脱字、指摘や感想等お気軽にどうぞ