28、初めて他の神様と会話しました
「例年と同じなら、十四時に神殿に行けばいいよ」
背後からそう声を掛けられて、はっとした。いくらこの時計の仕掛けがガラス細工で綺麗だからって、ずっと見ていたなんて、はずかしい。
シュトレイは相変わらずの笑顔でいるけれど、おずおずとソファへと戻り、紅茶を一口、口にする。
「十四時…そういえば、時計の文字盤は同じ円形だけど、二十五時間表記なのね」
「そうだね。地球と違って、人類が時計表記の仕組みを作ったわけじゃないからね。神の手が入る事もあるし、こういう物は統一される」
なるほど。確かに神様にこうしなさいって言われたら、そうするしかないもんね。
二十五時間表記で統一されてるなら、楽かも。人によって、十二時間で言われたりすると、どっちなのか混乱しちゃうしね。
「ねぇ、神殿で何をするの?」
そうだ、時間の事ばかり気になって、何をするのか分からない。神殿って、一度だけ行った、あの託宣の巫女がいた所、よね?
シュトレイが、あんな風に感情を露にするなんて思わなかったけど、そっちにばかり意識が行って、あの場所に入った時に感じたあの気持ち悪さを今更ながらに思い出した。
それを言うと、シュトレイは少し困ったような顔をした。
「それは、巫女が穢れてたから。今はもう大丈夫。神殿でね、中央にいる三神を託宣の巫女に降ろして、沙耶が俺の神の器であると紹介する。そして三神に祝福をもらうんだけど、そうだね、地球でいう結婚式みたいなものかな」
「え!?」
気持ち悪さの原因が、それだったのかとほっとしたのもつかの間。結婚式だって!?
「厳密に言えば違うが、そう言った方が分かりやすいと思って。難しい事も無いから安心するといい」
「でも、神様に会うなんて、ちょっとリアリティがないっていうか」
そう、地球では姿を見るなんて事できないし。まぁ、夢枕に立ったとか、伝承とかではあったみたいだけど、それも本当かわからないし。
私もそうだけど、大体が信じてなかった。そんな気風だったもんね。
シュトレイと接してて、なんでもありな状態で、これが神様か~なんて思ったりするけど、あまりにも普通すぎてなんだか神様って感じがしないし。
「三神は、おじいさんおばあさんだと思えばいい。表面上はそんな感じだから」
「表面上、なの?」
「三神の力は、なくてはならないものだ。それを全ての人民へ分け隔てなく与えるのは、信仰されているから。温厚そうに見えて、意外と直情的でね。民も、それが分かっているからきちんと信仰している」
何度か気分を損ねて力を与えなかったりなんて事もあったから。なんて言われて、呆然としてしまった。確か、三神って名前からすると生活に必要な力っぽいよね。火焔神なんて、コンロとかで利用してるし。
と、そこまで考えて、じゃあシュトレイは? と思う。石の加工とかは、もう十分分かってるだろうし、害獣の被害も軽いものばかり。だから―――?
「沙耶。何故そんな泣きそうな顔をする?」
そっと頬を撫でられて、やさしい声で言われて。ふるふると頭を振って、なんでもないと言うけれど、今頃になって感じた感情をどうしていいかわからない。
あんなにも、シュトレイが怒っていたのに。あんなにも、苦しんでいたのに。自分の感情に当てはまらなかったから、よく分かってなかった。
今、シュトレイは、神の力としては必要とされない状況なんだ。いなくてもいい存在だと、はっきりと突きつけられていたんだ。あの朝議の時も。神として、散々力を貸していたのに、必要ないからいらないなんて、そんな事って…
「ごめんね、シュトレイ」
「ん? 沙耶に謝られるような事、あったかな?」
そう聞かれて、頭を振る事しか出来なくて。なんだかじんわりと目が熱くなる。あぁ、泣きたくないのに。
「どうした? 何が悲しい?」
ほら、おいで。なんて言われて、そっと抱きしめられて。暖かい腕の中で、子供みたいに泣いてしまう。
しばらくして落ち着くと、なんだか恥ずかしくなる。
「落ち着いたみたいだね。顔洗っておいで。と、その前に…」
「…え? 何これ?」
なんだか石がぶつかるような、じゃらじゃらとした音がすると思ったら、二人の膝の上にいつの間にか大きなひざ掛けのような物があって。
いや、それはいい。問題は、そのひざ掛けの上に溜まっている、透明な石。何処からこれが?
「これは、沙耶の涙を変異させた物。磨くと綺麗な宝石になる」
「え? ちょ、待って。な、涙なの? これが?」
「そろそろ昼食の時間になる。だから、顔洗っておいで。後できちんと教えるから」
はっとして時計を見れば、確かに十二時になりそうだ。泣いた事で化粧も崩れてるだろうと、慌てて洗面所へと駆け込み、顔を洗う。
そうして身支度を整え、食事を摂りながら説明してくれた。シュトレイが言うには、流れる涙があまりにも綺麗だから、取っておきたくて石へと変えてしまったのだとか。
そんな事を言われて、なんて返せばいいのか。というか、何も皆がいる所で言わなくてもいいじゃない! 顔が熱くてしょうがないよ。
食事を終えると、ドレスはもちろん、化粧や髪の毛をセットされたけれど、午前中とはまた違った感じだ。
午前中は淡い色だったけど、今度のはシックな感じ。濃い紫色のロングドレスに黒い宝石を数珠繋ぎにしただけのネックレス。
そうして、シュトレイに連れられて神殿へ。フェイさんも、ネアさんもいるけど、緊張する。おしいさんおばあさんみたいなものだと聞いてはいるけど、どんな感じなんだろう。
神殿へ入ると、ネアさんに案内されたのは、以前託宣の巫女と対面した場所ではなかった。
大きく重厚なドアを五回も通って、開けた場所には…水が張られた大きな水溜りのような物がある。そこに3人の託宣の巫女がいるけれど、どうやら水の深さはそれほどでもないらしく、膝下位しかない。
託宣の巫女は、ミンファちゃんと他二人。そういえば、まだ他の人に挨拶してなかったから、名前すらわからないや。あとでシュトレイにお願いしよう。
「では、三神をお呼びします」
「ああ。頼むよ」
ネアさんは、シュトレイへそう言ってから、三人の託宣の巫女に合図をする。すると、ふわりと空気が一瞬にして変わった。ひんやり、とは違うけど、なんていうか、厳かな感じ。
そして三人の巫女がなにやらぶつぶつと呟いていると思ったら―――
「無事に目覚めたようだね。闘神よ」
「―――っ」
思わず、悲鳴を上げそうになった。託宣の巫女の頭上から、おじいさんおばあさんがゆるりと降りてきたから!
悲鳴を上げそうになった瞬間に、タイミングよく、シュトレイに肩を抱かれたからなんとか留まったけれど。
「なんとかね。三神からもお礼を言ってくれないか? 会いたがっていたよ」
「なかなか難しいが、今度伺おう。で?」
「ああ、俺の、器の沙耶だ。望月沙耶。よろしく頼むよ」
「初めまして、沙耶です。よろしくお願いします」
シュトレイに背中を押されて、何とか挨拶をすれば、にこにこと本当に嬉しそうな、柔和な笑顔をしている。
てっきり、シュトレイが私の中に入ってたみたいになるのかと思ってたんだけど…ずっとこのままなのかな!? なんか背後霊っぽくて怖いよ!!
「私は水湖神。水を司っておる」
「我は火焔神。火を司る」
「ワシは大地神。大地もそうじゃが、作物や森林等も司さどっておる」
そう紹介されて、挨拶を交わすと、水湖神が少し困ったように笑う。
「お主、宣言を先にしたな? そんなにも欲しかったか」
「仕方が無いだろう。沙耶はここの者じゃないからな。いくら魂が変化したとはいえ、祝福と宣言が無ければ俺のものだと認められないから」
「くく…ここで、ワシが宣言をしたら、どうなるかのう」
そう、大地神が言った途端、なにか背中がぞくりとした。な、なんだろう?
「おお、怖い怖い。からかっただけじゃ。武器を収めてくれんかのう。…ようやく、主にも片割れが出来るかもしれんのじゃ。そんな子を横取りするはずがなかろう」
「なら早く祝福を」
武器ってなんだろう? 何処に武器があるというのかと、きょろきょろと探すのだけれど、何処にもない。のほほんと会話が続けられているけれど―――
シュトレイから発せられた声が、物凄く重苦しい物だったから、はっとしてシュトレイを見る。そして、表情を見て、なお驚いた。目つきは鋭く、三神を睨んでいたから―――こんな表情なんて、見た事がない…
「やれやれ。おちおち話もできん。さ、始めるかのう」
ため息をつきながらそう言うけれど、表情は相変わらずにこにことしている。まさかこの顔がデフォなんて言わないよね?
そんな事を考えていると、三神の表情がすっと消えた。
『我、大地神なり。この御世に新たなる神の器、顕現せり』
『我、火焔神なり。新たなる神の器、闘神の器なり』
『我、水湖神なり。互いに、祝福という名の清き水を満たそう』
『我、闘神なり。我、力を得たり』
城門で聞いた時の様に、頭の中に声がする。そう思いながら聞いていたら、シュトレイの声が聞こえたと思ったら―――目が熱い!
「ぅっ…っ」
「っと。こすらないで。そのまま目を閉じて。そう、いい子だ」
余りの熱さに目を押さえようとしていたらそう言われる。こするつもりじゃなかったけど、言われたように目を閉じれば、徐々に収まってくる。
「もう目を開けていいよ」
「うん。今の、何? 何かしたの?」
「そうだね、地球でいう結婚指輪の様なものだな」
意味合いが少し違うかな。なんて言うけど、結婚指輪ってどういう事!?
と、混乱していると、ひょい、と顔を上げられ、じっと見つめられる、恥ずかしくていても経ってもいられない。目を逸らしても、目の前にある目が見てるのは、どうしても視界の隅に入ってきちゃう!
「―――うん、ちゃんと変化したようだ。ほら、沙耶も見てみるといい」
ようやく開放されて、ほっとしたらそう言われた。鏡を何処から出したのか、手鏡を渡されていて、言われたように顔を見る。
「え? …あれ? 何か変わったの?」
「目だよ。薄暗いから分かり難いか?」
こっちへおいで。と、灯されていた蝋燭の傍へと連れて行かれ、目をよく見てみると…色が、変わる!?
「な、なに、これ」
「俺と同じ、瞳だ。感情や、願う事で変化するから、好きな色に変えて楽しめる」
「う、そ…」
「混乱してるな。瞳の色が安定しない」
え、という事は、シュトレイの、あの湖面を思わせる青い色は…そう思って見て見れば、その瞳は蝋燭の光に照らされて、金色に輝いていた。まるで猫の様なその瞳の色に驚くと共に、あの色が見れないのは残念に思う。
あ、さっき結婚指輪の様なものって言ってたけど、もしかしてこの世界は結婚するとみんなこんな風になるの!?
「異界から来たのだったな。早急にレヴァンの教義を見せてもらうなり、話を聞くといい」
「とはいえ、今からでは遅くないかのう。過ぎた事じゃろ」
「起きるまで時間があったなら、ある程度話しておけばいいものを」
色んな疑問が出てきてぐるぐるとしてしまっている最中にも、神様達はのんきに会話している。
その神様達の会話だが、聞いてると会話の内容が余りにも神様らしくない。世間話みたいで拍子抜けだ。
シュトレイに促されて、三神の傍へと戻ると、やはりにこにこと笑顔だ。
「落ち着いたら中央にも来るといい」
「そうじゃな。聞きたい事もある事だしの」
「来る時は前もって知らせてくれ。王にも会わせなければな」
それぞれそう言うと、来た時と同じように、するりと上昇して、消えた。
すると、託宣の巫女はがくりと膝を突く者、ふらふらとする者、ミンファちゃんは額を押さえていて。
「ちょ、大丈夫!?」
「奥様、ご心配なさらずに。彼女達でしたらすぐに回復しますから」
ネアさんは、にっこりと笑ってそう言って、部屋に戻るようにと言う。
彼女達が気になるけれど、フェイさんも、シュトレイも”大丈夫だ”と言うし。ここでゴネてもしょうがないし、いろいろ聞きたいこともあるしと、部屋へと戻る事にする。
部屋へと戻ると、紅茶を淹れてくれて。それを飲みながら、儀式の事、目の色の事等を聞いた。
目の色が変わったのは、正式に闘神の器になった証拠なのだとか。三神にもそれぞれ神の器がいるらしいんだけど、ちゃんと同じ様に変化したのだそうで。
『中央国に行った時に見てみるといいよ』なんて言われた。確かに今日は神様だけだったし、それにじっと目を見るなんて恐れ多いのはもちろん、それどころじゃなかったのもあって覚えてないし。
他にも色々と聞いたけれど、儀式をする事でこういう作用が起こるとか、神をその身へ呼び込むと、身体にどういう作用が起こるだとか説明されてもよく分からなかったから、思わず分かった振りをしたのは秘密!
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