27、初めての民衆とこの世界の時間に驚愕
ネアさんに紅茶を淹れて貰って、それをいただきながらフェイさんに今日の予定を教えてもらう。
「通例通りに予定を組んでおりますので、まずこの後、王がこちらへいらっしゃいます。そして、午後から創生の神々に会う為の儀式を行います。ただ、今回は神の器様を迎え入れる為の通例は、どうしましょうか」
「ああ、そう、だな。今回は事情が違うから、門まで迎えに出る必要はないしな。だが、異界から招いた事は周知か?」
「いえ、緘口令はしていないにも関わらず、広まっておりません」
「では供に門へ出よう。きっといつものように集まる事だろう?その時に言う」
「かしこまりました。その様に準備しておきます」
「飾りたいから、侍女を」
今日の予定について話してるんだろうけど、通例ってなんだろう? 王様が来る事と、午後からの予定位しかはっきりと分からなかった。
まぁ、シュトレイが分かってるなら、大丈夫だよね。いきなり大衆の前に出たりしてもいいように、気持ちだけはしっかりしておこう。
シュトレイに促されて、ドレスルームへと行くと、シュトレイは私の周りをくるくると回って色んな角度から見る。
「あ、あの、シュトレイ? 何してるの?」
「何って、どんなドレスにしようか考えてる。沙耶が、一番美しく見える物を、ね」
くっ! その笑顔がまぶしい! 柔らかく笑って、小首を傾げるとか…っ!
「くすくす…うん、やっぱり沙耶には淡い色がいいな。髪色も引き立つし。宝石は、青にしよう」
宝石が収められている引き出しから、シュトレイが取り出したネックレスには、大粒のサファイアとアクアマリンの中間色の様な色合いの、雫の様な形をしている物がついている。、きらきらと光っている。それをシュトレイに着けてもらったのだけれど。
親指の爪位の大きさもある。この宝石って、この世界だとどんな物なんだろう。地球でだって、そんなに詳しいって訳じゃなかったけど…やっぱり高価な物なのかって考えちゃうのは、一般家庭で育ったからだよねぇ。
さて、ドレスだけでなく、髪も化粧もばっちりとセットされ、ダイニングへと戻って来た。ソファへと促され、腰掛ければ。
「沙耶。少しここで待っていてくれるか?」
「それは構わないけど、何をするの?」
「王と大臣が挨拶に来るだけ。大して面白くもないしな」
そっか。この国を守ってる神様だもんね。そりゃあ王様も挨拶に来るか。そう納得して、シュトレイを送り出すと、ネアさんがコーヒーとお菓子を持って来てくれた。
シュトレイが出て行ってから、三十分はした頃だろうか。ドアがノックされ、開かれたドアからシュトレイが顔を出した。
「沙耶、おいで。民へお披露目するから」
「っ…お披露目…って」
「ああ、ちょっと紅を直そうか。お披露目というか、例年では神の器となる者が登城するんだけどね。その門の辺りに民が一目見たいからと集まってるだけだ。大丈夫。心配はいらない」
シュトレイにそう説明されている間にも紅が引かれ、ネアさんに促されてシュトレイが待つドアまで歩けば、そっと手を取られた。そうして、部屋を出る。
シュトレイに手を引かれて城門へ行けば…ちょっとなにこの人だかり! 露店もあるとか、まるでお祭りみたいじゃない!
「闘神様だ! …あれは、神の器様か?」
「あの光は神の器様だ。でも、城から闘神様と一緒に来た、よな?」
「まさか城に詰めていた者が?」
ざわざわと、声が聞こえる。困惑している、声。喜ばれてはいるようだけれど…周りの反応にどうしたらいいのかと困惑し始めた、その時。
『我は告ぐ。異界より器を得た。事由は後に判明するだろう。…我、力を得たり』
なに、これ。頭の中に聞こえる、シュトレイの声。
訳が分からず呆然としていると、周りに集まっていたたくさんの人達が、急に万歳を始めた。
『闘神様万歳! 神の器様万歳! 闘神様万歳! 神の器様万歳! ……』
そこに集まっていた、ありとあらゆる人がそう言う。集まっていた人はもちろんの事、露店の人も、小さな子も。その迫力のある万歳三唱に、気圧される。
「な、なんなの」
「沙耶、手を振ってあげて」
そっと耳元で囁かれて、手を振った。何度かテレビで見た、皇族の様に。
うぅ…これでいいのかなぁ。顔引き攣ってないよね、ちゃんと笑顔だよね?
手を振る事で、一層声が大きくなって行く。
「沙耶。もういい、行こう」
そっと腰を抱かれて、元来た道へと促されるけれど、背中から聞こえる歓声と万歳と言う声は、途切れる事がない。
部屋へと戻ってきたけれど、声はまだかすかに聞こえる。ここまで聞こえるって、どれだけの大きさなんだろう。
ダイニングのソファへと座れば、ネアさんがお茶を淹れてくれた。それを飲んで、ようやくほっと一息つけた。
「後は午後まで開いてるんだな?」
「はい。後は通例通り行います」
「では少し休む。沙耶、身体を向こうへ。ネックレスを外すから」
紅茶を飲んでぼーっと、二人の話を聞いていたら、急に私へと振られて、少しわたわたとしながらシュトレイへと背を向ける。
ネックレスの止め金を外してくれるけど、自分でも出来るのにな。
いいよ。と声を掛けられてソファへと座りなおすと、ベルベット生地が貼られたトレイを持ったメイドさんが、シュトレイからネックレスをそのトレイで受け取っていた。
しかも、いつの間に来ていたのか、メイドのマリベルさんに大きな髪飾りをあっという間に外され、しかもドレスでさえ、緩めの物に変化させられていた。
そして、メイドさんはもちろん、ネアさん、フェイさんまでも出て行ってしまい、二人っきりに。
「午後までゆっくりできるから、くつろいでいていいよ」
「う、ん。…あ、でも、午後って何時くらいなの? そういえば時計ってないの?」
そうだよ、時計! なんだかんだで、今までシュトレイに動かされてたし、特に時間を気にするような生活じゃなかったから、時計がなくても不自由はなかったんだけど。これからはきっと必要になるよね。
まさか、昔の人みたいに日時計なんて、言わない…よね?
「時計か。確かにこの国にもあるが、俺には必要なかったから」
「え? どうして?」
「戦があれば時間も関係なく行動していたし、害獣なんかはそれこそ時間など無関係に来るからな」
だから必要がなかった。そう言われて、どれだけそれらの事に振り回されていたのだろうかと心配になる。
確か、今は平和になって、ごく一部の人はシュトレイを蔑ろにする傾向があるみたいだけど…戦だとか、害獣退治とか、無いほうがいい。
「時計が必要なら作ればいい。どういう物がいい?」
「え? 作れる、の?」
「作れる。沙耶にも作れるが…地球とは単位が違うから難しいかもしれないね」
まずは一般的な壁掛け時計を作っておこう。そう言って、何やら部屋をくるりと見回すと、あそこにしよう。と、指差したのは、部屋の中央の柱だ。
「一日は二十五時間。一時間は百分。一分は百秒。そして一年は千日。これがこの世界の共通時間」
「えっ? 一年千日なの!? じゃあ私って…」
「心配しないでいい。そこら辺は向こうの神とすり合わせしてある」
そんな会話をしながらも、シュトレイは壁へ時計を製造しているらしく、文字盤が現れたりそれを取り囲む枠が出来たりと、作られていく経過が見れる。
すり合わせてると言われても。これからは誕生日とかもこの世界と合わせる訳だよね? と、するとどうなるんだろう。もしかして、三十とか四十歳位が平均寿命とか?
でも、そうなると、シュトレイが五十年起きてるって事は、まさか先に神の器が寿命で死んじゃうとかありえるの?
「沙耶。この世界は、地球とは違って長命だ。大体120歳まで生きる。この共通時間でな」
「え。でも、シュトレイって五十年…」
「神の器は、生きているな。俺は、余り長く起きていられないからしょうがない。でも…―――」
「え? 何?」
余り長く起きていられないって、どうしてだろう。そして、ぼそぼそと続けられた言葉が上手く聞き取れなくて。聞き返すけれど、やんわりと笑みを刻むだけで、答えてくれない。
「ほら、時計、出来たよ」
「あ、ほんとだ。わぁ、すごい、何このガラス細工!くるくる回ってる! 綺麗…」
出来上がった時計は、ガラスで出来た飾りがあった。森の中のダンスホールの様で、クマとウサギが、手を取り合って踊っている様子が見える。
きのこの机に、切り株の椅子、モミの木の様な木もある。それらが余りにも綺麗で、シュトレイの聞き取れなかった言葉の事なんか、すっかり頭の中から消えてしまった。
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