15、闘神vs皇子
「さぁ、始めようか」
そう言った闘神は、神の器である沙耶を強制的に眠らせたからだろうか。今までの雰囲気を一変させ、闘気が溢れ出す。
それは一見して見えない変化であったが、周りにいた者達はその気配に気圧されたのか、ごくりと喉を鳴らす者、冷や汗を流す者、真っ青になる者など、様々だ。
よく見れば、闘神の周りに溢れ出た気が、きらきらと光っているようだが。
「お前、沙耶を殺そうとした事、忘れてないだろうな」
「っ!」
「楽に逝けると思うな」
そう言い放った闘神が一層重苦しく感じる程のプレッシャーを放つと、本来であれば明るい少女の様な表情をする顔が、怜悧な表情へ変わった。
髪の色も相まって、まるで魔女か死神が居るかの様だ。
「両者構えて…始め!」
騎士はその雰囲気に耐え切れなくなったのか、準備も整った様だと思ったのか、開始の合図をだした。皇子は大剣を構え、じりじりと闘神との間合いを計る。
対して闘神は構えもせず、だらりと両腕をさげて無防備に立っている。
「いつまでそうしているつもりだ。来ないならこちらから行くぞ」
その緊張した間合いに飽きたのか、ため息を零してそう言った闘神は、次の瞬間には皇子の目の前へと肉迫していた。
「っ…!」
闘神は下げた腕を振り上げる様に、皇子の側頭部へと鈍器を叩き込んだ。だが、皇子はその攻撃を身体を後ろへと後退させる事でその一撃を躱し、攻撃をした事で隙が出来た闘神の胴へ、大剣を横へ薙ぎ払った。
その剣筋は、闘神がいる場所を確実に捕えたかの様に思われたが。
がづん、と、鈍い音が響いた。
「あぁ、ほんと面白くない」
その鈍い音の正体は闘神が左手に剣を持ち、大剣を受け止めた音だった。
皇子は驚いた様な顔をしたが、闘神は剣を持った左手首を捻る事で大剣の切っ先を地面へと付けさせた。そうして露になった両腕に鈍器を叩きつける。
その動作に慌てた皇子は、大剣を手放して腕への攻撃をかわしたが、闘神は鈍器を振った勢いのまま身体を前転させて皇子の頭へと踵を落とした。
「ぐっ、う…」
まともにその踵を受けた皇子はよろめいたものの、すぐさま体制を建て直す。だが、いかんせん武器がない。手を伸ばせば届く場所にあるが…
「大剣なんてモノ、持ち出すもんじゃない。それは―――クゾッヅ用に作ったに過ぎない」
クゾッヅとは、大型のワームだ。動きは遅いが、毒が厄介な害獣だ。
その毒は予備動作があるものの、毒液が強力な酸である事と、気化すると神経毒になる為とても危険なのだ。だから倒す際には背後から気づかれない様に近づき、一撃で倒さなければならない。
その為に、巨大な身体を一撃で切り裂き、倒せる様に、よく切れる大剣が必要なのだ。
「それでもまだ大剣を使うか」
皇子は闘神の問いかけに肯き、地面に転がっていた自身の愛剣を手に取った。その瞬間、闘神の顔に呆れたような色が見えた。
武器を選べば、まだ対等な試合になるかもしれないというのに。
「…愚かだ」
ぼそりと呟かれた言葉は、唯一人を除いて誰の耳にも届かなかった。その呟きは、闘神の憂いであった。そして、怒りでもあった。
その聞こえた言葉から先を予測して動かねばならないのは、いつの代でも変わらない、レヴァンの苦労、だ。
大剣を手にした皇子と、闘神がまた対峙する。
けれど、今度は皇子が防戦一方だ。闘神はすばやい攻撃で色んな部位に攻撃を繰り出し、皇子がそれを大剣という大きさを利用して身体を覆う様にして防いでいるのだ。
それでも僅かな隙を突いては、皇子の胴や足に打撃を与えていた。
余り代わり映えのない攻防だが、闘神の身体全てを使った攻撃が、皇子の膝裏へと入る。
―――いわゆる、膝カックンである。
片足だけとはいえ、バランスを崩し、大きな隙となったそれを見逃すはずも無く、闘神は容赦なく肩へと重い一撃を入れた。
そこからは皇子の左腕に力が入らなくなり、右手一本だけで大剣を操っても攻撃を受けきれず、なんとか一撃だけでもと大剣を振るえば、振るった後の隙を突かれてダメージを受けてしまう。
そんな情景を見ている周りの者は、止めるべきかとはらはらし始め、けれど相手が闘神であるから怒りを買いたくないという事もあり、うろうろと見ている事しか出来ないようだ。
と、そんな戦いだが、とうとう皇子の身体がダメージに耐え切れず、がくりと傾いた。その皇子の頭部へ闘神の鈍器が振り下ろされた―――
キュリアッ
そう、澄んだ音と共に闘神の背後にまるで雪球が当たったかのような物が現れた。
それは、その成り行きを見ていたレヴァン家当主による氷矢によるものだ。その魔法攻撃は、闘神による防御膜で防がれ、その状態に変化した物だ。
「…邪魔をするな、レヴァン」
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