1、海から来ました
「…貴様」
「え?」
目の前の人に上から見下ろされて、地響きがしそうな声でそう言われる。
何この人。すごく綺麗なんだけど、冷気駄々漏れ。こ、怖い。そりゃ、この人の上に落っこちたのは悪いと思うけど、不可抗力だよ!
その前に、髪の毛が青っぽい紫で瞳は青。え、痛い人? コスプレ? そういえば着てる服はなんかゲームとかに出てくるような物だけどどういう事!?
えーと、まずは状況を確認してみよう。
望月沙耶15歳。誕生日が来ると16歳になる、高校1年生。
高校の授業の一環として海で遠泳していたら、急に海底に引っ張られる感じがした。びっくりした次の瞬間には、どうやらこの人の上に落っこちていたみたい。
海で泳いでいたのになんか校庭のような、広い場所で剣道のような動作をする人達が見えて何がおきてるのかわからなくて呆然としていたら、下から押しのけられて冒頭に戻る。
「どこの手の者だ」
「え?」
「…何処から来た」
「え?海から?」
状況が全く分からなくて首をかしげて周りをきょろきょろしたりしてみたけれど、全く分からない。そうしていたら、そのコスプレの人にそう聞かれていた。
こっちも訳が分からないから、そのまま答えたけど、答える度に顔が般若のようになっていくそのコスプレぽい人。
手の者てなに? なんで海からって言ったら般若のような顔なのに、口が三日月みたいに半円を描くの?
「そうか、海か。セリューナか、それともバッツィか」
「は?せ、せりゅー、な? ばっちぃ? 何それ?」
なんだか会話が成り立ってない気がする。あ、もしかして海岸の地名の事? 湘南海岸とか、そゆ事なのかな?だとしても、せりゅーなとかばっちぃとかそんな海岸は日本にはないよねぇ。知らないだけなのかな?
そんな事をうんうん唸りながら考えていると、コスプレの人が鼻で笑った。むかっとしたけれど、確かに状況も分からず、会話が成り立ってないのでは呆れられてもしょうがない。
悔しくて俯いて気がついた事。
―――そういえばずっと地面に座ってたな。うわー土の地面に濡れたまま座ってたのか。泥だらけだよぉ。
「まぁいい。今すぐ死ね。」
「へ? ―――――っ!」
いきなり言われた事に驚いて顔を上げれば、言われた事を理解する間もなく、目の前に銀色の塊が降って来た!?
その時、逃げるなりなんなりしなきゃいけないのに、私はぎゅっと目を瞑ってしまっていた。
ぎゅっと目を瞑ってしまったその後で、まずいと思ったのも束の間、金属がぶつかるような澄んだ音が聞こえた。
そして、なぜかあの怖い人は目を思い切り見開いているのが見えた。
あれ? いつ目を開けた―――?
「なっ…!」
「あーもう、そんな予感はしたけど、ほんっと君って予測通りの事するよねぇ」
(え? なに、何が起きてるの? 喋ったつもりがないのに何で喋って…て、動いてる!?)
「あ、沙耶ちゃん、後で説明してあげるからちょっとまってねぇ。あーあ。泥だらけだ。もーしょうがないなぁ」
地面についていた手のひらやら足を見て、そんな事を呟くその声は自分の物だ。しかも身体が勝手に動くこの状況に混乱する。
けれど、何をどうやったのか、一瞬で泥が消えて、何やら服まで着てた。あ、靴も。かわいいなーこの靴。黒い革靴だけど、白の飾り紐がひらひらしてる~
服はよく見えないけど、なんとなくゲームとかで見るような服装みたいだ。靴を見た時に見えたのは、ひらひらのミニスカートと、黒いズボン。ワンピースの下にレギンスみたいな感じなのかなぁ、この感じは。
「うん、やっぱり沙耶ちゃんに似合うのはコレだよねぇ。気に入ったみたいで僕もうれしいよ?」
満足そうな自分の声だけれど、そういえばなんで私の名前を知ってるんだろう。
そんな事を考えていると、視線が捕らえたのは跪いてるコスプレの人。え、どゆこと? さっきまで偉そうというか、こっちを見下してる様な態度だったこの人が跪いてるよ!?
そんな驚きをもっと上回る光景を見た。自身の足でコスプレの人の肩を踏みつけたのが見えたからだ。
「ねぇ、レイ? せーっかく異界から得た僕の器に何しようとしたのか、わかってるよねぇ? ねぇ、わかってる? ねーぇー?」
(ちょっ…肩に足置いてぐりぐり踏みつけるとか何してらっしゃるのーーー!? これじゃ私、悪女みたいじゃないのぉぉぉ!)
「うん、悪女っていうか女王様? でも沙耶ちゃんを殺そうとしたんだよ? どうしようかなぁコイツ。こんなんでも一応僕の子孫なんだよねぇ」
子孫!? 子孫て、もしかして今私を勝手に動かしてるのは、私に乗り移ってる先祖の霊とかなの!?
相変わらずぐりぐりと踏みつけてるけど、なんか謝ってるみたいだし、呻き声とかも聞こえるしっ! なんだか怖い事が始まりそうで、とりあえずなんとかしなきゃと考えるけど、焦れば焦る程訳分からなくなっちゃって…
(あ、あのっ、とにかくいろいろ説明してよおぉぉぉ)
そう、名前とか、今居る場所とか、そもそもなんで海で泳いでたのにこんな所にいるのかとか。全てにおいて分からないままだ。
そんなこんなで、私を動かしてる存在がようやく話をするべく怒りを納めてくれてほっとした。話を聞くために場を設けてくれるらしく、今の私はそれがすごくありがたく感じたのだけれど…視界に入った建物に驚愕する。
(うわー何これ、お城だよ。写真とかでしか見た事ないけど、バッキンガム宮殿とか、なんかそんな感じ)
くるりと背後へと身体を反転して見えた巨大な建物。その背後には森が広がっているのが見えた。
うーん、城の周りに森ってそういうお城あったっけ?
「僕の部屋、ちゃんとあるよね?」
「は、準備は出来ております」
「じゃあ先に行ってるから、そこに来て」
こんなお城あったっけ? と考えている間にも話が進み。気がつくと、物凄いスピードで滑走しているかのように景色が変わる!
(え、何か乗り物乗ってる訳じゃないのに!?)
「乗り物…ていうか、剣に乗ってるよ。ほら」
そう言って視線を下に向けられて目に入ったのは・・・半透明な剣だった。
(うえぇぇぇぇ!? 何これ、どゆこと!?)
「これも僕の能力の一つだよ。沙耶ちゃんも出来るようになるはずだけど、それも説明してあげるからちょっとまってねぇ」
出来るようになるとかなにそれ。
そんな事を思いつつ、夢じゃないかとか、実はドッキリでしたーなんてパターンじゃないかと考えてしまう。
お城の中もすごく綺麗で、彫刻やら絵画やらが嫌味にならないように配置されている。視線は自由に動かせないものの、おのぼりさん状態の私。
「後でゆっくり案内してあげる。だから許して?」
(絶対ですよ! 約束しましたからね!?)
そんな会話をしつつ入った部屋は、ものすごく豪華絢爛! 広さもさることながら、部屋の設えも統一されていて綺麗だ。
重厚な社長室にあるような執務机、どっしりとした、けれど嫌味じゃないソファ。大きな窓からは森と、森の手前にある庭園が見える。遠い為に一見して何の花か分からないけれど、白、赤、ピンクと彩りも配色もすばらしく、目を奪われる。
とはいえ、視線は己のままならないものではあるのだけれど。
「さってと。まずお湯沸かさないとねぇ」
そんな事を言って、部屋の入り口とは別にある扉を開き、中に入れば小さなキッチンがあった。コンロにある鍋を取って、水道の蛇口を捻る。そうしてコンロにかけるけど…火を点けずに先程の部屋へと戻ってしまう。
いいのかな? と思いつつも、口に出せずにいるとソファへと座る。何から話そうか。なんて言われても答えられるはずもなく。
「まずね、沙耶ちゃんのいた世界とはいろいろ違うんだ。だって、ここは地球じゃないからね?」
(え? 地球じゃない? またまたなんの冗談…)
「冗談でもないよ。ここはウェスティ。今居る国はシュトラータ。そして僕はウェスティを構成する一神、闘神のシュトレイ。よろしくね、沙耶ちゃん」
ゆっくりと言葉を区切って言われた事を脳内で反芻する。今居る国はシュトラータって言う事は、ウエスティというのがこの星の名前って事かな。
えーと、もしかしなくても異世界トリップというやつだろうか。…いやいや、もしかしたら外国で、”地球”って日本語だからって事かもしれないし、決め付けるのはまだ早いか。うん、そうに違いない。とりあえず、もう少し様子を見てみよう。
(えと、よろしくお願いします、シュトレイ、さん。私は―――)
「あ、シュトレイでいいよ。好きな愛称で呼んでもいいし。あとねー沙耶ちゃんの事は全部知ってるよ。望月沙耶、十五歳。二週間後に十六歳になるんだよね? 腰まである黒髪はホントきれいだよねぇ…あと…」
闘神様っていうのが神様なのか、ただの役職名なのかわからない。さん付けでいいのだろうかと悩みつつ、そう言えば私も自己紹介してなかった事に思い至り言葉にするが、遮られて反対に言おうとしてた事を言われてしまう。
趣味や友達の事、家族の事なんかも言われて、なんでそこまで知ってるの~!? と恥ずかしさから絶叫しそうになり、はた、と思い出したこと。
(そういえば、私って海で泳いでたはずなんだけど、どうなってるんだろう?)
「心配いらないよー、迎えが来て、めったに逢えない所に嫁いだ事になってるから」
(は!? 嫁いだって、結婚!? 十五歳で結婚って出来たっけ!?)
「ぷっ…食いつくトコ、そこなんだ? 十六歳になれば結婚できるから、その前に現地入りしたって事で。そう、ここシュトラータに、ね」
ちょっと長くなるけど…そんな前置きを置いて話してくれる。
この世界は地球とは違い、神とは実在し、力を貸す存在らしい。地球の神様は昔は多少の恩恵を授けてたらしいけど、最近人間が強くなり過ぎたから休眠中なんだとか。そこら辺よく分からないや。
あと、シュトレイさんの他に三神いるらしい。大地神、火焔神、水湖神で、この三神は中央国に纏まって居て、中央国はその神様を祭っている事から戦争が起きても中立であるのだとか。
闘神様はなんで中央国に居ないのか。それを聞いたら、『あまり言いたくないんだよねぇ』なんてうやむやにされた。
本当に神様みたいだけど…この身体を操られてる状況とかも考えると信じたくないけど信じざるを得ないし。
あと…やっぱり異世界トリップ決定、なのかな? 夢だったら回避可能だけど。後は、知らないだけでこんな感じの宗教が小さい国であったりなんかして?
いくらなんでも異世界トリップを実体験するなんて思いもしないし! そう簡単に納得できる訳ないじゃない。
そんな考えを置いてけぼりにされて、どんどんと説明される。
私がここに来たのは、私が神の器というものに選ばれたからなんだとか。器って、神の婚約者って意味なんだって。神の婚約者ってなに!? って思うよね。
でも、どうやら千年に一度、五十年間だけ神が実体化、というか、起きるんだとか。で、ね…神様との、子を生むんだって…
王子様通り越して神様ってなんだーーーー! ありえないーーーーー! と、叫んだ所で、すんごく馬鹿笑いされました。
あと、どうして私なのか聞いたら、いつもはこの国の中で選ぶんだけど、今回その目に適う人がいなくて他の星の神様に頼み込んで、探し出したのだとか。
そんなに条件が厳しいのかと聞けば、闘神の力を使える器と、実体化するのにちょうどいいタイミングで魂が変化する者、あと―――純潔である、事。
それを聞いて、いてもたってもいられなくて、あわあわしてしまう。
「くすくすくす…早く実体化したいねぇ。かわいい沙耶ちゃんを早く見たいよ。」
そんな事を言われて、恥ずかしさからもっと心が落ち着かなくなってしまったのは言うまでもない。
短編のつもりで書き始めたのになぜか連載に。
拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。