6 新しい環境
「フェイト、お皿取ってくれない?」
エイミアに言われ、フェイトは棚の中から比較的大きめの皿を取り出すと、彼女へ手渡した。
「ありがとう、悪いけど、この料理を食堂に運んで頂戴」
「わかった」
素っ気なく答えると、2つの大皿を両手に持ち台所を出て行く。
フェイトがここの住人になって、3か月が過ぎていた。
勿論、その間平和だった訳ではない。
事あるごとにサーヴァントのみんなの命を狙おうとし、その度に金縛りの状態になる。
ミンの暗示は強力で、彼女は金縛りの状態が解けるまで、かなりの時間を要した。
それでも懲りずにまた命を狙う。
唯一、エイミアだけには多少心を開いているようで、彼女の言う事だけは聞くようになっていた。
「野生の生き物か……あいつは」
フェイトの様子を見ていたハーティの感想だった。
彼女はどうやら女の子として育てられておらず、剣術などは並みの男以上の腕前なのだが、普段の仕草や作法が粗野、揚句にサーヴァントと見れば誰彼構わずに牙をむく。
そんな彼女にエイミアが根気よく接していた結果、やっと少しづつではあるが話をしてくれる様になっていた。
「まぁ、しょうがないと言えばしょうがないですけどね」
ハーティの言葉を聞いて、エミネントは苦笑した。
(もしも本当に彼女がそうならば、あの方はそうしただろう)
未だに自分の予感が正しかったかどうかが判らず、エミネントも不安ではあった。
しかしナスリィが回復してこちらへ赴くという連絡を受けた為、少しだけ気が楽になっていた。
(彼女ならおそらく見極めてくれる…)
退屈なのでフェイトをからかう事にしたらしいハーティと、むきになって突っかかっている彼女を見ながら、そんな風に思っていた。
「おい、フェイト。ナイフとフォークの置き方間違っているぞ。いい加減覚えろ」
(あーまた出た。口うるさいのが)
ハーティの言葉に、フェイトは微かに苛立ちを覚えた。
彼は何かと絡んできては、フェイトが怒るのを楽しんでいる。無視すれば済むことだが、彼女の性格上無理と言うものだ。
「別に食べられれば何でもいいでしょ!」
イラついた口調に気づいたハーティは、ここぞとばかりに絡んできた。
「お前な…仮にも女だろ?少しくらいエイミアを見習えよ。ったく、頭悪ぃな!」
さすがに、これにはフェイトもカチンときた。
「ハーティ!言い過ぎ!言葉には気をつけなさい……フェイト、彼の言う事なんて気にしなくていいから。ほら、エイミアのお手伝いをしてらっしゃい」
近くで様子を見ていたドーラが、慌てた様に2人を引き離した。
ハーティを睨みつけると、フェイトはキッチンへと姿を消した。
「まったく、いい加減にしなさいよ!ただでさえ、あの娘は私たちに良い印象なんて持ってないのに、これ以上神経逆撫でするような事言わないで」
楽しんでいる様子のハーティを見て、ドーラは呆れたように言った。
「だってよ、あいつからかうとすぐにムキになるから面白くて」
「もう、知らないわよ。フェイトの剣の腕はあんたでも互角なんでしょ?」
「大丈夫だって!ミンの暗示のおかげで狙われたとしても、あいつは金縛りにあって俺を襲うことは出来ないさ」
余裕の発言をするハーティに、ドーラはやれやれと首を竦めると自分の席に着いた。
「ハーティ、君も座りなさい」
エミネントに言われ、席に着いたハーティは自分の席にまだスープが来てない事に気づく。
「おい、俺のスープまだか?」
キッチンへ向かい大声で尋ねると、エイミアの声で『今、出すわ』と返事がきた。
そして、フェイトがトレーにスープ皿を載せてハーティの元へやって来る。
すでに食事を始めていた彼は、フェイトの方を見ていなかった。
「スープ……持ってきました」
「ああ、サン……キュ-----」
周りにいたみんなは、突然目の前で起きた事に声が出なかった。
フェイトはトレーに載ったスープ皿ごとハーティの頭の上にぶちまけ、彼は自分に何が起こったか理解できないようで呆然としている。
当の本人はしてやったりとばかりに、満面の笑みを浮かべていた。
「……くっ、あははは!ハーティ、やられたな。いい気味だ!」
ミンが堰を切ったように、笑い出すとみんなも腹をかかえて笑い出した。
「な、何すんだ!お前」
我に返るとハーティは頭からスープを滴らせて、フェイトに掴みかかるが彼女も負けじと襟元を掴みあげた。今にも喧嘩が始まりそうな空気に包まれた瞬間。
「食事中に何なの!2人とも今日は食事抜きだから!」
キッチンから出てきたエイミアが、仁王立ちで叫んだ。
「そんなぁ」
2人の声がハモった。
「フェイト、あなたはここを片付けなさい!ハーティ、早くお風呂に行って!これ以上周りを汚さないで」
睨み合っていた2人は、しぶしぶ離れるとそれぞれエイミアに言われた通りにした。
キッチンへ皿を片付けに来たフェイトは、まだ怒りが収まらなかった。
「あー、腹立つ!何なのよ、アイツ!やたらと喧嘩売ってきて、腹立つったら!もし、暗示が解けたら真っ先にあいつを殺す!」
この3か月間、この神殿にいながら仇が討てない上にさきほどのハーティに馬鹿にされて、フェイトのストレスは限界に来ていた。
唯一救いなのは、エイミアが優しく自分を受け入れてくれている為、少しづつ彼女にだけは心を許している事くらいだ。
「エイミアに怒られたし…それに食事なしか」
はぁ、と溜息が漏れる。
(私は一体いつ、父さんの仇が討てるのだろう…)
フェイトはキッチンのテーブルに突っ伏した。