5 暗示
「どうだった?」
広間に居たハーティ、エイミア、ミン、ドーラの4人はエミネントの姿を見ると、声を揃えて尋ねた。
「…どうやら、彼女の父親が殺されてその仇を討ちに来たようだ」
「仇って…まさか、俺達ってことか?」
ハーティはまさかという表情だったが、エミネントは無言で頷いた。
「馬鹿な!何でそんな思い込みを」
「彼女の父親が『サーヴァント』の名を口にしたようだ。そして剣を彼女に渡したらしいが…その剣はどこにある?」
エミネントの言葉にハーティが「あぁ」と呟き、部屋の隅に置いてあった少女の荷物を取って来た。
「これだ」
その剣を見せられた瞬間、エミネントの顔色が変わった。
「本当にこれをあの少女が持ってたのか?」
「ああ、後生大事に懐に入れていたよ。危ないから取り上げたけど」
それは見事な細工が施された短剣だった。
エミネントは、その剣を受け取るとじっと見つめていた。
「ミン、彼女の記憶の内容を教えて欲しいんだが」
「それが、読めなかった」
ミンの返事にエミネントは驚いた様に彼を見た。
「それはどういう意味だ?」
「何も見えなかった。2人を襲った時の映像さえ…まるでシールドされているように。こんな事は初めてだ」
「……ミン、悪いが一緒に来てくれないか」
そう言うとエミネントはミンを伴い、再び少女の眠る部屋へと戻って行った。
「エミネント、一体何を?」
少女が眠る部屋へと来ると、エミネントは彼女の額へ手をかざす。
それを見たミンは彼が何をするのか判らず,つい疑問を口にした。
「ミン、私を経由して彼女の頭の中を見てくれ。そして、彼女に暗示をかけて欲しい」
「暗示?」
「……もしも、サーヴァントもしくはそれに関わる人々に危害を加えようとした時、体がいうことをきかないようにしてほしいんだ」
そう言うとミンの額にもう一方の手をかざす。
「何の為に?」
その手を避けるように頭を反らす。エミネントはミンに微笑んだ。
「彼女をここへ置いておく為だよ」
「危険だ!」
「だから『暗示』が必要なんだよ」
エミネントが一見温和だが、こうと決めたら何がなんでも実行する性格をよく知っているミンは諦めたように彼の掌に額を当てた。
その瞬間、ミンの脳裏に様々な映像が現れた。
「どこだ!手当たり次第探せ!」
誰かが暗い建物の中を急ぎ足で逃げている。顔は見えない。
「『奴』を殺さなければ『あの方』の怒りを買うぞ!俺はまだ死にたくない」
男の声がそう言うと扉を開けている音が聞こえる。数人の人間が建物の中を動き回っている気配がする。
逃げている人物は小さな部屋へと体を潜ませると、そっと懐から短剣を取り出した。
その短剣はいつも肌身離さずに携えていた分身の様なものだった。
……フェイト、そこにいるんだろう?
床下へ向けそっと声をかける。
すると、床が僅かに上がると、声が漏れてきた。
「父さん、早く中へ…もうすぐこの部屋にもやってくる」
フェイトの父親は首を振ると、床の僅かな隙間へ短剣をすべりこませる。
「父さん!」
驚いたフェイトは外へ出ようとした。しかし、一瞬でその床は父親によって塞がれた。
どんなに叩いてもビクともしない床板。フェイトはそれでも力の限り叩いた。
次の瞬間、部屋の扉が開くと数人の人間が入って来た気配がした。
「いたぞ!よくも手間取らせてくれたな。覚悟はできてるか!」
先程の男がそう言うと、剣を抜く音が聞こえた。
「ああ、とっくの昔に覚悟は出来ているさ」
父親はのんびりとした口調で答えている。
「いい心構えだな、では遠慮なく!」
その言葉が言い終わらないうちに肉を切る様な音が聞こえ、床板の隙間からフェイトの上に父親のであろう血が零れてきた。
叫びたいのを必死で堪え、人の気配が無くなるまでそこでじっとしていた。
どのくらいそうしていただろう。我に返った彼女は力を振り絞り、床板を持ち上げた。
そこで目にしたものは、血まみれで床に転がっている父親の姿だった。
「父さん!」
慌てて抱き起すと、僅かに目を開けた彼はフェイトが聞き逃しそうな程の声でこう言った。
「…サー…ヴァント……だ」
そしてそのまま息絶えた。
「…今のは?」
「恐らくフェイトの父親の最期だと思う」
エミネントは眠っている彼女の寝顔を見ながら答える。
ミンは気を取り直すと、彼女へ暗示をかけ始めた。それは、ミン以外には決して解けない強力な暗示だった。
「大丈夫か?」
かなりの気力を消耗してしまった為に、ミンは微かにめまいを起こした。
「完璧な暗示だよ、俺以外には解けない。この娘がみんなに危害を加えそうになったら、金縛りにあう様にしてある」
「さすがだな…」
エミネントは感心した様に呟く。
この日から、赤毛の娘--フェイト--は、トゥーティアズ神殿の住人になった。